再々の保健室
目覚めると地面がみえた。
うなだれているような視界だ。
周囲は暗くて、まだ夜のなかに自分がいるのだとわかる。
身体に伝わる触感。体温。いい香り。
前にもこんなことがあったような気がする。
誰かに背負われている?
ちょっと視線を動かすとすぐ横に綺麗な顔がみえた。
見慣れた横顔。志波姫の横顔。
めちゃ近い。数センチの距離しかない。
どうりでいい匂いがするわけだ。俺は志波姫におんぶされてるのだ。
そういえば、俺、チェインと白髪ワープ男とかに、ぶち殺されそうになってなかったっけ。
そうだ、志波姫が来てくれたんだ。あとは……羽生先生も。
「それじゃあ、志波姫さんは赤谷くんを保健室にでもつれていってあげて。僕は報告とかいろいろしないといけないからね。お仕事たくさんなんだぁ」
羽生先生が建物のなかにはいっていく。
視線をすこし動かせば、戦闘機が屋上っぽい場所に鎮座しているのが見えた。
いかめしいフォルムの黒い戦闘機が夜空のしたにあるのは威圧感があった。
「あれは……」
「羽生先生の仕事のひとつは、チェインを捕まえることだったようね。そのために英雄高校に講師という形でいた」
志波姫は戦闘機を見ながらつぶやく。
「起きたのね、赤谷君」
「あの時と同じだな」
擬似ダンジョンでも志波姫にこうしておんぶされてたっけ。
「今回はわたしがあなたのピンチを救ったけれど」
「もしかして貸しとか言いだすつもりか」
「言ったらだめなの。無様に殺されかけていたのに生意気なのね」
こいつに貸しとかつくったら取り立てが恐いというか、なにを要求されるのかわかったもんじゃない。
「貸しで志波姫家の敵を消してこいとか言いそうだよな」
「悪くないアイディアね。あなたみたいな人間でも鉄砲玉としての利用法はあるものね」
「冗談だと言ってくれると嬉しいんだが」
「冗談よ。生命保険をかけてひっそりやることやったほうが大きなお金になるものね」
「本職の方ですか?」
志波姫はなにも答えずに、俺をおんぶしたまま保健室へ移動する。
夜の校内、敷地内を移動してる間、他の生徒の姿をみなかった。
「いま何時位なんだ」
「もう23時をまわってるわ」
「あのあとどうなったんだ」
「さあ。わたしは競技場にいなかったからわからないわ」
「俺、どうして学校にいるんだ。さっきまで廃工場にいたのに」
「質問しかしないのね」
「そりゃするだろ」
「さっきのステルス機で帰ってきたのよ。あなたはこの学校から100km離れた廃工場に転移能力で飛ばされていた。羽生先生はなんらかの手段で索敵したみたいね。あなたが石板に触れた直後、彼は動きだしたもの」
100kmの転移って普通にいかついことされてたんだな。あの白髪の男の能力かな。
石板になにか仕掛けがされてたとか? 俺はまんまと引っ掛かったわけだ。
「羽生先生なにか知ってたんかな……」
「準備はしていたのでしょうね。わざわざ学校の屋上にあんなものを待機させておくくらいだもの」
羽生先生に命を救われたわけだ。
保健室にたどりつく。志波姫の背中ともお別れだ。
別にもっとおんぶされてたかったとかではない。
そういうわけじゃないが、奇妙な寂しさは、まあ、なくはない。
「島江永先生がいないようね。職員室かしら」
「待ってれば戻ってくるかな」
ベッドに腰をおろす。
自分でも自覚できてるが、ひどいけがだ。
特に腕がひどすぎる。不思議と痛みはすくないが。
「帰ってきていたんだネ」
ジェモール先生が保健室に入ってきた。俺を見て、険しい表情をうかべる。
「ひどい怪我だネ、これはすぐにでも手当が必要だヨ。志波姫くん、先生を呼びにいってくれないかな」
「わかりました」
志波姫が保健室をでていった。
足音が遠ざかっていく。
「回復薬を打ってあるようだけど、そうそうに島江永先生の治療を受けたほうがいいネ」
「ジェモール先生、すみません、俺あんなに応援してもらったのに。第一の試練でも、第二の試練でも。それなのにこんなことに……競技はどうなったんですか?」
「イレギュラーが起きタ。審議が必要だろうネ。生徒はすでに解散済みダ。トラブルが起きたのはみんな気づいているだろうネ」
ジェモール先生は保健室の扉を後ろ手に閉める。
「チェインはどうなったのかナ」
「羽生先生がなんとかしてくれたんだと思います。俺も気絶しちゃって、顛末を知らないすけど」
「そうかァ……人造人間もひぐれもいたはずなのに、よく生きていたネ」
「……。羽生先生が事件ことをほかの先生たちに伝えてくれてるんです。たぶん怪我のことも。ジェモール先生は羽生先生から事件のことを聞いてきてくれたんですよね」
「そうだネ」
事件のことを詳細に知っているのは羽生先生だ。
そのことをほかの先生たちに伝えてくれているのなら、島江永先生を優先的に連れてきてくれそうなものだが……なぜ最初にきたのがジェモール先生ひとりなのだろう。奇妙な違和感があった。別にたくさんの先生に心配されて駆けつけてほしいとか、そういう気持ちをもってるわけじゃない。
漠然とした違和感。
それが疑念に変わった時。
ジェモール先生は懐からナイフを取りだした。
「赤谷くん、君はよく頑張ったヨ」
「ジェモール先生……?」
「まさか1年生の君が、本当に実力だけで代表者競技を勝ち抜けるとでモ? シマエナガだって事前にエサに毒も混ぜタ。武器も与えタ。迷宮は君の都合がいいように道を組み替えるようプログラムを操作しタ。ランダムドロップのアイテムと宝箱の中身も都合をつけタ。全部、君が第三の試練にたどり着くのを助けるためだヨ」
「ジェモール先生、なに言ってるんですか……」
「チェインは終わりダ。財団に捕まっタ。せめて君だけでも殺しておかないと、可哀想ダ」
ジェモール先生はナイフを逆手にもち、駆けよってきた。死じゃんこれ。
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