想定外の試験官

 石板に触れた瞬間、景色が変わった。

 ここは工場だろうか。茶色に錆びた工業用ラインを見るに、捨てられてから久しいように見える。


 空気が埃っぽい。まるで人の気配がない。

 そしてなによりも静かだ。遠くで鳥の鳴き声がしている気がするくらい。


 思い出せ、長谷川学長の言っていた言葉を。

 

『石板を獲得したら、そのまま君たちの第三の試練がはじまる! 第三の試練に挑めるものは、石板を手に入れたものだけだ! 最初に石板に触れたものが第三の試練を突破した時、そこで探索者物語は終わりとなる!』


 自然に考えればこれは第三の試練がはじまったということだろう。

 たしか試練をとりおこなう獣なる者から説明があると言っていたような気がする。

 

「試練をとりおこなう獣ってなんだよ」


 獣の時点で人間ではなさそうだな。

 

 プルルルル


「ん?」


 奇妙な駆動音のほうを見やる。

 天井付近をドローンが飛んでいるのが見えた。

 カメラのようなものがついており、レンズはこちらをむいている。


 俺の勇姿を撮ってくれているのかな。

 ちょっとカメラを意識する。こういうのはちらちら気にしすぎるとダサいんだ。澄まして横顔を取ってもらうくらいが一番かっこいい。知らんけど。


 パチパチパチ


 奥から拍手が聞こえてくる。

 物陰から人影が現れた。


 俺は我が目を疑った。


 窪んだ目元に光のない濁った瞳。

 邪悪に歪んで三日月のように笑みを浮かべる口元。

 でっぷり太った体を紳士服におさめ、黒いハットに、ステッキを片手に握る、時代錯誤なファッションセンス。


「ンフフ、よくきたな、赤谷誠、ンフフ」

「お前は……チェイン……」


 鳥肌がぶわーっと足先から駆け全身を撫でてきた。

 想像してない出来事をまえに、俺の頭は一瞬フリーズした。

 

 どうしてやつがここに?

 やつがいるってことはどういうことだ?

 第三の試練? え? これは……予定通りなわけがないよな?


「わからないか。ンフフ、ンフフフ」

「なんでお前がここにいるんだ」

「お前に会えるのを楽しみにしてたぞ、赤谷誠、ンフフ!」


 チェインはステッキを優雅に軽くふった。


 俺はやつの能力を思いだし、迫る気配に反応した。

 黒い鎖が物陰からいっせいに飛び出してくる。


 先端には鋭利な杭がついていて、喰らえば体に穴を穿つだろう。

 『ステップ』+『ステップ』で攻撃を回避しながら、全方位を囲まれないように、注意して逃げ、避けきれない鎖は拳ではじいた。


 鎖を2発、3発と弾いた。

 その時、ひと際速い鎖がギュンっと迫ってきた。

 これも回避は難しい。俺は拳で叩き落とす。


「うぐッ!?」

 

 破壊的な頭痛が襲ってきた。

 視界内が白黒に点滅し、抗いがたい恐怖が押し寄せてくる。

 不安で不安で仕方がない。呼吸が正常にできない。


 鎖杭が飛んできて、肩に突き刺さった。

 鋭い痛みが走った。


 鎖杭のパワーは相当に強く、ただの一本の出力なのに、俺の身体は吹き飛ばされてしまう。

 ふわっとした浮遊感。ゴンッ! 工場用の機械に背中からぶつかった。くそ痛い。


「う、ぅぅ……!」


 どくどくと温かい血が流れでる。

 手で押さえて『かたくなる』を付与し止血する。


 汗がふきでる。身体が熱い。

 風邪を引いた時みたいだ。もう何年も体験してないが、たしかこんな感じだった久しぶりに思いだした。


 チェインは距離を遠く維持しながら、埃被った工業ラインのうえを、片手を腰裏にまわして、余裕を感じさせる足取りで歩く。気取りやがって。

 

「ンフフ、怖いか、赤谷誠。恐ろしいか、俺様が? ンフフ、強いだろう? 俺様は」

「はぁ、はぁ」

「久しぶりだな、擬似ダンジョン以来だ。ンフフ、またしても英雄高校は俺様をとめられなかったな、ンフフ。━━━━英雄高校の先生方、お久しぶりですね! 私を覚えていますか? ン、フフ、これから、英雄高校の大事な才能を処刑します。ぜひご覧ください、ンフフ」


 やつは途中からドローンのカメラに向かって喋りかけていた。

 俺の視線が疑問に思えたのか、チェインはドローンを指差しながら「動画をまわしてる、高画質だぞ、ンフ!」と邪気たっぷりの笑みで嬉しそうに言う。


「ほら、ちゃんとドローンを見ろ、ンフフ、いまからお前の死にざまを撮って、英雄高校に送りつけるんだ、ン、フフッ」

「んで、お前がここに……」

「英雄高校は俺様を捨てたのさ。ンフフ、こんな素晴らしい才能なのに、あいつらは、俺様をコケにしやがった、ンフフ。これは制裁だ。俺様という天才を認めなかった、馬鹿な英雄高校に、その愚かさの代償を払わせる」

「……お前の学生時代の話か? 俺、関係ねえじゃねえか」

「いいや、関係はある。ンフフ、お前も俺様を馬鹿にしただろう? 擬似ダンジョンで、鉄球をお見舞いしてくれたよなぁ? 痛かったぞ、アレはぁ!!」


 チェインは口調を荒く、ステッキで地面を突いた。火花が散り、声が響きわたる。


「それにフェブラリーも、ブルースも。ンフフ、俺様の大事な仲間は、お前のせいでみんな財団に捕まった。ンフフ。だから決めた、英雄高校の最高の才能を摘むまえに、まずお前を血祭りにあげようってな、ンフフ!

「……気持ち悪ぃやろうだ……」

「威勢だけは立派だな、ンフフ、これを見てもまだ元気でいられるかぁ?」


 工場の奥、なにかが高く飛びあがった。

 黒い影が天井近くまでのぼって、降りてきて、ドスンッと着地した。

 

 筋骨隆々の巨漢だった。

 全身をぴちぴちの黒いスーツに押しこめている。


 目元を汚れた布で覆われており、髪は豊かなドレッドヘアー。

 言葉にならない低いうなり声が、ひん剥かれ喰いしばれた歯の隙間から漏れている。


 頭部の特徴はやや異なるが、それがあの擬似ダンジョンで出会った鹿人間と同じ性質の存在━━━━人造人間であることは明白だった。


「紹介しよう、お前のためだけに連れてきた、友達だ。ンフフ、エイプリル、挨拶を」


 人造人間は足元に亀裂をつくり、一足飛びに迫ってきた。

 振りおろされるハンマーみたいな拳。


 ギリギリで回避し、ショートアッパーを腹筋に打ちこむ。

 エイプリルの身体がふわっと浮きあがる。浮いたまま落ちてこない。


「あ?」


 チェインは見るからに一瞬動揺し、隙を見せた。

 『重たい球』は『打撃異常手甲ストライクフィスト』で両拳に装備してる。

 いまから『筋力で金属加工』をして成形しなおす時間はない。


 でも、弾は用意してある。

 俺はこっそりと地面に『圧縮』をかけてつくっておいたのだ。

 工場の床材を高密度で圧縮した、綺麗なコンクリートの球体を。


 『筋力増強』×3+『筋力で飛ばす』


 コンクリートの球塊は高速で飛んでいき、チェインの頭をぱこーんっと弾いた。

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