バージョンアップ

 チェインのハットが地面に落ちる。 

 赤谷は自身のまわりに6つの球体を浮遊させはじめた。

 工場の床材であるコンクリートを圧縮した球塊はほどよい質量をもち、ある程度の攻撃力を期待できる。


(ここには剛材がない……第二の試練に挑む時においてきちまった。でも、こういう状況は前々から想像してた。手元に鉄球や鋼材がない場合だ。『圧縮』によって近くにあるものを適当に固めて、弾を調達する。緊急時のマニュアルが役に立った)


 赤谷は続けて、第2、第3のコンクリート球塊を放った。

 まっすぐチェインのもとまで飛んでいく。


 上方から何かが降りてきた。

 高速で降下し、コンクリート球塊を叩き落とし、それはそのまままっすぐに赤谷のほうへ。


(人造人間! こいつ『浮遊』『かたくなる』をかけてるのにどうして!)


 速すぎる動きを目で追えず、赤谷は「おそらく前方から攻撃されるだろう」という推測のもと、コンクリート球塊を前方に配置し、後ろに飛び退きつつ、腕を十字に固めて胴体を守る。


 硬質な拳が十字に固めたガードをうえから叩く。

 べギッ! 嫌な音をたてながら、赤谷の身体はぶっ飛ばされ、工場の壁に叩きつけられた。


 血反吐をこぼし、全身を貫く激痛をあじわう。

 工場の床に転がり、カッと前を向く。そしてスキル『浮遊』を解除した。


 高速で移動し、痛烈な拳を放った人造人間、その背中に4枚の翼のような構造があったからだ。

 赤谷は経験から翼をもつ相手には、スキル『浮遊』が逆効果に働くことを知っていた。


(だが、どうしてだ、さっきまであんなのなかったのに……)


「痛ぇえな、本当によ、ンフフッ」


 チェインは血まみれの顔を押さえ、鎖を手のように器用につかい足元のハットを拾いあげ、パンパンっと土埃を払って、頭にかぶる。

 

「せっかちなやつだな、赤谷誠、いきなりおっぱじめるなんて、いってえ、まじで、ンフっ、ンフフ」

「そっちが始めたんだろうが」

「エイプリルは挨拶をしただけじゃあないか、ンフ。バージョンアップだ。びっくりしたか? かっこいいだろう、翼が生えるんだぜ」


 人造人間エイプリルは前屈みになり、相撲取りのように構えると、その分厚い背中の翼を体内に収納してみせた。そのさまは赤谷が普段スキルツリーを出し入れするさまに似ていて、目の前の怪物は自由に飛行能力を行使することができることを示していた。


「フェブラリーはかわいそうだった。お前のせいで役目を果たせなかった。ンフフ、ンン。だからこそ、今度は確実にいくことにした。お前ひとりを殺すだけなら、難易度はずっとさがるからな、ンフ、フフ」


(舐められてるが、間違えてはない)


「お前を倒すには、やはり俺様じゃないといけないとわかった、だからわざわざ舞台を整えてやったんだ、ンフフ」

「わざわざ、代表者競技でこんな細工をしたのは、どうしてだ」

「ふさわしい舞台だからさ、ンフフ、体育祭代表者競技。選ばれし者を決める祭典、血の樹が、それを選ぶ……英雄にふさわしい若い才能を、俺様が摘み取って、学校が間違っていたと証明する、ンフフ、代表者競技をめちゃくちゃにしてやって、英雄高校に俺様をもう無視できないようにしてやる、ンフっ、やつらは俺様に怯えることになる」

「怯えているのはお前だろう、こそこそと刺客を送りこんで、迷惑なことしやがって」

「はは、計画的といってほしいなぁ、ンフフ、あぁそうだ、そのことでお前に確かめたいことがあったんだ……赤谷誠、『血に枯れた種子アダムズシード』をどこにやった?」

「あれなら俺が回収した」

「ンフフ、なるほど、やっぱりそうか、そうだと思ってたんだ、俺様が『血に枯れた種子アダムズシード』をくれてやったやつらが、ダメになったあと、どういうわけか『血に枯れた種子アダムズシード』が消えていたからなぁ、大方あの黒猫が回収しているんだろうとは思っていたが……お前はいま自分で回収したといった。赤谷、お前、あの黒猫に取り入られているな?」


(黒猫……ツリーキャットのことだよな? どうしてチェインがツリーキャットのことを。そういえば、ツリーキャットはチェインに『血に枯れた種子アダムズシード』を奪われたとか言っていたっけ。だから俺にそれを集めるように伝えてきたんだったか。ということは、チェインとツリーキャットには以前に交流があった?)


「あの猫は相棒だ。取り入られてるとかじゃない」

「ははは、やっぱりそうか、俺と同じだ」

「俺と同じ……?」

「ンフフ、まあ、ここで死ぬんだ、お前には関係のない話だろうさ。ンフ、長話もしまいにしよう、尺が長くなると編集が大変だからな」


 チェインはパチンっと指を鳴らした。

 黒い鎖が飛びだし、赤谷を狙い撃つ。


 あらゆる物陰から飛んでくる包囲攻撃に慣れることはなく、回避は困難を極める。

 さらに恐ろしいのは夜の暗闇である。


 明かりもない暗闇のなかで、黒い鎖は視認性がすこぶる悪い。

 星々の明かりさえ届かない工場内は、さらに視界が利きずらい。


 環境はおおきくチェインの味方をしている。

 

 でも、赤谷はかつてよりも進化している。

 鎖杭のクリンヒットを避け、切り傷を増やしながらも、危ないものは手ではらいのけしのぐ。


(ぐッ、まただ、黒い鎖のなかに、やばいのがある。触っただけで、精神が削られるような……精神への攻撃力をもつ鎖だ。擬似ダンジョン事件のとき、『第六感』で取得した情報で判明したやつだ。あの時は喰らえば廃人と勘に警告されたが、ギリ耐えられてるのな)


 赤谷は心の底から精神ステータスをあげておいてよかったと、かつての自分に感謝した。


「うーん? リーサルがあたってるのに、動けるのかぁ……」


 チェインは不満そうな声をだしつつ、再び指を鳴らした。

 人造人間エイプリルが動きだした。目にも止まらぬ速さで赤谷に接近。


 ストレートパンチで赤谷を完全に破壊しようとする。

 赤谷は鎖たちを処理しつつも、エイプリルに対応し、拳を打ちだした。


 『怪腕の術タイタン』で肥大化し、血管の浮きあがった腕が放つ拳と、人造人間の巨槌のごとき拳が正面からぶつかりあう。



 チェインはニヤリと笑みを深める。

 人造人間の無類のフィジカルに正面から勝負を挑むのは自殺行為だ。


 だから、チェインには赤谷がミンチになる姿が予測できたいた。

 その予測はまるで違った結末によって裏切られる。


 拳と拳がぶつかった瞬間、エイプリルは壁にバウンドしたテニスボールのように跳ねかえされた。

 赤谷はストレートパンチを打ち終わった綺麗な姿勢を、ゆっくりと弛緩させる。


 チェインは理解させられた。

 英雄高校の才能・赤谷誠もまたバージョンアップしていることを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る