長い体育祭の終わり
ジェモール先生は駆け、ナイフを振りあげた。
脳では状況を整理できていないが、俺の命が危機に瀕していて、そして何もしなければ1秒後にジェモール先生にぶっ殺されることは判断できる。
ベッドに座っていた俺は反射的に足をあげて、ジェモール先生の腹を蹴り押して、遠ざけようとした。
だが、先生は俺の動きに反応できたようで、足を掴まれ、膝の皿にナイフをブッ刺された。
骨が砕け、関節が破壊される。激しい痛みとともに、足が燃えあがるように熱くなり、同時に感覚が失われる。
甚大なダメージ。志波姫はさっき回復薬を俺に使ってくれたとかいっていた。
効果はあらわれてる。俺の破裂した右腕の傷は自己修復が働いて、血は止まっているし、鎖で鞭打ちされ裂けた頬の痛みもやわらいでいる。
破壊された足とは、逆の足を打ちあげ、ジェモール先生の側頭部を攻撃する。
反応され、腕でガードされる。構わず、もう一度力強く蹴りをはなって、ひるませる。
その隙に膝のナイフを抜いて、遠くに放り捨てた。
でも、どうする? 俺の右腕は当然ながら使い物にならない。足を壊された。走って逃げることもできない。というか足を壊されてなくても、元気に走って逃げる気力なんてもちあわせてない。MPは体感で回復してないのがわかる。羽生先生たちが俺に使ってくれたのは、HP回復薬だろう。
ごく短い時間で、疲れ切った脳みそに負担をしいいる。
もう寝たがってるが、まだ寝かせることはできない。
ここで頑張らないと、今動かねば殺されてしまう。
残されたリソースはHPだけだ。選択肢は数秒だけ耐え凌ぐことだけ。
「誰かああぁ! 殺されるぅう!」
無様に叫んだ。人生で一番情けない声をだしたかもしれない。
「誰もこないヨ」
ジェモール先生は俺の蹴りをガードした手をふって、しびれをとるような仕草をする。
「私のスキルのひとつは閉ざされた部屋の音を密閉することができル。声は保健室の外に漏れないんダ」
詰みのなかの詰みじゃねえか。
「悪いがこちらも時間がないんダ。かねてより疑われていた裏切り者が私だったと馬鹿な英雄高校でも気づク。君を殺すのを最後の仕事にしてもうこの学校ともおさらばダ」
ジェモール先生はザッと近づいてきて、片手で俺の首を絞めてきた。左腕で振り解こうとするが、それも握払われて押さえられる。使える腕の数がシンプル少ないせいで簡単に制圧されてしまう。ベッドに押し倒され、気道を締めげていく。
このまま終わるのか。
あっけないものだったな。
結構がんばったと思うんだが、大人は無慈悲な結論をつきつけてくる。
騎士道精神とか、スポーツマンシップとか、そういうのが好きなわけじゃないが……徹底して恨みをかうと本当に恐いな。こういう手段を選ばない連中はとくに。
ガチャ
「あ」
扉の開く音。
ジェモール先生はバッとふりかえる。
視界を一閃する鋼の冷たい輝き。
ジェモール先生は血の尾をひいて、ふっとんで保健室の奥の方へ。
入り口に志波姫がたっていた。
片手に鞘、片手に斬りあげた刀。
まさか戻ってきたのか!
帰ってきて扉開けた瞬間、居合で先生を斬り捨てた!?
やってることヤバすぎるが、その行動に救われた。
俺は咳き込みながら、本能的に志波姫のほうへ駆け寄ろうとする。
だが、足が壊れていて、もつれて倒れてしまう。
志波姫が受け止めてくれる。
「ジェモール先生だ、あの人はチェインは繋がってたんだ……!」
「皆まで言う必要ないわ。この時を待っていたもの」
「へ?」
「志波姫くん……どうして、戻ってきた……ひどい、じゃないカ」
ジェモール先生は窓辺に手をかけて立ちあがり、胴体に刻まれた大きな斬撃痕をおさえる。
血がドクドクと流れている。容赦なさすぎでは。いや、俺のこと殺そうとしてたやつだからいいんだけどさ。
「戻ってきたわけじゃないわ。あなたが怪しいことは羽生先生から聞いていたもの。そうそうに保健室に姿をあらわした瞬間に、確信したわ。だから遠ざかったふりをして保健室のすぐそとで待ってたわ。突入の瞬間を」
「志波姫、さすがだな。でも、もうちょっとはやく突入してくれてもよかったが……!」
「それは誤算ね。物音がしなかったのよ。赤谷くんが危機的な状況におちいれば、情けない悲鳴が聞こえてくるはずだったのだけれど、どういうわけか保健室のなかはまったく無音だった」
「先生のスキルか……。でも、じゃあなんで突入してくれたんだよ」
「無音すぎたから」
なるほど、無音すぎてそれが不自然になったと。
「でも、別に俺が危機的状況におちいらずとも一緒にいてくれればいいだろ……」
「そうしたら斬る機会を失うじゃない。あくまで正当防衛、誰かを助けるための暴力なら許されるものよ」
志波姫さん、もしかして一太刀を合法的にあびせたいから、機会をうかがったと?
「志波姫、おまえ俺のために怒ってくれたのか?」
「犯罪者とぶつけて赤谷君を合法的に始末させ、ついでに崩壊論者の手先を始末する。我ながら天才的なアイディアだと思ったのだけれど……すこしはやく突入してしまったようね」
「犯罪界のナポレオンみたいなやり口やめろよ」
やはり、志波姫神華は鬼や悪魔のたぐいと考えてよいだろう。
「ん」
志波姫に寄りかかっているせいで、微妙に慎ましさの柔らかみを感じた。
なんて慎ましいんだ。でも、なにかがある感じはある。ゼロではない。0.3くらいはある。
志波姫に突き飛ばされされる。クソ痛い。
「怪我人だぞ……!?」
「ジェモール先生を無力化するわ。そこで寝てなさい」
なんだ荒事になるから、そこで待っとけってことか。
慎ましさを楽しんでいるのがバレたのかと思った。
「先生、いえ、内通者、死にたくなければ動かないことね」
「はは、あぁ……」
ジェモール先生は片手で空を握るようなモーションをする。
手が燃えあがる。なんらかのスキルを発動したようだ。
距離をはかり、見合いあい、志波姫が先に動いた。
一太刀を放つ。ジェモール先生は燃える手をぶつけていなす。
かなり硬い音がした。
火花と散り、金属音が響く。
燃える手が志波姫の首を狙いにくる。
返す刃が、燃える手をひじ先から斬り飛ばす。
追撃の太刀がジェモール先生の胴体をぶった斬った。
だが、これは峰打ちのようだ。
ジェモール先生はその場に崩れ落ち、動かなくなった。
エンジンが違う。
敏捷、筋力、持っている技量。
あぁ今度こそ安心していいはずだ。
志波姫が剣を斬りはらって血糊を落とし、流麗に納刀する。
その背中を見届けて、俺は再び気を失うのであった。
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