オズモンド先生の提案
オズモンド先生の用意した薬とやらは4組の教室にはいってくるだけで、みんなの注意を引いていた。
俺と志波姫は先生といっしょに職員室へ向かいながら、彼の思惑を聞かされることになった。
「オズモンド先生、急に呼び出しておいてなんですか」
「志波姫、赤谷に剣術の指導をしてあげなさい」
「普通にお断りします。脈絡が読めません」
脈絡読めないわりに速攻で拒否するんですね。
「これはペナルティの一環だ。君はまえまえから人間を斬れる環境が用意できないか、担任の小峰先生に相談していたようだね」
「志波姫……!? お前、なんてことを学校に求めてるんだ!」
「赤谷は君の要望をかなえてくれるだろう。彼ならいくら斬ってもかまわない」
「オズモンド先生……!?」
志波姫とオズモンド先生、どちらへも驚愕と恐怖が沸いてしまい俺はとっさにふたりから距離をとった。どいつもこいつも狂ってやがる!
「はぁ。オズモンド先生、おかしな言い方はやめてください」
志波姫は疲れたようにおでこを抑えて、力なく首を横にふる。そうか、やはり何かの勘違いか。
「赤谷君は人間です。1回斬れば死んでしまいます。これでは私の要望を満たしていません」
「サンドバッグとしての俺の耐久性を心配するんじゃない!」
「じゃあ、耐えてくれるのかしら?」
「サンドバッグとしての俺の耐久性を心配しろ!」
「どっちよ」
志波姫はあきれた風にため息をつく。ため息つきたいのはこっちなのだが。
「オズモンド先生、こいつやばいですよ。氷の令嬢とか言われてますけど、比喩ではなく、本当に人間の心を失ってるとしか思えません。最近そう思うネタが全俺のなかで多数あがってるんです。逮捕しましょう」
「まあ落ち着きたまへ、赤谷。志波姫はただ前々から稽古につきあってくれる相手がほしいと1組の担任の先生に相談していただけだ」
「稽古で人を斬ることが許されるんですか」
「もっと常識的な稽古さ。真剣ではなく木刀で打つ。ほら、これでずいぶん話がわかるようになっただろう」
なんだよ、斬るとか言ってたからもっとバイオレンスなの想像しちゃったよ。志波姫なら庶民の命を人間と思ってなさそうだし──事実、俺のことをたぶんナマズだと思ってる節がある──、ありえると思ったがな。流石に木刀で打つくらいにとどめるか。……ん? 木刀で打つのもそこそこまずいのでは?
「木刀で打つのはセーフなんですね」
「祝福者ならそれくらい問題ないだろう」
「あぁそういう。でも、稽古の相手を求めるなら剣道部とか入ればよかったんじゃないか」
志波姫のほうを見やる。
「ほかにもいろいろ部活とかクラブとかあったじゃねえか。同好の士がいる環境ならやりやすいし、なによりお前と稽古できるならみんな喜ぶだろ」
「最初はみんな喜んだわ。剣道部も、西洋剣術クラブも、東流部も、元祖剣術クラブも、中華剣術会もね。でも、どこも体験入部の時点で委縮されてしまったわ」
「え、体験入部で……?」
「新入生歓迎の時期だったかしら。最初は快く迎えてくれた。私が当代の剣聖であることも知ってたから、なおさらね。私もすこし機嫌がよくなっていたのかもしれないわ。2年生3年生たちと地稽古をすることにしたのよ。全員を倒し終わるころには、私に対する雰囲気はあまりよくないものになっていたわ」
2日前のイケメン三銃士や、代表者競技選抜のあとに俺に絡んできた3年生のことを思いだした。
この学校にきている者はみんな自分が選ばれし者だと信じて、才能を信じている。俺もそうだった。
ヴィルトもいつしか言っていた。志波姫は天才たちのなかでもひとつ上の段階にいるのだと。嫉妬してしまうほどに。
新入生歓迎でやってきた1年生にボコボコにされて、上級生たちはさぞ面白くなかったことだろう。
天才は遠くから眺めているのが一番健康にいいんだ。
いざ近くにやってきて、ましてや同じ土俵で戦うことになって、差を突き付けられた時、人はきっと絶望してしまう。
遠くにあった星の輝きは、近づくことすら敵わない光を放っているから、触れようとすればその身を焼き尽くされてしまう。
「かくして私は入学3日でこの学校の剣にまつわる部活・クラブを出禁になったわ」
「お前、人に嫌われる才能まですさまじいな」
「赤谷君に言われるのは心外だけれど、否定はしないわ」
志波姫はスンッと澄ました顔で、肩にかかった黒髪を払った。別に気にしてないという風だ。
職員室のまえに到着する。
オズモンド先生はこちらにふりかえる。
「というわけで、私は君たちのペナルティ第二弾を発令することにした」
「ペナルティって……まさか、まだ有効なんですかそれ」
「オズモンド先生、すでに体育祭実行委員会に不当に参加させられたことでペナルティは受けたと思いますが」
「君たちのペナルティはとっても重たいものだ。あれだけでは終わらないよ」
都合いいな。これ無限ペナルティ編突入してね?
「第二弾は剣聖クラブに所属することとしよう」
「へ?」
いきなり脈絡のない単語が飛びだした。
「英雄高校には実は廃部という考えがなくてね。誰もいない形骸化して謎の組織が多数存在している。そのせいか一度作られた部室は部員がゼロになってもそのまま残っていたりするのだよ。剣術系クラブのひとつ剣聖クラブは部員ゼロになっていまは誰もいないが……そこに志波姫と赤谷、ふたりで所属しなさい。ちょうどふたりとも無所属だろう?」
「あの、それと、俺の剣術の指導と何の関係が……」
「関係しかないよ。どうせ口約束で『赤谷に剣術の指導するように!』といったところで、そんなもの不問にし放題だろう? だから、部活に君たちを拘束する。君たちは利害関係にある。志波姫くんは稽古の相手を求めている。赤谷は社会性のなさから普通の部活に所属したくはないが、高度に剣術を学びたい。ほらね。だから、ペナルティの第二弾はこうだ。ふたりで剣聖クラブに所属し、志波姫は赤谷に剣術を教え、赤谷は志波姫の稽古をまっとうする。これですべてがうまくいく」
オズモンド先生は満足げな顔をしている。
俺と志波姫だけのクラブ活動、だと……?
想像斜め上の提案に俺は言葉をうしなった。
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