ピンチの中で成長する男

 赤谷の突出した能力は対応力と学習能力にあった。


(こいつは普通じゃない、普通の学生じゃねえ)

 

 自分の持つ手段がすでに学ばれてしまったことをチェインは悟った。


 決死の場面。

 強力な引力はチェインをこのまま赤谷のもとへ運ぶ。


 赤谷の近接戦闘能力が高いことは自明だ。

 なにせ人造人間エイプリルを退けるほどなのだから。


 チェインは接近してしまったら、おしまいだと判断した。

 だから使用する。第三の鎖を。

 目の前の敵を殺すことはできない。今のままでは。


(空間転移スキルで、悲運の鎖を打ちこんでやる)


 MPではない。HPを半分削ることによって可能になる強力な攻撃。

 遠隔操作の鎖のなかでもっとも凶悪なものだ。


 擬似ダンジョンの時に赤谷に一度だけ見せていたが、それでもたった一度だけ。

 いくら『学習能力アップ』が優れていても、赤谷がピンチに強くても、その攻撃は通る。

 

 そのはずだった。

 赤谷の背後の空間が歪み、そのねじれから飛びだした黒鎖は、どういうわけか、赤谷の後頭部を穿つことなく、微妙に逸れたのだ。

 まるで鎖自身が意思をもっていて、赤谷を攻撃しないように動いたかのように。


「バカが!? いまちゃんと狙ったろッ!」

「そのスキルはいただいた」


 チェインは想像していなかった。想像がおよばなかった。

 否、誰であろうと想像ができるはずもない。


 赤谷の進化する速度を。

 彼が覚醒させた異彩のスキル『スキルトーカー』を。


 赤谷はその能力をこの廃工場にきた時点でさえ、正確には判断していなかったが、危機的状況が彼の才能を刺激してしまった。

 窮地に陥るほど、活路を見出すチカラは、感覚的にスキルトーカーの運用を見出させた。


 結果、赤谷はチェインのスキル『黒い鎖』を記録し、その能力を使用したのだ。


 チェインは『筋力で引きよせる』で赤谷のもとへ強力な引力でひっぱられる。

 赤谷は拳を固め、ふりぬき、余裕のなくなった邪悪な顔を打った。

 

「ぶぼへッ!」


 前歯が砕け、鼻が折れ、怒りの拳が顔にめりこんだ。チェインのだらしない太い体はふきとび、トラックの荷台を背に打ちつけられた。

 『貫通異常鋼杭ペネトレイトパイル』を回収し、すかさず距離を詰める赤谷。

 

 チェインは殴られたダメージから復帰できない。

 逃げることもできない。太ももにデカい風穴が空いている。


(英雄高校……俺の希望、夢の跡……。子供の頃から脳の神経が壊れてた。楽しくないのに、変な笑い声がもれてしまう。気味悪がられた。家では油で汚れた鎖でよく叩かれた。顔もブサイクだし、太る体質だった。勉強もできなかった。なにもなかった。でも、俺には祝福が与えられた。アダムズの祝福だ。俺の才能。ほかのすべてがない代わりに、俺にはこのチカラがあったんだ。凡俗なやつとは違う、圧倒的な特別さ、選ばれし者……なのに英雄高校は俺を認めなかった。俺の才能が学生時代に開花することはなく、探索者ではなく、進学コースを薦められた。学校はおれの才能を伸ばすことではなく、社会の凡俗どもと一緒に、選ばれてないやつらと一緒に歯車になることを薦めてきた。許せなかった。俺を特別にしなくてはいけないんだ。俺は、ほかになにも持ってないんだから、これだけは、この特別な力でだけは、俺を一流にしないといけないんだ。俺は選ばれし者なんだ━━━━)


「俺様は選ばれし者なんだぁあ!」


 チェインは喉は裂けるほどおぞましい悲鳴をあげ、両手を赤谷へ向けた。

 周囲の鎖が総動員され、赤谷の行方を塞ぎ、彼の前後左右から襲いかかる。


 鋭い杭が赤谷の体をかすめて、鮮血を星空のしたに散らす。


 赤谷は『スキルトーカー』によって『黒い鎖』を記録し、使用できるようになったが、あくまでも使用可能になったというだけだ。いきなり手に入れたスキルを使いこなせるはずもない。スキルコントロールの面では遥かにチェインに及ばない。


 赤谷にできるのはせいぜい、自分に当たりそうな鎖の軌道をちょっとずらすことだけだ。そこに焦点を絞ってもすべての鎖の攻撃をずらすことはできない。


 赤谷は『貫通異常鋼杭ペネトレイトパイル』を逆手持ちのナイフのように振るい、鎖を弾き、多くの被弾を許容しながら、危ないものだけ軌道をずらし、そうしてついにとどめの拳をチェインの顔面に打ちこんだ。──そのはずだった。


 赤谷の拳は扉を殴っていた。木製の扉だ。

 赤谷の拳とチェインの間に挟みこむように、いきなり出現した扉だ。


 扉はべきべきと音を立てて砕ける。

 中から白髪の男が飛びだしてきた。


(テレポート男!)


「あまり調子に乗るなよ、赤谷誠」


 砕けた扉の破片とともに男はタックルするように赤谷にぶつかり、横蹴りで打ちこんでくる。

 赤谷は一瞬ひるむが、蹴りを受けとめ、『怪腕の術タイタン』片手でふりまわして地面に無造作に叩きつけた。


「うるっせえ、てめえは寝てろッ!」

「ぐほぅ、うッ!」


 出てきて2秒でリーサルを叩きこむ。


(あり、えない、これが、1年生のパワー……なわけが……!)


 白髪の男は背中を強く打ちつけ、血を吐き、全身を軋ませる圧倒的なチカラに震撼した。


「矢原岸、おい……!」


 チェインは呼びかけに応じず、ぐったりとしている。

 すでに許容を越えるダメージが蓄積していたのだ。


 唯一の頼みが無力化されてしまった。

 白髪の男は絶望に沈んだ。

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