赤谷ーグウェンダル同盟

 くくくっと先輩は怪しげな表情を浮かべて、一歩近づいてくる。

 俺は一歩さがる。また一歩近づかれ、一歩さがる。

 ついにはボス部屋の扉に背をぶつけた。追い詰められた。


「どうして逃げるのかな、アイアンボールくん!」

「身の危険を感じたからですよ、グウェンダル先輩」

「その鍵、渡して欲しいなぁ」

「どうしてですが。鍵なんてあっても仕方ないでしょう」

「仕方なくないから欲してるんだよ、アイアンボールくん」


 いや、そうだろうけどさ。悪い顔してるんだよ。

 全容が見えないが、この鍵は価値あるもののようだ。


「鍵の使い道を教えてくださいよ。そうしたら考えます」

「そう言って、どうせ渡してくれないんでしょう? ひどいよ、アイアンボールくん」


 ジトっと不機嫌そうな眼差しを送ってくる。

 そんな目されても渡すわけにはいかない。


「はぁ……1年生相手に力づくというのも気が引けるな。わかった。一緒にいこう」

「え? どこにですか?」

「鍵を使う場所だよ。その鍵はたぶん石板へ至るために必要な文字通りのキーアイテムなんだ。ダンジョンギミックを解くためのね」

「ダンジョンの、ギミック」


 グウェンダル先輩はランタンの光を強め、道先を照らし、歩きだす。


「なにしてるの? 置いて行っちゃうよ」


 振りかえりキョトンっとした顔をされる。

 たぶん、というか、確実に俺を襲ってやろうとしていたと思うけど、思い直したって感じだ。

 未遂には終わったけど、やる気が一度でも発生した時点で、いっしょにいるのは怖いのだが……だって相手は3年生のなかでも屈指の実力者、つまり志波姫みたいな存在なんだろう。そうなると組み伏せられたらとても抵抗できるとは思えない。順当に言ってしばかれて鍵を奪われてしまう。


「不安なの? 大丈夫だって! あんまり怖いことしないよ! だって試練は常に競技場のモニターに中継されてるもん。裏切りとかしたら試練終わったあとが怖いって」

「それもそうですけど、俺のことやるつもりだったじゃないですか。俺って別に鈍感キャラとかじゃないんで、そういうのわかっちゃうんですよね」

「ちっ、めざとい1年生だぜ」


 グウェンダル先輩はひょんきんにそんなことを言いながら腰の剣をベルトから外し、鞘ごと渡してくる。


「はい。これ預かってていいよ」

「剣を使わずとも1年生なんてぶっ飛ばせるっていう意思表示ですか?」

「こじれた受け取り方しすぎ! そんなことしないって。私はただアイアンボールくんと協力したいんだ。このダンジョンってそもそもそういう風に設計されてると思うし、どのみち協力したほうが絶対いいよ」


 悩みはしたが、俺はグウェンダル先輩の剣を受け取ることにした。

 スキル『浮遊』で彼女がすぐに手を伸ばせない位置に浮かせておく。

 

「それそれ、その能力すごく便利だし、かっこいいよね」

「え? あ、そうですか? へへ、実はこの技は『防衛系統・衛星立方体ガーディアンシステム・サテライトキューブ』という画期的な構想を実現させるために、スキルコントロールの難しい『浮遊』を練習することで実現したんです。ファンネル的な使い方したいなって前から思ってたんですけどどうにも難しいしシナジーのないものを浮かせても消費MPは大きくなるばかりだから仕方ないよなって諦めてたんですけどそこに現れたのが鉄球を漂わせるアイディアでして変幻自在に形を変えられる剛材を浮かせることで合理的な理由を得たといいますかかっこよさと戦術的価値を同居させることができたといいますか……」


 そこまで言って、俺はハッとして気づき、グウェンダル先輩から一歩距離をとり身構えた。


「巧みな話術で俺に自己語りをさせ、心を開かせる作戦ですか? メンタリズム上手いですね」

「いや、全然メンタリズム使ってないけど……あはは、アイアンボールくんって面白いや」


 ハメられた。お姉さん属性にちょっと関心を寄せられたせいで、つい語りすぎた。俺の脆弱性を的確についてくる。恐ろしい。

 

 俺はグウェンダル先輩への警戒感を高めつつ、ともに暗い迷宮を照らし、移動を開始する。


「ここだよ」


 グウェンダル先輩がランタンで照らしだしたのは黒い鉄扉だ。

 ボコボコに凹んでいて、周囲の壁もろともに斬痕が無数についている。


「まるで誰かが無理やりに扉を開けようとしたみたいですね。きっと暴力的な、力とかパワーでなんでも解決しようとする野蛮人なんでしょうね」

「え? あー、うん、た、たしかに! 鍵がないと開かないって言ってるようなものなのに、物理的に解決しようとするなって、ほんっとけしからんね! うんうん!」


 キリッとした表情でグウェンダル先輩は目を逸らしながら話した。

 一体どこの何ウェンダル先輩の仕業なのかはわからないが、まあ、鍵があれば開くことは確実だ。


 鍵穴に俺がボス部屋で手に入れた鍵を差しこむ。

 差しこみ口に3つの頭をもつポメラニアンの絵が描かれている。

 ポメラニアンケルベロスの鍵が対応しているという意味だろうか。


 鉄扉を開くと体育倉庫くらいのちいさな部屋になっていて、奥にはライトアップされた宝箱が鎮座していた。


 グウェンダル先輩は両手で四角形をつくり、カメラの画角を決めるキザな写真部みたいなモーションで、宝箱の部屋を見つめる。


「トラップなし」


 そうつぶやいて部屋にはいり、宝箱を足で蹴って開いた。

 宝箱のなかには古びた巻紙が入っており、広げるとそれが地図だとわかる。

 地図上には広大な迷路図が描かれており、よく見るとそれらは耐えず道順を切り替えていることがわかる。

 さらにいくつか気になるマークも刻まれている。特筆するべきは地図の外側からなにやら円のようなものがゆっくりと狭まるように動いていることだ。

 

「ふむふむ。これはバトロワの円だね……アイアンボールくん、我々はすごいお宝を手に入れたのかもしれないよ」

 

 グウェンダル先輩はそういってニコリと笑み、宝箱の底にあった黒いナメクジの石像を拾いあげた。

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