流石だぜ、俺たちのアイアンボール

 その日、俺はまた職員室に呼び出されていた。

 オズモンド先生の不憫なものを見るまなざしがそれなりに辛い。


「赤谷、やりすぎだ」

「やりすぎるつもりがなかったという点では、これは事故にカウントされると思います」

「正当防衛が成立する条件は一般人が思っているより厳しいんだぞ。ましてや相手の両腕が壊れて、顔が潰れたんじゃ、ちょっと弁護も難しい」

「ちょっとということは弁護可能ではあるととらえてよろしいわけですね」

「訂正しよう。弁護不可能だ」

「不可能は強いです、そんな強い言葉つかってほしくないです、オズモンド先生!」

「だったら使わせないでほしいものだよ、赤谷」


 オズモンド先生はあきれたように頭をおさえる。


「君はあれか。トラブルマグロか」

「そんな日本語存在しないと思います」

「常に事件・事故のなかに身をおかないと生きていけないのか。いつもいつもなにかしらのトラブルに巻き込まれてる」

「トラブルが向こうからやってくるんですよ。どちらかというとこの学校の治安に問題があるように感じます」

「耳の痛い話だ」


 でしょうね。

 

 オズモンド先生はずいっと身をよせて声をひそめる。


「喧嘩は私たちの目のつかないところでやりたまへ」

「オズモンド先生、露骨に面倒臭そうな顔しないでくださいよ」

「面倒くさくないわけがないだろう。私はこれから愛する妻とビデオ通話しながら、世話のかかる男子生徒の愚痴をこぼしつつ、優雅なお昼休憩を楽しもうとしてたんだ。そんなタイミングでまた君が事件を起こしたとミシシッピアカミミガメ愛好部から通報がはいった。私は君が起こすトラブルの解決屋じゃあないんだぞ」

「そうは言われましてもねえ」

「はあ、もういい、いきたまへ」

「いいんですか?」

「ああ」

「反省文もいらないと?」

「ほしいのかね」

「まさか。でも、無罪で済むなんて」

「我々もある程度は状況を把握している。正直いって、赤谷がいくつかのトラブルを起こすだろうとは予想していた。君は人に嫌われる才能があるからね」

「それほどでもないです」

「今回のことは私のほうで不問にしておいてあげよう」


 なんだよ、弁護不可能っていってたのに結局は守ってくれるのか。いいところあるじゃないすか、オズモンド先生。


「我々も責任を感じてるところだからね。さあ、いきたまへ。ああ、最後にもう一度いうぞ────もっとうまく対処したまへよ。問題にならなければ問題は問題にはならないんだ」


 オズモンド先生は最後の部分だけ声をちいさくしてささやいた。


 翌朝。

 俺と上級生たちの戦いは、先述した通りミシシッピアカミミガメ愛好部によって通報され、学校側に認知されることになった。

 それ以外の部室もなかなかに荒らしたが、俺は謝罪責任を問われなかった。

 なんでもあのあと俺を襲った3年生たちが謝りにいったらしい。


 本日は学校がある。

 顔を洗って、スキルツリーを生やして、本日のポイントミッションを確認しつつ、登校する。


 教室棟に足を運ぶと、周囲の視線が気になるようになった。

 廊下でひそひそ話す女子たち、「あっ、アイアンボール」と声のトーンの抑え方を知らない男子たち。


「おい、来たぞ、ミスター・アイアンボールの登場だ」


 1年4組の教室にやってくると、見慣れた生徒たちが廊下とはうって変わって、一斉に視線を向けてきた。この感じちょっとなつかしいかもな。


「おめでとう、赤谷!」

「まさか代表者競技を本当に勝ち残っちまうなんてな」

「俺たちは信じてたけどな」

「2年生の先輩を圧倒してたのかっこよかったぞ!」

「流石だと言いたいが流石だミスター・アイアンボール」


 肯定的な賞賛をくれる男子たち。

 俺とは決して混じりあわない色をもったやつらだが、こうして俺が活躍したときは、ほめてくれるし、喜んでくれる。

 成果をあげた人間にすりよって、なにかしらの利益を手に入れようとする人間の原理原則的な部分からくる行動なのはわかりきっているが、しかし、だとしても素直にこういうことを言ってもらえるのはうれしいものだ。もちろん、これは真実の言葉ではないのだろうが。


 俺へ向けられる視線はもうひと種類ある。

 肯定とポジティブ。その反対は、否定とネガティブだ。


「うああ、赤谷だ……」

「チワワを粉砕してニチャって笑ってた顔がまだ頭から離れないんだよね……」

「先輩たちのことも背後から撃ってたし……」

「というかうちの部活の先輩から聞いたんだけど、ずるして立候補してたらしいよ?」


 クラスの女子たちからはわりと苦い感じの言葉が寄せられている気がした。俺が女子という生物を苦手としているための幻聴とかではない。


 肩を落としながら、女子たちの恐ろしい視線を背中に受けつつ、席につく。

 ヴィㇽトはスマホから視線をこちらへ向けてくる。


「赤谷、おはよ」

「いいのか、チワワ殺しのナマズ野郎に話しかけて」

「気にしてるの。みんなの言葉。普段はそんなの関係ないみたいな雰囲気だしてるのに」

「まさか。俺があんな言葉で効くわけないだろ。いや、マジ全然効いてないって。……はぁ、体育祭でけっこう活躍したんだけどな、やっぱり勝ちにこだわりすぎたのかな……それとも手癖になってたチワワ処理がまずかったのか……」

「すっごい効いてるね。でも、安心してもいいかも。みんな赤谷に感謝してたよ。さっきまで赤谷の体育祭での活躍を話してた子もおおかったから。誇りパイルとか、わりと応援席は感動の嵐だったもん」


 ヴィルトいわくそんな悪い印象ではなかったようだ。

 総評として、今回の体育祭での俺の立ち回りは賛否両論あったが、まあ、差し引きプラスって感じだろうか。


「グッドモーニング! いい朝だね! 今日も一日がんばろう! はーい、席についてー、ホームルームの時間だよ!」


 元気なオズモンド先生とともに、今日も1日がはじまる。

 激動の体育祭を乗り越えて、学校はまた平常運転へと戻っていく。

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