フラクター・オズモンドの処方薬
独学で剣を学ぶより、先生を頼ったほうがいいだろうと俺は考えた。
なので翌朝のホームルーム終わり、俺は始業チャイムの鳴る教室でオズモンド先生を呼びとめた。
「オズモンド先生、ちょっと」
「どうしたのかね。またトラブルマグロを発症したわけじゃあないだろうな?」
そんな病気みたいな言いぐさは不適切だと思いますが。
「剣術を修めたいんですけど、習うにはどうしたらいいですか」
「基礎武器実習で指導してもらえるし、訓練棟で好きなだけふりまわせるが」
「もっとちゃんと修めたいんですよ。訓練を積んだ剣と、積んでない剣ではちがうものでしょう?」
「まあそれはそうだが。剣を修めていけば、それに関するスキルの覚醒を期待できるし、熟練度の上昇で剣で与えることのできるダメージも増えていくだろうね」
「そうです、そういう領域で剣を修めたいんです」
オズモンド先生は顎に手をあて、思いついたようにポンッと手を打った。
「なら部活にはいってみたらどうだい? 部活で友たちと切磋琢磨する! 君にとって必要なおおくの栄養素を補ってくれると思うぞ」
「なんでビタミン不足みたいな言い方してるんです?」
「実際、君にはビタミンが足りていないように思えるが。友達とか、青春とかいうビタミンが」
「ご安心ください、オズモンド先生。俺は独自の栄養素を自給自足できているので先生が思ってるより健康です」
「そうは見えないが」
「なにより俺は部活というものが好きじゃないです」
「なるほど。いや、予想できた答えだが。一応、理由を聞かせてくれるかな」
オズモンド先生は腕組みをして、呆れた風に問うてくる。
「自由を愛してるので」
「まあひとりでいれば自由ではある。だが、それは物理的な自由にすぎない。本当の自由は精神的なものだよ」
「精神論は信じない主義です。あと何かに属するのは俺のポリシーに反します」
「私が思うに君のポリシーは物理的になにかに属することを禁忌としてるわけじゃない」
内心に踏み込まれたような気がしてヒヤッとする。オズモンド先生の堀の深い顔は困ったように歪められていた。
「やれやれ、君は重症だね。治療には時間がかかりそうだ。しかし、なにごとにも不可能など存在しない」
「だから病気なんかじゃないですってば」
「体育祭実行委員はどうだったかな。君はまじめに参加していたと聞いていたが」
「稀少性という意味では価値ある時間だったんじゃないかなっと」
「なんだね、その面倒くさい答えは」
苦虫を嚙み潰したような顔をされてしまう。
「その価値ある時間は君を変化させなかったのかな」
「どう変化させるっていうんです?」
「みんなと過ごしてなにか感じたことは。林道に志波姫もいただろう。あとは2年生の薬膳卓という生徒も仲良くなったそうじゃないか」
「なんでオズモンド先生が薬膳先輩と俺のことを?」
「私がちょこちょこと君のことを監視していたからだよ」
「こわっ」
「ジョークだ。代表者競技第二の試練で君と薬膳卓はけっこう仲良さそうにみえたよ。君があれほど積極的に話してる姿をはじめてみた」
「あぁそういう……訂正しておいてください、その変な人とは別に仲良くないです」
薬膳先輩とかいう将来なにかやらかしそうな人と仲良いとか思われてたらだるすぎる。確信があるんだよ。遠くないみらいメディアのインタビューでマイク向けられて「あぁ彼ですか。まあ学生時代から変な人でしたからね。法に触れるのも時間の問題だったかなって」とか答えたくないよ俺は。
「まあなんでもいいが、体育祭実行委員会に属したことで多くの者と関わりが生まれたはずだ。君はそこで思い出をつくった。ふりかえってみたまへ。いいものだっただろう?」
「うーん、思い出ですか。疑似ダンジョンで襲われたことしか思い出せないですね……体育祭実行委員会に参加したせいで」
「その件は……あぁまったく、君はどこまでも面倒くさい子だ。もっと効くお薬を処方しないとか」
「だから、病気じゃないですって。って体育祭実行委員会のことはいいんですよ。放課後剣術教室的なのないんですか?」
「ない。授業ベースでのものを求めてるようだが、ないものはない。現実的にいくならやはり部活動だと思うが。剣術系の部活やクラブがいくつかあった気がするよ。入学時の部活紹介で知ってるとは思うが」
部活に入るということにまったく興味なかったので全然覚えていない。
「なんだその初耳ですけど、みたいな顔は」
「いや、その」
「知ってる、聞いてなかったんだろう? まあいい。帰りのホームルームで、パンフレットを渡そう。新入生用の部活紹介のために作られた配布物がまだ余ってたと思う」
帰りのホームルーム終わり、俺はオズモンド先生に再び声をかけた。
「これがパンフレットだ」
「助かります」
受け取り、チラッとのぞく。
活動場所、活動日数、簡単な活動内容などが、部員全員の集合写真とともに添付されている。
おそらくは英雄高校に存在するすべての部活が網羅されているのだろう。
見ろ、この集合写真の嘘っぽい笑顔を。どうせ陰湿ないじめの温床だというのに。これならまだコンビニの求人広告のほうが本当っぽい。
みんな青春のなかに身を置いていることでさも満喫してるかのように振舞っているだけだ。やれやれ滑稽なことだな。
剣術に関する部活は、剣道部、西洋剣術クラブ、中華剣術会、元祖剣術クラブ、東流部……この5つかな?
「私もザッと調べたが、もっとも緩いところで週の活動日数は4日かな」
「さすがに多すぎます。週1日、3時間からお願いします」
「ニートがそろそろ働きだそうと思って求人サイトの検索条件に入力しそうなゆるさだね。剣術関連の部活はどこも意気込みがあるようだな。文化部なら週1活動のところもあるんだが」
「部活って所属しないといっちゃだめなんですか」
「ダメだが? 部員じゃないやつが混ざってやってるのシンプルに意味不明だと思わないかね?」
うーん、それはそう。
「だから、そんな赤谷に私が薬を用意した」
「薬?」
「おや、いいタイミングできたね」
オズモンド先生は視線を廊下のほうへむける。
教室の前側の扉、出ていく生徒たちが恐れおののき道を開ける。
人垣のロードを通ってすぐ隣にやってきて、キリッと俺とオズモンド先生を交互に見るのは志波姫だ。
「これが薬だ」
「これが薬……?」
毒の間違いじゃないですかねえ……。
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