異常攻撃に対する防衛論、芹沢ハクト

 志波姫の通り魔みたいな所業のせいで、絶対に負う必要のなかったダメージをもらいつつ、体育館に到着した。

 体育館のなかでしばし待っていると、2分くらい遅れて先生がはいってきた。


 無精髭の粗野な雰囲気のおっさんだ。

 くたびれてても爽やかさのあった羽生先生とは異なる。


 でも、不思議とオーラがある。只者じゃない感みたいな。

 服装がよれたジャージというところも往年の体育教師っぽさを感じる。


「羽生先生のヘルプ期間が終わったので、今日より俺がお前たちを担当することになった。芹沢せいざわハクトだ。英雄高校は今年で5年目、それ以前はダンジョン財団でスキル犯罪者を制圧する仕事をしていた。与えられた祝福を悪用するやつらをぶん殴る仕事だ。お前たちは一般社会のなかですでに大きな武力を有している。財団の方針で力あるものには責任を要求されることになる。異常攻撃に対する防衛論はそういうときのために、お前たちがバカなやつを相手にして正しい行動をとれるようにすることを目的としている」


 芹沢先生は言いながら、腰裏に手をまわす。

 取りだしたるは拳銃。黒い艶をはなつ銃口が俺のほうを向く。


「ちょッ」

 

 ビクッとして身動きがとれなくなる。

 驚いたのは俺だけじゃなく、周囲のみんなもちいさく声をあげた。


「この距離だと銃弾を避けるのは難しい。顔をだけ守れ。頭を抜かれなければ祝福者は簡単には死なない。まあ頭を抜かれても意外と死なないが。次にとる行動はとにかく逃げることだ。可能なら水平方向に。横移動してるやつを銃で正確に撃つのはわりとむずかしいものだ」


 芹沢先生は銃口をそっとおろす。くっそー、びっくりしちまった。なんで俺なんだよ。


「俺が好きなものは天才と才能だ。嫌いなものは才能がないやつだ。探索者というのは才能で食っていく職業だ。漫画家、小説家、サッカー選手、野球でも、声優でも、プロゲーマーでも、配信者でも、なんでも構わないが、そうした才能で食っていく職業と一緒だ。ただ暴力に優れたお前たちがそれを仕事にしようとした時、やはり天才でなくてはならない。残念ながら英雄高校の生徒には才能がないと思う」


 いきなり現れてぺらぺらしゃべりだしたと思ったら、一瞬で場の空気をひえっひえにしていく。

 ノンデリカシーというやつだ。この芹沢とかいう教師には羽生先生とはまた違った教師っぽくなさを感じる。

 

「この場にいるお前たちのほとんどは何者にもなれないだろう。お前たちはみんな自分が英雄になれると思ってこの学園にやってきたのだろうが、実際のところそれは尋常と比べて異常というだけであって、異常のあふれるなかでは尋常に過ぎないものだ。異常のなかで異常なやつじゃないと英雄にはなれない。ダンジョンは才能のないものに厳しい結末を用意する。ダンジョンの外でも同じことだが。」


 冷えるどころか凍えてきましたねえ。


「力あるものは制圧を試みていい。力ないものは懸命に逃げろ。対人だけでなく、対モンスターにも言えることだが。よし、ここまで説明するとあとが楽だ。プライバシーの時代だからな、俺はお前たちがどんなスキルを持っているのか、どれくらいのステータスなのかはわからないし、どんな装備を使うのかも知らない。お前たちは俺に教える必要もない。そのかわり診断をさせてくれ。俺の好きな才能がどれくらいあるか、センスを埋蔵されてるか、俺に感じさせろ」


 芹沢先生は俺たちにクラスごとに分かれ整列するように言った。

 変な教師の登場に「羽生先生がよかった……」みたいな空気感がながれつつも、みんなのそのそ移動する。


「まずはお前だ」


 芹沢先生は言って、銃口を向けると引き金をひいた。

 炸裂音とともに、弾丸が放たれ、1組の男子生徒の頭がぱこーんっとはじかれる。


「ぎゃあぁあああ!?」

「うん。次」


 えぇ……やべえ人きちゃったよ……まだ羽生先生のほうがいいじゃん……。

 風穴あいてないから威力の特別に低い銃なのか、スキルか、異常物質の作用が働いてはいそうだけど、だとしてもいきなり生徒を撃つとは。


「ぎゃああ!」

「いったあああ!」

「やめ、やめ、お願いしまっ、きゃあああ!」


 体育館は阿鼻叫喚の地獄とかしていた。

 1組も4組も乱射教師をまえにおとなしくしているはずもなく、しまいには体育館中に逃げ惑う生徒を、芹沢先生がシューティングする構図ができあがっていた。


 生徒に命中した銃弾はもれなく潰れて、弾かれているので皮膚を破って傷を負わせてはいない。なので見た目ほどひどいことにはなってない。でも、かなり痛いらしく、撃たれた生徒はもれなくワックスかけされた体育館の床のうえをのたうちまわることになっている。


「悪くはない」


 たまにそんなことつぶやきながら乱射を続ける芹沢先生。

 その銃口が志波姫にむいた。


 発砲される弾丸。志波姫は銃弾を回避すると、芹沢先生にサッと近づき、手首と胸倉をつかんで、きれいに背負い投げして床にたたきつけた。

 芹沢先生は受け身をとって、すぐにたちあがろうとする。だが、志波姫の攻撃はやまず、膝立ちの芹沢先生をうえから踏んづけようとする。


 芹沢先生は踏みつけてくる足を払い、距離をとりながら完全に立ちあがった。


「無作法には無作法でかえすのが私なりの作法なのだけど。まだ続けるのかしら」

「あぁ……いや、十分だ」


 芹沢先生はひとり納得した風にぼそっとつぶやき、次の銃口を俺に向けた。

 撃たれるのはわかってたので、銃弾は反射的に避けることができた。


 でも、志波姫みたいに反撃する勇気はでない。

 ノータイム、ノー躊躇で教師を投げにいけない。

 志波姫が変なやつなだけで、俺は常識人、ゆえの行動は正常そのもの。


 芹沢先生の視線はほかの生徒にむき、その後もシューティングは続いた。

 わずか2分ほどの出来事のなかで、生徒たちはそれぞれの反応をみせた。


 結果として判明したことは、教師に反撃したのが志波姫ひとりだということ。つまりこいつはやっぱ変なやつだってことだ。


「よし、簡易診断は終わりだ。才能あるやつはこっち、才能ないやつはそっちに集まれ。それぞれのレベルに応じた技能を身に着けてもらう」


 この先生、ひどすぎでは……人の心とかないんか……?

 よくこれで5年も教師ができてるな。


「赤谷、お前はセンスがある。才能組だ」

「うす」


 いやぁ芹沢先生、わかってますねえ~。流石です。いやぁ良い先生だなあ。

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