ひとりの勝者を決める戦い

なんだこれは、いきなり眩暈が。

 俺だけじゃない。グウェンダル先輩も異常を感じてる。

 もしかして俺たちは攻撃されているのか。


「これ、まずいかも、アイアンボールくん」


 グウェンダル先輩が膝を崩した。


「ダンジョンの罠……か」


 そういえば長谷川学長が言っていたっけ。このダンジョンにはさまざまな困難が待ち受けていると。

 未知に挑み、それを克服するのが探索者だ。たとえ前の見えない暗闇だろうと、そこに一筋の光を見だし、踏み越える。あぁこれは『力とはパワーである』の一節だったか。


 俺は薄れいく意識のなか、まもなく自分が眠りに落ちることを予感しつつ、不可解な罠を突破する手段を考え、そしてひとつ思いついた。

 スキル『第六感』発動。現状打破の手段を勘という埒外のソリューションで導きだす!

 俺はヴィジョンの示した景色のままに、さらなるスキルを発動する。


 『筋力増強』+『筋力増強』+『筋力増強』


「『怪腕の術タイタン』」


 拳を固めて、思いきりダンジョンの床を叩いた。黒煉瓦がべきべきっと音を立てて破れ、亀裂が蜘蛛の巣のように駆けぬけた。衝撃波は揺れとともに、周囲の空気を押し出し、弾きとばした。瞬間、呼吸がわずかに楽になったのを感じた。


 そうか、これは、何らかの有毒なガスによる症状か。


「息が楽になった? どうやったの、アイアンボールくん?」

「これはガスです、ダンジョンの罠か、あるいは……」


 いや、そんなことないと信じたいが、そうとしか考えられない。これはやつの能力だ。


「そうなると、このガスは指向性……どこにいるんですか、薬膳先輩! 卑怯なことしてないで出てきてください!」


 そんなこと言って、あの崩壊論者予備軍が出てくるはずもない。

 次の一瞬には再びガスによる攻撃がくる。

 やられる前にやらないと。


 すぐさま最後の『第六感』を使った。

 今度は索敵だ。薬膳先輩がどこにいるのかを勘で当てる。

 

「ふたつ曲がった角の先……グウェンダル先輩、不埒なやからがそこにますよ」

「くっ、すっごい眠たいけど、ぶっとばしたい気持ちが勝つ!」


 俺たちは息をひとつ吸って、怠い体を動かして、喰らい迷宮を駆けた。

 曲がり角の先、薬膳先輩の姿をとらえた。暗闇のなかランタンを足元において、地面に座りこんで、手にした黒いプレートに視線を落としている。

 顔をあげた。こちらと目があう。


「くっくっく、さすがだ、赤谷誠、我が同志にして共犯者よ。足では逃げられないことはわかってる。降参だ」


 薬膳先輩は言って、手のひらをうえにあげる。


「そこは何のガスもない。安心して息をしていいぞ」

「ぷはあ! はぁはぁ、本当だ大丈夫そう!」

「やっぱり薬膳先輩だったんですね」

「さっき毒ガストラップに引っかかってな。ご存知の通り俺にはガスなんて効かない。難なくその通路はやり過ごしたんだが、催眠ガスに似たガスは回収しておいたんだ。トラップ通路からガスを移動させてお前たちの通りそうな通路に設置しておいた」

「なんて危ないことしてるんですか!?」

「薬膳くんはどうやら平和的にいくつもりはないみたいだね」


 グウェンダル先輩は長剣を抜き放つ。

 まじかよ、ここでやり合うのか。よりにもよって薬膳先輩と。


「薬膳先輩! 俺は味方です、シマエナガギルドの仲間です! やるなら一緒にグウェンダル先輩を倒しましょ!」

「ちょ、アイアンボールくん!?」


 だってそれが合理的な判断だろう?


「ひどいよ、ここまで仲間だったのに! うぅ! 後輩に裏切られた!」

「いやいや、グウェンダル先輩会った時からちょくちょくムーヴが怪しんですよ、さっきだって『離脱者の弾丸』をこっそりポケットにいれようとしてたじゃないですか。裏切るのも時間の問題なんで先に裏切ります」

「あー! もう代表者競技って人間の汚い本性でるなぁ! 競技だからね! 競技だから勝つために動くのは当然でしょう? 本当は私もっと性格いいことで知られてるんだからね!? そこだけ勘違いしてほしくないな!」

「性格いい人間は自分から言わないと思います」

「うるさーいっ! ここまでありがとう、さらばアイアンボールくん!」


 そんなこと言いながらグウェンダル先輩は刃を俺へ突きつける。はやっ。いま動きが見えなかった。

 まずったな。近い距離で裏切り宣言してしまった。もっと距離を空けてからにするんだった。おそらく近接戦闘じゃ分が悪い。

 

「いいや、まだ同盟を解消しなくてもいいぞ」

「「え?」」


 俺とグウェンダル先輩は、のっそりたちあがる薬膳先輩を見やる。

 薬膳先輩は黒いプレートを片手に不適な笑みを浮かべる。足元のランタンから不気味にライトアップされる無駄にツラの良い顔がけっこう怖い。


「俺は、ただひとりの勝者になる」

「それって……もしかして俺と手を組まないって意味ですか?」

「赤谷よ、俺たちはたしかに同じシマエナガギルドの仲間だが、どうせ第三の試練に挑めるのはひとりだけだ。最後にはどちらか片方は諦めなければならない。俺だって辛いのさ。でも、これは競技だ。真面目な競技だ。お前のことは親友だと思ってるが、だからと言って譲歩することは━━━━」

「あっ、俺は親友と思ってないですよ、薬膳先輩」


 ダンジョン内のやりとりが競技場で流れてる可能性あるんだ。この変な人とあんまり仲良いとか思われるたくない。


「ふっ、そうか━━━━この野郎ッならば死ねえいッ!」


 薬膳先輩はブチギレながらパッと手をかざした。

 俺が手にする松明がまるで夜空の一等星のごとく眩く輝きだした。


「酸素と水素の濃度を調整した気体を用意しておいた。アディオス、我が友よ」


 水素爆発。松明により発火し、炸裂し、俺とグウェンダル先輩は全身を強烈な衝撃波でぶったたかれた。

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