わかる人には評価されてる男

 遠くで志波姫とヴィルトがバシバシぶつかってるなか、俺は芹沢先生に一生投げられていた。

 もう10回以上体育館の床に背中と後頭部を打ち付けている気がする。なんの罰ゲームですかこれは。


「2日前のお前の活躍を見ていた。体育祭そのほか含めてな。お前がいま生きてることに驚いてる」


 芹沢先生は立ち上がる俺に、そんな風に切りだした。志波姫たちとは距離があるので話を聞かれることはない。


「チェインは厄介な能力を持っていたろう。それに扉間もいたらしいじゃないか。人造人間だっていたと聞く。どうやって乗り切った」

「あいつら、演出家だったんですよ。俺を倒す方法にこだわってた。でも、それは間違いだったんです。俺はこうみえて学習能力が高いので」

「学習能力か」


 俺は芹沢先生に殴りかかる。手で払われ、肘で顔面をたたかれた。

 手首をつかまれて、足元を払われて転ばされる。さっきから何度も受けている攻撃。

 さすがに覚えてるので、俺は手で先に接地し、すっころんだ回転力のままに、芹沢先生のバランスを崩した。


 芹沢先生は俺と同じように床に手をついて対応し、足で顔面を蹴り飛ばしてくる。それは知らない。


「ぐへっ」

「なるほど。やっぱりお前は俺の好きなタイプな学生だ。まさしく天才だ」


 芹沢先生は落ち着いて声で、そんなことを言う。あんまり驚いてないし声のトーンも変わってないが。


「それって褒められてるんですか」

「あぁ最上級の評価を与えている。……体育祭でおまえに才能があることにすべての教師が気が付いただろう。1年生の1学期でこれほど強い生徒がいるのかとみんなが驚いていた。厳密にいえば、お前だけじゃないが」


 芹沢先生は遠くを見やる。

 志波姫やヴィルトに、如月坂といった芹沢診断才能組が組み手をしている方向だ。


「だから、昨晩、羽生には腹がたったものだ。どうしてお前を守れなかったんだとな。チェインはいいところに目をつけていた。お前が死ねば、英雄高校は、ダンジョン財団はおおきな損失を被っただろうからな」

「それは過大評価じゃないですかね」

「お前は自分の優秀さを正確に把握していないようだな。もっと志波姫くらい堂々としてもいいと思うが」

「あれは堂々というか不遜というか失礼というか人の心がないとかそういう部類だと思います」

「それはそうだな。まあいずれにしろ、俺はお前が死んだと思った。チェインに始末されたと思った。だが、帰ってきた。だからこそ、お前には自衛手段を叩き込みたい。お前は自分のためにも、人のためにも、学校のためにも、財団のためにも死ぬべきではない才能だ」


 芹沢先生、俺のことけっこう考えてくれてるのかな。言葉はきついが、意外と悪い人ではないのかもしれない。


「格闘技術を薦めるのは対人を想定した場合有効な技術であることと同時に、昨今のスキル犯罪者の事情がからんでる」


 芹沢先生はポケットから奇妙なものを取りだした。

 人の指だ。骨と皮だけの枯れた指である。根本の部分には金具がついていてひもが通されている。趣味の悪いネックレスだ。


「これは枯れた指と呼ばれる異常物質アノマリーだ。持ってるだけで相手のスキルを無効化することができる。本来は世界に何個とない珍しいアイテムだったが、ある崩壊論者によって量産され、いまではそれなりの数が作られ、闇の世界にバラまかれている。スキル犯罪者とことを構えようとするとき、スキルを使えない状況というのも、遭遇する可能性があるということだ。そういう場合において、祝福に頼らない戦闘技能の優劣が、生死を決めることになるだろう。スキルにどれだけ自信があっても、それだけでは打破できない敵もいるってことだ。対人の場合はな」

「そんなアイテム使われたら詰みじゃないですか」

「厳しいだろうな。どれだけ対策を積んでも厳しい。でも、どんな困難のなかであろうと活路はあるはずだ。それを探す努力を怠ってはいけない。終わる瞬間まで可能性を模索しつづける。事前に格闘技術を備えておけば、もしもの時に生き延びることができる。なにより対策を積んでおけば冷静になれる。積み上げた時間が精神の余裕を生む。冷静さはそれだけで武器になる。俺も何回かそうして窮地を生き延びた。お前にもできるはずだ」


 俺は芹沢先生にめちゃくちゃ期待されているらしい。

 期待されると応えたくなるのは自然なことだ。


 俺は芹沢先生にスキルを使わない格闘技術をひとつひとつ乱暴に叩き込まれた。


「どうやらお前は同じ技を受けて痛い思いをしたほうが学ぶ速度がはやいな」


 そんなことを言いだしたときは鬼畜かと思ったが、そのあと俺を痛めつけるさまを見て、この人は人の心を失っているタイプの人間だと確信した。よく見たら目も死んでる。淀んだ沼みたいな目してる。


「動きのベースをスキルに頼らないところに置いておく。スキルによる補助を受けると、ダイナミックな挙動になりがちだ。ダイナミックは雑さを生む。対人になれてるやつは、雑さにつけいる」


 結局、1時間ぼこぼこにされ、チャイムが鳴った。

 いろいろ動きのパーツを学習できたが、単品ではとっさに使えないだろう。

 体系的に使えるようにならなければ役に立ちそうにない。


「今日の授業はここまで」


 芹沢先生は体育館の出口に向かいつつ、指をパチンと鳴らした。才能なし組──こんな言い方したら嫌われるが──を追いかけまわしてぼこぼこにしていたスケルトンドッグとスケルトンボアが赤い泥のなかに帰っていく。それを見届けて先生は我先にさっさと体育館をでていった。

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