学習能力◎

 エイプリルが倒れた直後、ジャララっと音がした。

 鎖がアスファルトを擦る音だ。


 杭が赤谷を捕捉し、素早く放たれる。

 回避し、剣で叩き、手で払ってしのぐ。


 杭たちのなかに素早いものがある。

 赤谷はそれを手で払おうとした瞬間、違和感を覚えた。


 素手で払ってしまった時、突き抜ける悪寒が彼を襲った。


(やっぱりだ。鎖たちのなかに、高い性能をもっているやつがある。そしてその鎖の攻撃だけ、触れただけで精神系のダメージをもってるんだ)


 アスファルトのうえ、転がっていたエイプリルがむくりと起きあがる。

 袈裟懸けに斬られた傷は塞がり、切断された腕先は自ら本体にもとまで跳ねて戻っていき、胴体にくっついた。


(超再生能力……か。覚悟するしかないか)

 

 回復するなり、エイプリルはアスファルトを凹ませながら駆けだし、一気に赤谷のもとへ辿り着き、拳を叩きつけた。

 精神へのダメージで、正常な反応ができず、赤谷は腹部へのクリンヒットを許してしまう。


 踏ん張りがきかず、すぐそばの廃車トラックに背中からぶつかって、本日N回目の体が砕けそうな痛みを味わった。


 ステータスを横目にし、これ以上のダメージは受けられないと判断する。


(人造人間には超再生能力がある。倒しても、復活する。より強力なダメージなら、復活に時間はかかるだろうが、黒い鎖の射程内にいる以上、それを狙うことはできない。これ以上、一手ずつ戦いを進めてるリソースもない。HPもMPも残り少ない。俺が狙わなきゃいけないのは、やはりチェインだ。あいつだけでも━━━━)


 エイプリルの甘えを許さない追撃。

 トラックの荷台に背中を預ける赤谷へ、暴力的な剛拳が突き刺さる。


 赤谷は拳を回避し、パンチを打って伸び切ったエイプリルの太い腕を叩き斬る。

 さらに蹴りを加えて、向こうのほうに吹っ飛ばしておく。


 黒い鎖を踊るように回避し、剣で払い、危険な杭の攻撃は絶対に受けないようにチェインに接近した。


 物陰に逃げ込むチェインの姿をとらえた。

 赤谷は『斬撃異常長剣ブレードソード』を変化させ、投擲モードへ。


 その距離15mを切る。

 『鉄の残響ジ・エコー・オブ・アイアン』の精度は十分。

 同時にチェインの黒い鎖たちの獰猛さも増すだろう。


(エイプリルを遠ざけて、俺様をダイレクトに狙いにきたか。だが、射線は通ってない。このでかい駐車場には工場が閉鎖された時に取り残された大型トラックがずらっと無秩序に捨てられている。障害物がたくさんあってやりずらいだろう、赤谷誠)

(射線は通らない。だが、それは向こうも同じだ。チェインは俺に攻撃をしかける時、必ずこちらを視界でとらえてる。遠隔で鎖を操れるにしても、俺のことが見えないようじゃ、攻撃をあてようがないってことだ)

(互いに視界にとらえられなきゃ、拮抗状態だとでも? 悪いが、一方的に攻撃もさせてもらうぞ)


 チェインはパチンと指を鳴らした。

 赤谷の周囲の物陰から鎖たちが飛びだした。


(向こうから俺は見えてないのに)


 赤谷はとっさに回避するが、鞭打ちに当てられ、頬を大きく切ってしまう。鮮血が飛び散る。


(俺様の鎖は最強の単一スキル。運用方法は2種類ある。1つは遠隔操作。もう1つは自動操作。自動は性能が落ちるが、俺様の意思を反映して、設定した挙動をみせる。本当は英雄高校へのプレゼントをもっと華やかにするために、劇的な演出で殺してやるつもりだったが、仕方がない。自動操作で削って、消耗で殺してやるぞ、赤谷誠)


 自動操作で操る鎖は、射程距離の制限がおおきく上昇する。

 最大射程は300m。実に10倍だ。


 チェインは赤谷の射程から逃れても、一方的に攻撃することができた。

 だから、心理的に離れようという気持ちになった。


 トラックの物陰から物陰へ。こそっと逃げていく。

 赤谷がトラックのうえを跳んで移動し、追いかけてくる音がした。


 自動操作の鎖では、赤谷に不意打ちを当てることができても、足止めすらできていなかった。


(こいつ思ったより、もう見切って━━━━)


 逃げるチェイン。尋常ならざるステップワークでまわりこむ赤谷。


 視線が交差する。距離は10m。

 すぐさまトラックの影に隠れるチェイン。


 ギィィィ! 金属の悲鳴がこだまする。

 強烈な痛みがチェインを襲った。


 チェインは地面に転がる。何が起こったのは理解できていなかった。


 視界に映るのは、大量の血。

 それと鋼杭が地面に深く突き刺さってること。


(なんだこの杭は? 俺様のじゃない)


 その直後、チェインは気が付く。自分の太ももに風穴が空いてることに。

 チェインは穿たれていたのだ。すでに。その衝撃でアスファルトのうえに転がることになったのだ。


「う、おぉおおお! うあぁあ、ンフフ、うあうう!」


 ドクドクと流れでる血。

 必死に足を風穴をおさえる。

 それでも血は止まらない。

 

(バカな、射線は遮ってたはずなのに!)


 地面に深々と突き刺さっているのは金属の尖った杭であった。

 それは『貫通異常鋼杭ペネトレイトパイル』と呼ばれる武器だ。


 物陰に隠れたチェインへ「当たればいいな」くらいの温度感で壁越しに2発放ったのだ。

 赤谷のもくろみはうまくいった。


 赤谷は手をかざす。


(赤谷誠め、この杭を手元に戻して、もう一回放つつもりか! ふざけやがって!)


 チェインは地面に深々と刺さった2本の『貫通異常鋼杭ペネトレイトパイル』を握りしめ、決して赤谷のもとにかえさないようにする。


(俺はもう逃げられない。エイプリルがいつ戻ってくるかわからない。ここで赤谷誠を殺さないと、俺が殺される!? なんでだよ、どうして俺様が死ななくちゃいけねえ!)


 赤谷の『筋力で引きよせる』が発動する。

 『貫通異常鋼杭ペネトレイトパイル』は引きよせられ、チェインの身体ごと、赤谷のほうへ持っていかれそうになる。


「クソガキがぁああ! 俺様を舐めてくれやがって!」


 チェインは自分の身体を黒い鎖で固定し、一瞬だけ耐えた。

 その隙に赤谷へ遠隔操作の鎖をぶつける。


 赤谷は鎖の挙動がわかっているかのように、少ない動きで、攻撃をかいくぐり、なお『筋力で引きよせる』を続ける。

 赤谷はもう学習してしまっていた。度重なる鎖の攻撃を。無限の軌道を持ちながらも、人間が操作する以上、そこに現れる癖と傾向を。


 それは赤谷の生来の才能と、それを強力に上昇させる『学習能力アップ』の効果であった。


(もう見える。もう慣れた)


 チェインの鎖の攻撃はすでに学習が終わった。

 だから『ステップ』×2と自力の敏捷ステータスで捌くことができたのだ。

 

(完全に見切られてる……だと……)


 追い詰められた赤谷は成長してしまっていた。

 挑戦者を迎え撃つはずが、いつのまにか自分が挑戦者になっていた。

 恐怖を克服したそのまっすぐの瞳に、今度はチェインが畏れをいだいていた。

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