騎士と科学者とアイアンボール 前編
爆炎が暗黒のダンジョンを照らしだした。
薬膳卓は白衣をなびかせ、爆風になびく黒髪を手で押さえる。
彼が赤谷誠を攻撃したのは純粋な理由からだった。勝ちたかったのだ。
(赤谷、お前は才能の塊だ。擬似ダンジョン事件でその凄まじい才能を見せられた、俺は……なにもすることができなかった。あの恐ろしい鹿人間を相手に、片手を失ってなお、追い縋ることができなかった。だが、お前はアレを倒した。崩壊論者たちにも立ち向かった。みんなを救った。まさしく英雄だ)
暗黒が戻ってくる。一瞬の輝きは最大を過ぎて、急速に弱まり、周囲に燃え残りを散らして、星々のようにか細く灯っている。
巻き起こった塵埃から2つの影が飛びだしてきた。
1つはルフナ・グウェンダル。1つは赤谷誠だ。
「容赦しませんよ、薬膳先輩」
「もう怒ったよ! 薬膳くんも後輩だけど遠慮なく斬らせてもらうよ!」
あえて赤谷とグウェンダルの2名からヘイトを買うようなことをしたのは、彼なりの負い目だった。
本当は不意打ちで罠を仕掛けて、楽に倒して、ナメクジの石像を奪い、石板に辿り着こうと思っていた。
(だが、赤谷、お前は俺が設置しなおした毒ガストラップを克服した)
やろうと思えばいくらでも勝ち筋はあった。
例えばシマエナガギルドとして同盟を組んで、グウェンダルをふたりで倒して、そのあと不意打ちで赤谷を攻撃するとか。
でも、それをしないのはやはり負い目からだった。スポーツマンシップなど無視してシビアに徹すれば薬膳の能力ほど危険なものはない。
薬膳はスキルを組み合わせ、気体を操る術を身につけている。
射程も長い。効果も強力だ。対モンスターより、対人のほうがずっと得意なくらいだ。
でも、やはり彼はそれを選ばない。
赤谷を尊敬しているからだ。
「詠唱破棄・三式」
赤谷の鉄球が放たれる。殺意高めの攻撃。
薬膳は鉄球攻撃を知っているため、身の捻って回避を試みる。しかし避けきれない。
鉄球は薬膳の額をかすめ、火花を散らして、ダンジョンの天井に着弾し、黒煉瓦をガリガリと削った。
(さすがに速いな、避けきれない。『
薬膳は地面に転がる。
その時点で、赤谷にとって薬膳の脅威度はぐっとさがった。
(薬膳先輩は俺の鉄球を回避しきれない。よし、あっちは処理できる。となると問題は━━━━)
赤谷は二発目の鉄球をグウェンダルの背中へ向けて放った。
これは薬膳 VS 赤谷 & グウェンダルではない。薬膳 VS 赤谷 VS グウェンダルというバトルロワイヤルなのだ。
「裏切りものぉ━━!」
グウェンダルは赤谷の裏切りを悟っていた。
背後から放たれた鉄球に機敏に反応を見せ、身をひねりながら斬りはらう。
鉄球は長剣に受け流され、綺麗に逸れていく。
「戻れ!」
撃ち漏らした2発の鉄球を引きよせる赤谷。
「エクスカリバー」
グウェンダルの長剣が黄金の輝きを放ちはじめる。
赤谷は「まず」とつぶやき、高速で戻ってくる鉄球よりも、あの黄金の剣が自身を斬るほうが速いと悟った。
ステップで剣の間合いから逃れつつ、近くを浮遊していたポーションを適当に『筋力で飛ばす』で撃ちだした。
もったいない。だが、牽制にはなった。
グウェンダルは剣でポーションを叩き落とす。
それで行動はわずかに遅れる。
だが、相手は3年生の代表者競技選抜者だ。
赤谷よりも格上の存在だ。
赤谷が1ターンに1アクションするなかで、2回行動するのだ。
全体攻撃とか確定で先制攻撃とかしてくるそういう敵なのだ。
赤谷が手元に鉄球を戻し、再び撃ち放つも、2発とも軽く弾いていなしてしまう。
弾が足りないので『
でも、存在を知られているかつ、警戒されているので、うまく当たってくれない。
(それ処理されちゃうと困るんだよな……ええい、仕方ない!)
赤谷は触手を使おうとする。誰にも見せていない十八番だ。
秘策だ。ただ使えば最後、キモキモ触手野郎として認知される。
あまりの代償のデカさに一瞬だけ触手の展開を躊躇する。
グウェンダルは「隙あり!」と踏みこんだ。
その時だった。グウェンダルは前屈みに倒れていた。
それを認知した直後、赤谷も崩れ落ちる。
ふたりは揉みくちゃになって地面に横になった。
なにが起こっているのか、どちらも理解していない。
ただ、赤谷のほうが柔らかい感触が形状を卑猥に歪めていることに全神経を集中させて感謝する。
(おお! す、すごい! 柔らかい! グウェンダル先輩ってこんな柔らかいのか! おお、ぉぉお!)
(体が急に言うことを利かなくなった? いや、違う、これは呼吸が━━━━)
二人は思考を働かせる。違いは煩悩に悩まされているかいないかだ。
赤谷もグウェンダルも意識ははっきりしていた。
「やれやれ、やはりこれを使うことになったか」
薬膳はつぶやきながら、澄まして黒髪をかきあげる。
「人間は呼吸することで血中に酸素を送りこむ。そして血中から古い酸素と二酸化炭素を放出する。この際、吸った気体の酸素濃度が著しく低い場合、血中から酸素だけが放出され、新しい酸素が取り込まれず、瞬間的に酸素欠乏に陥る」
気持ちよく語りながら、薬膳はトリックを明かしていく。
赤谷とグウェンダルは痙攣する手足を動かし、なんとか立ちあがる。
両者の眼差しは殺意に満ち満ちて、薬膳を睨みつけている。
(ルフナ・グウェンダルのほうがまあ当然として、やはりお前も立つか、赤谷。流石だ。常人なら酸素欠乏で意識が飛ぶが、それすら一定時間耐えると。いまは息を止め、血中に残された酸素で身体をなんとか動かしている感じか。これも人智を超えた祝福のおかげだな)
「こうして正面戦闘を選んだ理由は負い目があったからだけじゃない。俺はたしかに挑戦者の側だが、こうして戦うのはな━━━━勝てるからだ」
(薬膳くん、なんて強力な技をもってるの、2年生なのに代表者に選ばれるわけだね)
(薬膳先輩、なんて卑劣な技を! 俺もこういうのほしい……!)
「『
薬膳はそう言い、目を細め、涼しげに笑みを浮かべた。
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