ゴール到着

 赤谷は薬膳にあたった拳の感触に違和感を覚えた。

 それは推測していた違和感だったため、ある意味では疑いが確信に変わったとも言えた。


(薬膳先輩、やっぱりそうだ。”硬い”。まるで金属の塊でも殴っているみたいな感触だ)


 驚いた様子の赤谷に薬膳は乾いた笑みを浮かべる。


「びっくりしたか? これがお前の鉄球に微妙に耐えた秘密さ……お前のソレは威力が高すぎる……生身で受ければひとたまりもないからな、新技を披露させてもらった……」

「技名言いたそうな顔してますね」

「『窒素創作ニトロアーティスト堅牢ロバスト』……大気中にもっと豊富な気体リソースを固めて防御と攻撃に転用するインテリジェンスな技だ」

「あれ……どっかで聞いたことあるような……」

「細かいことは気にするな」


 赤谷は内心で感銘を受けながらも、澄ました顔で「なるほど」とつぶやく。


「じゃあもう1発殴ったら気絶しますか」

「その必要はない……」


 薬膳は壁に顔半分めりこませながら、こめかみをちょんちょんっと叩く。


「視界がぐにゃんぐにゃんしてる。脳震盪だな……窒素でも衝撃はつらい……」

「つまりここまでと」


 赤谷は考えたうえで「グウェンダル先輩、どうぞ、処刑を」とつぶやく。


「いいの?」

「もちろんですとも」

「実は私もちょっと薬膳くんの卑劣なやり方には熱くなっちゃってたんだ。1発殴らせてね。そしたら離脱者の指輪起動してあげるから」


 グウェンダルは薬膳の首根っこをつかみ、ちゃんと顔面に1発パンチを打ちこんだ。

 薬膳は顔を真っ赤に腫れさせ、鼻血をだしながら、光に包まれて姿を消した。

 ダンジョンに入る前、代表者全員に渡された離脱者の指輪が効果を発動したのだ。


「さてと、それじゃあアイアンボールくん、今度は私たちの決着をつけよっか!」

「ういっす」


 グウェンダルは意気揚々とふりかえる。

 銃口が目の前にあった。

 バァン! 発砲と同時に、グウェンダルの身体が光に包まれて消えてしまった。


 赤谷が撃ったのは、特別な弾だった。


(『離脱者の弾丸』。あるなら使わないともったいないもんね)


「対戦ありがとうございました」


 赤谷は中継されていると信じて、虚空に向かって頭をぺこっとさげるのだった。

 

 ━━赤谷誠の視点


 これ絶対あとで怒られるよなと思いつつ、でも、手を抜くのはよくないと思いつつ、現実的にグウェンダル先輩に勝つ手段って不意打ちしかないと思いつつ、まあ、いろいろ葛藤しながら背後からしばきました。はい。


「いろいろ落としていったな」


 俺は廊下に散らかったアイテムの数々を拾って集めた。

 黒いナメクジの石像が3つ。俺とグウェンダル先輩が集めたのが2つだから、あとのひとつは薬膳先輩のものだろう。

 ランタンも転がってる。1つはグウェンダル先輩の、もう1つは薬膳先輩のものだ。

 あとは地図と、黒いプレート。


 地図を見やると、円が背後まで迫ってきているようだった。

 俺は後ろをふりかえり、ランタンで照らす。


 暗黒がそこにあった。暗黒の霧だ。ランタンの光を絞って照らしてもまるでその向こうを伺うことができない。

 ただでさえ暗いダンジョンのなか、あの真っ黒の霧のなかに足を踏み入れたらどうなってしまうのか。

 想像するだけで恐怖が掻き立てられた。

 

 黒いプレートのほうを見やる。

 これは薬膳先輩がもっていたアイテムだ。

 彼が黒いナメクジの石像を持っていたことを考えると、おそらくはこの便利な地図や、離脱者の弾丸とおなじ宝箱から手にいれたアイテムだと思われた。


 プレートをタッチすると『イ・ソンウ50m」と表示された。

 数字は動かない。試しに歩いてみると、数字は減ったり増えたりした。

 一定の方向へ進むと数字は減り、反対側へ移動すると数字は増える。


 推測するにこれはソンウ先輩との距離のように思えた。

 薬膳先輩はこれを使って俺とグウェンダル先輩の位置を推測して、あの毒ガス罠を設置したのだろう。

 

 ポーションを使ってステータスを回復させ、『浮遊』で黒いプレートを浮かし、地図も浮かして、黒いナメクジの絵が描かれた奥の扉のほうへと歩みを進めた。


 黒いプレートが示すソンウ先輩との距離はどんどん小さくなっていき、やがて10mと表示されたところで俺は足を止め、ランタンの光を絞って前方の暗闇を照らした。


 巨大な門のまえに、台座のようなものに座る人影があった。

 体操着ジャージの下にパーカーを着込む姿には見覚えがあった。季節外れのちょっと暑そうな格好。


「こんな暗闇のなかでなにしてるんですか、ソンウ先輩」

「どこでも暗いだろう、このダンジョンは」


 ソンウ先輩は顔をあげ、眩しそうに目を細め、顔前に手をかざす。


「1年生か」

「はい……えーっと、どこら辺までわかってますか?」

「思うに、このでかい扉の先に石板がある。扉を開けるための鍵が必要で、俺はそれを持っていない」

「俺も持ってないです。どこにあるんですかねえ」

「さあな」


 ソンウ先輩はじーっと俺を見てくる。

 

「鍵がないなら探しにいったらどうですか? 開けるためには必要なんですよね?」


 なんとかして門前からどいてほしいと思いながら、しれっと提案してみた。

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