事情聴取3

 とんでもない体育祭から一夜が明けた。

 朝、俺は自室で洗面所のまえで鏡を見つめる。

 

「腕、綺麗に治ってよかった……」


 白衣の天使・島江永先生が助けてれたおかげだ。

 破裂した腕でも元通りに治せるとは流石と言わざるを得ない。

 まあズキズキとした痛みはまだ残っているんだけど、経験則でこの痛みもすぐになくなることはわかってる。


「派手な怪我ばかりしてくるから、名前を覚えてしまったよ、死んだ目をした子」

 

 そんなことを今朝の保健室で言われた。でしょうねという感じだ。


「赤谷くん、黒いサングラスをした人が呼んでたので、あとでいってあげてねー」


 寝起きにそんなことを言われ、保健室の外でちゃんと黒服サングラスに捕まった。

 

「また会ったな。赤谷誠くん」

「エージェントKさん、もう3回目くらいですかね」

「ああ」

「これで最後なんですかね」

「チェインは捕まった。やつが英雄高校にまとわりつくことは不可能になる。これで最後だ」


 そっか。終わるのか。


「今日はふりかえ休日なのだろう? 朝のうちに最後の事情聴取につきあってくれるかな」


 一旦、寮に戻り、服などを着替えた。

 その後、職員室の隣にあるちいさな取調室にて、エージェントKに事件のもろもろを訊かれた。


「もしほかに仲間がいるなら我々はそちらへも対処をしなくてはならない。廃工場に怪しい人物がほかにいたか教えてほしい」


 もろもろの事実確認が済んだあと、今度は俺から質問をしてみた。


「チェインは英雄高校に不満をもっていたようですけど」

「そんなことを語っていたかな」

「やつらのドローンを回収したのでしょう? なら何が起こっていたのかだいたい把握しているのでは?」


 エージェントKは背もたれに体重をかけ、改まった姿勢になる。


「才能を見出す場には、才能を見出されなかった者が存在する。それだけの話だ。やつにどれだけ同情の余地があろうと、我々は秩序と規律、そのシステムを守るために秩序の外側で暴れるものに対応しなくてはいけない」

「チェインの気持ちはわからなくはないんです。たぶん、あいつには他になにもなかったのかもしれないって思って。俺もたいがい同じでしたから」

「崩壊論者に共感するのはよくないことだな。君は黒鎖の攻撃を何度か受けたようだ。あとでカウンセリングもしてもらったほうがいいだろう」


 犯罪者に同情の余地はないということか。まあその通りだが。


「転移のロジックに関しては、我々も常々怪しんでいた。扉間とびらまひぐれ。やつは天才的な祝福者だった。複数の転移スキルをもっていた。英雄高校の在学中はその才能を発揮しなかったようだがね。ふたりは在学中からよくつるんでいたと聞く」

「俺が飛ばされたのも、その扉間の能力ですか」

「そうだ。だが、仕掛けをしたのはスノービ・ジュモールだ」

「ジェモール先生……」

「君を昨晩片付けようとした内通者。やつはつい今年から英雄高校にやってきた新任だった。チェインの作戦を遂行するためにやってきたんだろう。不幸にも君が関わった2つの事件、ダンジョンホール事件も、擬似ダンジョン侵攻事件も、この男が仕込んでいたことからはじまった。おかげでずいぶんと暴れられてしまった」


 英雄高校はその体内に毒を盛られていた。

 内部の協力者なしに、数々の工作を仕掛けるのは不可能だったのだろう。


「もう平穏は取り戻された。警戒状態はしばらく続くが、それもいずれ解除されるだろう。校内に武装したダンジョン財団兵力を駐在させる意味はすでになくなったのだからね」

「でも、世間体はあんまりよくないですよ。俺でも想像できるくらいに」


 体育祭の最後のイベントに割り込まれ、そして俺は死にかけた。

 別に英雄高校を恨んでるわけじゃない。


 異常物質に異常能力があふれる世界に足を踏み入れているんだ。

 セキュリティうんぬんを俺みたいな素人が批判することはできない。


 でも世間はそうじゃない。


「それは君が気にすることじゃない。何より君が黙っていればいいだけだ」

「秩序の維持のために何もなかったことにしろということですか?」

「無理強いはしない。そう言うふうに上から言われてる。君は今回の事件のことを公表してもいいし、しなくてもいい。でも、しないでくれるとその後の手続きが簡単になるというだけだ」


 これさ、俺が事件を公表とかしたら消されるんじゃねえの? 

 たぶん事件に関わった生徒は、俺と志波姫だけだ。

 俺と志波姫が黙っていれば、今回の事件は公にはならないってことか。

 

 恐ろしい予感をいだき、背筋が震えた。


「わざわざ公表する意味もないですよ」

「そうかね。それはよかった。私も胃が痛まなくて助かるよ。あぁそうだ、君の鉄球は担任の先生から返却されるだろう。廃工場に置きっぱなしにされていたものは、我々が回収してある。あとで忘れず取りにいくといい」

「わかりました」

「ほかに質問はないかね? ━━そうか、では、これで取り調べは終わりだ」


 エージェントKは扉を開いて、取調室の外への道をしめす。


「あぁそうだ。ひとつ伝え忘れていた」

「なんですか」

「代表者競技の第三の試練だが、中継のステルスドローンが故障したせいで競技場のモニターに映像が届かなかったらしい。君は恐ろしい怪物を倒し、試練を突破した」

「……」

「実際にそれにふさわしいだけの困難を耐え切った。代表者競技優勝おめでとう」

 

 エージェントKはスッと手をだす。

 握手をかわす。


「ありがとうございます」


 俺はそう言って、取調室をあとにした。

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