志波姫神華は会話に混ざりたい

「体育祭は大盛り上がりだったね。シマエナガギルドは惜しくも優勝を逃したが、すごい追い上げだった。最後まで勝敗はわからなかった。代表者競技では赤谷が見事に優勝した。第三の試練については機材トラブルで観戦できなかったが、彼は大きな試練を乗り越えた。まごうことなき勝者さ」


 オズモンド先生は拍手をし、それはクラス全体に波及して、喝采となった。ここで浮かれるのは2流。このクール赤谷は「うす」と涼しく反応して澄ます。


 たまに褒められた程度でクラスに溶け込んだと勘違いし、調子にのって距離をつめるのは素人のやることだ。俺は高度に訓練された陰。小学校、中学校をとおして社会に張り巡らされた罠にはまりまくり、心は古傷だらけだ。ゆえに俺は同じミスはしない。

 

「それともうひとつ報告だ。異常攻撃に対する防衛論の授業を担当していた羽生先生だが、都合により学校を離れることになった」


 クラスがざわざわとしだす。みんなは今日はじめて聞いたのだろう。


「なんで先生やめちゃったんですがー?」

「彼はもともと一時的にクラスを受け持っていただけなんだ。これからは本来の授業担当の先生が受け持ってくれるよ」


 崩壊論者『黒鎖チェイン』がダンジョンホール事件をおこした手前、1年生前期から行われていたのが異常攻撃に対する防衛論の授業だ。羽生先生はそのためにヘルプしてもらっていたわけか。今にして思えば、チェインに対処するための人材がおさまる都合のいいスペースだったのだろうが。


 生徒たちからは「あの先生ゆるくてよかったのいなー」「イケメンだったのにもういなくなっちゃったんだ」「連絡先訊けてないよ……」など、それぞれ羽生先生の勇退を悔やむ声があげられていた。男子も女子も普通に好感度高かったようだ。教師らしくないという点において。


 たしかに今にして思えば、あの人はちょっと変だった。

 教師なのに授業中でのリアルバトルイベントも止めなかったしな。


 そのせいでなぜか俺がペナルティを食らうし。

 今にしてもあれは羽生先生にもわりと責任あったんじゃないかと思い続けている。


「体育祭もおわり、次なる学校行事は期末試験だ。皆の者、特に成績が振るわなかったものはよく勉強して挑むように、いいね、探索者としてやっていけなくなった時のことを考えておくように」


 チャイムが鳴る。オズモンド先生は時計を一瞥し「はい、それじゃあホームルームおわり!」と言って、タブレットをたたみ、教室の入り口へ。それと同時にクラスが一気に動きだす。


「オズモンド先生、怖いこと言うよなぁ」

「探索者になれば安泰なのにな」

「ほんとそれ。勉強する必要ないでしょ」


 がやがやしてる教室のなかで男子たちの会話が聞こえてきた。たぶん勉強苦手なバカの部類だろう。

 でも、言っていることはわかる。俺たちは探索者になるために英雄高校に来たんだ。 

 探索者として食っていかなくてどうしろというのか。


 1時間目は羽生先生のいなくなった異常攻撃に対する防衛論だ。

 男子寮で体操着に着替え、第十三特殊体育館に足を運ぶ、


 体育館に向かう道中、ちみっこい背中を見つける。美しい黒髪が背中にかかっている。ジャージ姿は異常攻撃に対する防衛論の授業でしか見られないものだ。あとは体育祭くらいか。


 志波姫神華。今日も覇気を周囲にふりまいてるので、同じく体育館へ向かっている1年4組と1年1組の生徒たちのだれも彼女に近づけていない。なんか電磁波でも出ているかのように、彼女のまわりだけ人間がいない。


 俺もまたこの志和姫というオブジェクトを右斜め前方6mの位置にとらえながらも、道を歩く。

 声をかけることなどしない。声をかければ最後、きっと言葉の刃で斬られ余計なダメージを負うことになるだろうから。


「赤谷! 今日もナマズしてるね~!」


 そう言って後方から肩をぶつけてくるのは林道琴音だ。

 

「ナマズはするものじゃない。言葉が乱れてるぞ。もっとちゃんとした日本語使え」

「赤谷、代表者競技の途中でいなくなっちゃうんだもん、びっくりしたよ! あれから競技場は大変だったんだからね」

「そういやどうなってたんだ」

「代表者競技は中止になって、そのまま解散。で、中庭でみんなで後夜祭がはじまったんだ! シマエナガギルドの打ち上げもそこで大盛り上がりでさ! そこでシマエナガ帽子を売りさばいてる売人をグウェンダル先輩がつるしあげて脱法シマエナガ事件が解決したり、いろいろあったなー!」


 あれれ、おかしいですね、俺が死闘してる間にすごく楽しそうですよ?


「対岸の火事ってわけか……いや、そもそも認知すらされてないから、地球の裏の火事くらいかな」

「なにひとりでぶつくさ言ってるの赤谷、なんかキモ」

「きもいはやめろって言ってるだろ。強いんだって。そんな強い言葉を使っちゃだめだ。死人がでる」


 林道は陽キャ世界の住民なので、特に深く考えず、きもい、という言葉をつかう節がある。よくない。本当によくない。男子は効いちゃうからね、その言葉。


「いやーそれにしても、体育祭すごかったよね、赤谷! まじですごかった! 代表者競技もすごかったし、チワワを惨殺するのはどうかと思ったけど、でもでも、第三の試練をクリアするのはまじですごいと思った!」

「いろいろと運が味方してくれたおかげだよ」


 その運命もチェインやジェモール先生に手引きされたものと知ったいまでは、素直に喜ぶことはできない。


「あっ、志波姫さん……」


 林道がつぶやいたことで気づく。

 いつのまにか俺と林道が横並びで歩いている、その隣に志和姫が並んでいることに。

 こいつもっと前にいなかったっけ。6mほど下がってきてね?


「林道さん、そのナマズをあまり調子づかせないほうがいいわ。その男の本性はわかっているでしょう。ポメラニアンを惨殺することで快楽を得る危険人物。崩壊論者予備軍」

「たしかにそれはそうかも! やっぱり、赤谷全然すごくないや」

「おい、ふざけるのもたいげいにせい。志波姫の一声に左右されすぎだろうが」

「ふざけているのは赤谷君のほうだと思うけれど。さっきからわたしのことを6m後方で視姦していたのはどこのだれ」

「赤谷、志波姫さんを視姦してたの? 流石にキモすぎ! 擁護できない!」

「6m後方にいただけで変態扱いとかもう視界にいれただけでアウトじゃねえか、あとキモ使うなって言ってるだろ、あぁもう咎める言葉が追い付かねえや!」

 

 ええい、これだから志和姫に話しかけなかったのに。こっちから話しかけずとも、勝手に会話に混ざってきて切り刻まれるとか、どんなテロですか。悪質すぎます。本当に英雄高校は治安が悪いぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る