廃工場の戦い 終結

 赤谷は崩壊論者ふたりを追い詰めていた。

 相手のダメージは甚大。あと一手で詰め切ることができる。


 しかし、赤谷もまたダメージを負っていた。

 無理の代償がついに現れはじめたのだ。


 今しがた白髪の男をふりまわした腕の皮膚が弾け、筋繊維が爆発するように裂けて、熱い血が飛散し、ピンク色の骨がのぞいていた。過ぎた力の対価である。


 『筋力増強』+『筋力増強』+『筋力増強』は全身に満遍なくはりめぐらせることで、効果範囲を分散し、一部位への負担を軽減することで多重使用を可能にしていた技だった。肉体が崩壊するギリギリのラインを見極めることで、本来ならまだ資格がないチカラを前借りすることを可能にする。


 咄嗟の使用では集中力が足りず、バランスが崩れる。チカラを込める場所にどうしても負荷がかかる。

 赤谷はスキルコントロールの上達でずいぶんと耐えれるようにはなったが、しかし、人造人間へ対抗するための度重なる使用により、それも限界を迎えてしまったのだ。

 

 激しい痛みが襲ってきた。身体は悲鳴をあげている。

 しかし、赤谷は動揺を見せなかった。


(いつもスキルツリーで腕は裂けてるしな。大量出血も慣れてるし)


 いまやるべきことは、相手に怒りをぶつけることだけだ。


「あーあ、前腕、爆発しちゃった。どうするん、これ」


 もともと光のない腐った魚のような瞳が、ぎょろっと動く。

 

「矢原岸、起きろ!」


 白髪の男は叫ぶ。

 チェインからの返事はない。


(ダメだ、気を失ってる、これはもう、無理だな……赤谷誠は戦闘を観戦してる限りじゃ、人造人間とタイマンしても、有利に立ち回っていた。俺では相手にならない。ただ、肉体の異常な怪我をみるにかなり負担をかけてるように見えるし、リソースも多くは残ってないはず……)


 白髪の男は待つ。タイミングを。

 それはじきに訪れるとわかっていた。


 赤谷が残された拳を握りしめる。

 その拳骨で白髪の男を殴って気絶させるために。


 その時だった。

 重たい足音とともに人造人間エイプリルが姿をあらわしたのは。


(ちっ、戻ってきたか)


 ある程度、推測していたため、赤谷はすぐに対応した。

 『貫通異常鋼杭ペネトレイトパイル』をエイプリルへ放つ。

 MP不足と体への負担を考え、詠唱破棄・三式で放たれた。


 エイプリルは鋼杭の直線軌道を読み、それを手で受け止めようとするが、直前で軌道は『曲がる』で変化させられ、エイプリルの太ももを穿つことになった。

 2発目のほうは受け止めようとした手を貫通し、屈強な胸筋に射止めて腕の自由をうばった。


(打撃装甲なら、刺突属性の杭も有効だよな)


 赤谷が意識を逸らした。

 白髪の男は動いた。一瞬の隙をついて、その体を木扉のなかに転がりこませんとしていたのだ。その扉の転移先はチェインのすぐそばだ。


 チェインのすぐそばに扉出現。

 扉が開くと、白髪の男がでてきて、気絶したチェインを掴んだ。

 扉のなかに連れこもうとその身体を精一杯ひっぱる。


「矢原岸、逃げるぞ!」


 赤谷は「待て!」と叫び、手を伸ばした。

 だが、あと一歩のところで扉は閉まってしまう。


 白髪の男は扉がしまった途端に安堵した。

 ホッと息をついた。


「……?」


 しかし、違和感に襲われた。

 奇妙な違和感だ。

 はじめて感じるものだ。


 いわゆる干渉というニュアンスの言葉がぴったりあてはまる。

 普段なら息をするように行えている転移先の指定が、その一瞬だけ手間取った。


(これは、俺以外の誰かがスキルに干渉している?)


 鋭い洞察力で、そこに”掻き乱すだけの意思”を感じとった。

 しかし、時すでに遅し、ゆっくりと扉は開かれる。

 

 赤谷は粘着質な笑みを浮かべ、チェインの足首を掴んだ。


「待てって言ったよな、俺」

「くっ、お前、なにを、やめろ、離せ!」


 赤谷は『スキルトーカー』で白髪の男のスキルを奪い、まったく同じ転移能力を一時的に使えるようになっていた。

 もちろん使い方はわからない。だが、あくまでジャミングとして同じスキルを使う者を邪魔するだけならの運用ならできる。ちょっとだけ。わずかにだけ転移を遅らせる程度のジャミングだ。


 赤谷はチェインの足首を、白髪の男はチェインの肩を。

 それぞれ掴んで綱引きをする。


(くそっ、流石に大人の祝福者なだけあって、素の筋力では圧倒できないか)


 綱引きは拮抗する。1秒経過、2秒経過、3秒経過。

 拮抗するほど、赤谷は背後が気になる。

 

 人造人間が控えているのだ。

 このまま愉快な綱引きを続けるわけにはいかない。


 赤谷は歯を食い縛り『筋力増強』を発動し、チェインを思いきり引っ張った。

 白髪の男は思わず、チェインと一緒に引っ張りだされ、心底忌々しそうに赤谷のことを睨んだ。


 白髪の男は飛びだしてきたまま、もつれるように赤谷に馬乗りになり、マウントをとった姿勢のまま、殴りかかろうとする。

 赤谷は抵抗しようとするが、どうすることもできなかった。


 赤谷のMPはいまの『筋力増強』で底をついていたのだ。

 

「クソガキが! ふざけやがって! 俺たちをコケにするんじゃねえ!」

「い、いぐ! うぐ!」

「おらッ! どうした元気がねえな! MP切れだろ!? ようやくかよ! 第三の試練にわりこんだのに、バカみてえに粘りやがって! うぜえんだよ!」


 白髪の男は怒声を張り上げ、殴りつづけた。

 片手で顔面を守ることしかできない赤谷を。

 

「はぁ、はぁ、舐めやがって、クソガキが、はぁ、はぁ」


 赤谷は朦朧とした意識で、自分のステータスウィンドウをぼんやり眺めていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 体力 49 / 1,000

 魔力 2 / 20,000

━━━━━━━━━━━━━━━━━━


(あぁ、負けるのはわかってたんだ……廃工場についた時点でMPは7,000を下回ってたし、全力で戦えば足りなくなるとは思ってた……だから、チェインだけはぶっ殺してやろうと思って……だめだったか……)


 赤谷は視線を横にむける。

 人造人間が棒立ちして待機していた。


(白髪のこいつが俺を殴ってるからお行儀良く待ってるんだな……俺が白髪をどうにかぶっ倒しても、次はこのデカブツだ。再生能力あり、打撃装甲あり、飛行能力あり、凄まじい基礎スペック……無理だ、どうやったって、この状況をかえせない……)


「矢原岸、起きろ……こいつを処刑するのはお前じゃないといけない」


 白髪の男はフラフラしながら、立ちあがる。

 赤谷はもはや立つこともできず、静かに泣いていた。


 赤谷の滲む視界、星空が広がる景色をなにかが横切った。

 ヒューっと音を立てながら横切るそれは、飛行機のように思えた。


 何かが降ってくる。星空を見上げていた赤谷だけは、それに気づいた。

 気づいた直後、棒立ちしている人造人間のうえに、それは降ってきた。


 最初に訪れたのは衝撃波だ。

 並ぶ廃車とともに、赤谷や白髪の男も、チェインも、全員が等しくふっとばされた。無様に地を転がりながら、姿勢をどうにか立て直して、衝撃の中心地へ視線をやる。

 ちいさなクレーターができていた。

 凹んだ地面には、頭部から真っ二つに両断された人造人間の姿があった。


 一刀両断された人造人間のうえ、その少女は剣を斬り払い、血糊をはらう。

 凍てつくような黒瞳が赤谷を見つめ、細められる。


 志波姫神華しわひめじんか。どういうわけか夜空から降ってきた。


「はい、到着」


 気軽な声が聞こえてくる。目の前で堂々と登場した志波姫の声ではない。


 視線をやれば男の姿があった。

 白いシャツを着崩して、ネクタイはやや緩めてある。

 シワのよったジャケットは学校内では彼のトレードマークだ。


 羽生はぶ。英雄高校では異常攻撃に対する防衛論を受けもっている中年だが若く見えることで有名な教師だ。

 

 赤谷はアッとつぶやいた。

 白髪の男は青ざめた顔になった。慌てて転移扉を開こうとする。

 だが、そっと扉は閉じられる。羽生の手によって。優しく。


 白髪の男は悪寒に襲われていた。目で追えていなかったのだ。自分のすぐそばに移動した羽生の動きを。

 震える瞳で羽生を見やる。羽生は口元を結んだまま、静かに首を横にふった。


 白髪の男は崩れ落ちる。

 

「もう諦めちゃったかい?」


 軽い調子で言いながら、羽生は白髪の男の顔を蹴飛ばして気絶させた。


「赤谷くん、お疲れ様。よく生きてたねー!」

 

 羽生の軽薄な声に返事するのは億劫で、赤谷は「ぁい」と声にもならない音を漏らした。

 

(長い1日だったなぁ……)


 そんなことを思いながら、赤谷は静かに意識を失うのだった。

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