イケメン三銃士の心意気

 体育祭が終わり、学校全体のムードは2週間後の期末テストへの向かっていた。

 夏の暑さが日に日に勢いをましていくなか、クラス内の雰囲気はわずかだが、まじめに授業を訊こうという感じになっているような気もする。


 俺は優等生なのでいまさら焦る必要はない。

 平常運転だ。大丈夫、毎日ちゃんと授業を受けてきたはずだ。俺は大丈夫なはずだ。

 俺の誇る最強スキルのひとつ『学習能力アップ』のおかげで、物覚えもよくなっている。勉強にもその効果は表れているような気がする。


 でも、なぜだろう。期末テストを意識すると冷汗がでてくる。

 中間テストでの悪夢が蘇る。俺としては人生で一番勉強したというのに、入学からずっと勉強頑張ってきたのに、153位(180人中)という悪夢のような数字。自分に才能がないことを突き付けられた瞬間だった。なにやってもダメなやつって思わされた。


 今回こそは絶対に結果をだしたい。

 そしてあわよくば学年1位の座をわがものとし、簒奪を成すのである。


 放課後になりポイントミッションをこなす時間になった。

 チャイムがなるなり、俺は速攻で帰宅を開始する。

 と、そこへ林道に声をかけられてしまう。

 

「赤谷、今日はペペロンチーノしないの?」

「悪いがジャブ漬けの日々が待ってるんだ。帰らせてもらう」

「ジャブ漬け……!?」


 教室棟をあとにし、寮に戻ってから、俺は訓練棟にやってきた。

 

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【本日のポイントミッション】

  毎日コツコツ頑張ろう!

  『ジャブ漬けの日々』


 ジャブ 0/10,000


【継続日数】42日目

【コツコツランク】ゴールド

【ポイント倍率】3.0倍

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 本日のポイントミッション『ジャブ漬けの日々』。

 おそらくだが、ジャブ漬けになればいいんだと思う。どういう意味か要考察だ。


 やってきたのは訓練棟の3階、部室が並んでいる空間だ。

 運動部が集団で元気に廊下を移動している一方で、その横を静かに文化部の連中が歩いていくのが対照的で、そんなところにも社会を感じることができる空間。


 俺がたたくのはボクシング部の部室の扉だ。

 扉が開かれ、爽やかなイケメン村崎翔が出迎えてくれた。


 この男との関係を語るには今朝まで時間をさかのぼる必要がある。


 今朝、俺はポイントミッションを確認し、シャドーボクシング的なものをやってみたのだが、どうにもカウントが進まなかった。

 朝のうちには達成できないポイントミッションだと悟り、いつもどおり外周して訓練棟での朝のトレーニングに移った。

 なにか理由があるのか頭の片隅で考えながらトレーニングルームで筋トレをしたあと廊下で出会ったのだ、村崎翔と。


 彼を含めたボクシング部とのいざこざはオズモンド先生含めた当事者間ですでに解決していたので、金輪際この男とかかわることもないだろうな、とか思っていた矢先での出来事だ。


「まだなにか? もしかして再戦ですか?」


 俺は一度勝った相手にはそれなりの態度で臨む。だってそうだろう、付きまとわれないために全力で迎え撃ったのに、それでも干渉してこようとするなら殺すしかなくなっちゃうよ?(過激)


「いいや、違う。英雄高校では強さがすべてだ。お前はまっとうに俺を倒した。勝負になってたかすら怪しいほどに、圧倒された。正直、へこんでる。でも、納得もしてるんだ。その強さは本物だ。1年生だからどうのとか関係ない」

「はぁ、それは……どうもありがとうございます」

「俺たちは傲慢だった。お前ほどの才能を見たことがなかったから。……これは謝意もこめての提案なんだが、お前もっと強くなれると思うんだ。パワーに自信があるようだが、お前のパンチには改善の余地があった。だからこそ俺たちが力になれると思う」


 そんな感じで今朝、態度をころりと改めた村崎先輩は指導してくれると言ってきた。

 朝の時点ではすでに時間がなかったので、放課後こうしてボクシング部を訪れたというわけだ。


「よく来てくれたな、赤谷誠」

「こんにちは、村崎先輩。壁、直ってるみたいですね」


 昨日のバトルで壁に空いた穴はきれいにふさがっていた。


「ああ、先生が直してくれたんだ。なんでも時間を戻すスキルだとか……世の中にはいろんな能力があるな。想像もしないような異常があふれている」

「おい、待て、そいつは赤谷誠じゃねえか」

「どうしてインチキ野郎がここにいるんですか、村崎部長」


 わらわらとボクシング部の男子たちが集まってきた。

 どうやら俺に悪感情を抱いているものたちのようだ。

 そりゃあそうだよな。村崎先輩は考えをあらためて俺にリスペクトをもってくれるようになったが、だからって俺のことをよく思ってなかったみんなの考えが変わるわけじゃない。


「やめろ、赤谷誠は俺たちイケメン三銃士が認めたやつだ」


 恐ろしく恥ずかしい文言を垂れながら奥から出てきたのは、茶髪にタレ目癒し系イケメンだ。


「俺たちイケメン三銃士の名のもとに赤谷誠の実力は認められている」


 ほとんど同じ意味の文言をなぜか繰りかえし出てくるのは、マッシュヘアの雰囲気イケメン。


「イケメン三銃士が認めたってことは……本物ってことか」

「だったら俺たちが口をだせる場所じゃあねえな」


 俺に詰めてきていたボクシング部の連中が解散して、それぞれの練習に戻っていく。イケメン三銃士の権威すげえな。


「ボクシングじゃ顔を殴られるからな。たいていのやつはボコボコになって不細工になっちまうんだが、技術に優れたボクサーには顔面がきれいなまま勝利を積み上げるやつもいる。俺と加藤と小池はみんな技巧派だ。成績も残してる。顔のきれいさは技術の証明でもあるんだ。だから、けっこう慕われてるんだぜ」


 イケメン三銃士、思ったよりちゃんと凄いひとたちなのかもしれない。


「パンチに改善点があるって話だったじゃないですか。ちょっと練習したいパンチがあってですね。ジャブ漬けになりたいんです」

「ジャブ漬けか。渋いところにいくんだな。ふふ、よかったな、うちにはジャブのスペシャリストがいる」


 村崎先輩がいうと、茶髪タレ目が得意げな顔で一歩出てきた。


「左ジャブの加藤と恐れられる俺の技術、赤谷、お前に伝えられてうれしいよ」

「そんなすごい技術を教えてもらっていいんですか……?」

「あぁ。俺たちはな、昨日ボコされて考えを変えたのさ。嫉妬では腐っていくのではく、次の英雄の力の一部になろうってな。俺たちも自信はあるが、それでもグウェンダルとか、お前とか、そういった桁違いの才能ってやつはない。だから託すのさ」

「加藤先輩……」

「これは俺だけじゃあない。小池や村崎といっしょにだした答えだ。……ふっ、将来、お前が大物になったときに『あいつは俺たちが育てた』って言いたいのが本音だけどな。だからまあ、惜しみなく技術を伝授してあげるよ」


 イケメン三銃士、嫌な先輩だと思ったが、その心意気もまたイケメンだったか。

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