ドロップアイテム
俺は敵に対しては、慎重にひとつひとつ確かめるように立ち回る。意図しているわけじゃない。たぶんわからないことされるのが嫌なんだ。未知を恐れているからだ。ビビりとも取れるが、でも、慎重に動いてきたおかげで━━時に大胆に━━たびたび訪れる困難を乗り越えてきた。
「ぽめえ!」
でも、ポメラニアンは慣れすぎて特に怖さとかは感じない。動きのスケールも知っているし、噛みつく攻撃で頸動脈を狙いがちなのも知っている。
剣を使わないのは、たぶん慣れてないからだ。これまで剣を使う習慣がなかったってのもあると思う。
「ぽ、ぽめえ!」
「ぽぽめええ……!」
だから、『浮遊』で剣を近くに浮かしたまま、右手で掲げる松明で暗いダンジョンを照らし、目のあったポメラニアンを手でひねり潰してしまったのだ。
『浮遊』は便利なスキルだ。毎日使って、練習して、スキルコントロールが上達したおかげで、いまでは浮遊を適用させた物体の位置を、俺の意思である程度操作することができるのだ。『
「これは……」
ポメラニアンが光の粒となって消えると、青い液体の入ったガラス瓶が出てきた。
「ポーションだと?」
ポーション。ダンジョンで手に入る回復薬で、服用することで外傷を治癒する。ただし成分的には回復させる作用はないらしい。ずっと昔に当時の科学者が調査し、現代でもなんでこれを飲んで傷が塞がるのかいまいちよくわかっていない完全な異常物質だ。
擬似ダンジョンのポメラニアンではアイテムドロップはしなかったから、たぶん学校側が今回の試練のためにわざわざポメラニアンたちにドロップするように仕込んだものだと思われる。ってことは使っていいってことだよな?
「消耗を回復しろってことかな」
ダンジョン産ポーションは、いわゆる天然回復薬だ。
ダンジョン財団が販売している人工回復薬に比べて異なる点がある。
良い点は、即効性があること。体に優しいこと。
悪い点は、時間が経つと効果が失われること。消費期限が早いこと。値段が高いこと。
ダンジョン財団の回復薬は、このダンジョン産ポーションを元につくられている。
偽物とも言えるし、改良版とも言える。ダンジョン財団の回復薬にもたくさんいいところはある。
良い点は、値段が安いこと。安定供給されてること。効果が確定していること。安心できること。
悪い点は、即効性がないこと。即効性がある回復薬は劇薬であること。総じてあんまり身体によくないこと。
一長一短というやつだ。
ステータスを開きながら、ポーションを飲み干す。
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【Status】
赤谷誠
レベル:0
体力 700 / 1,000
魔力 4,480 / 20,000
防御 1,000
筋力 30,000
技量 10,000
知力 0
抵抗 0
敏捷 4,000
神秘 0
精神 3,000
【Skill】
『スキルトーカー』
『応用体力』
『発展魔力』×2
『応用防御』
『発展筋力』×3
『発展技量』
『応用敏捷』×4
『応用精神』×3
『かたくなる』
『やわらかくなる』
『くっつく』
『筋力で飛ばす』
『筋力で引きよせる』
『とどめる』
『曲げる』
『第六感』×3
『瞬発力』×3
『筋力増強』×3
『圧縮』
『ペペロンチーノ』
『毒耐性』
『シェフ』
『ステップ』×2
『浮遊』
『触手』
『たくさんの触手』
『筋力で金属加工』
『手料理』
『放水』
『学習能力アップ』
『温める』×4
『転倒』
『足払い』
【Equipment】
『スキルツリー』
『重たい球』
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HPは100回復。MPは300回復。
飲み味は特にない。苦くもない。
身体の奥からじんわり優しい暖かさが広がる感じはする。
これが天然回復薬、ポーションか。いいな。
たぶんこれはあれだな、たくさん倒せばそれだけ準備を整えられるよっていう、運営側からのメッセージだ。
第二の試練は石板を手にいれて、第三の試練へ挑むための、いわば道のりにすぎない。
第三の試練に挑めるのは、最初に石板を手にいれた者だけだ。
俺たち代表者はこの暗いダンジョンを踏み越えることに集中してしまうが、その実、確実に第三の試練をクリアするためには、ステータスを充足させておく必要がある。どんな試練が待っているのかわからないのだし、対応力を確保しておかないといけない。
ここら辺はトレードオフの関係か。
ポメラニアン倒してポーションドロップを見るか、より速く石板にたどり着くか。
「でも、1着は大事だろうなぁ」
天秤にかけて考えたが、結局のところ、第三の試練に挑戦すらさせてもらえないんじゃ、チャンスもなにもあったものではない、と思い至る。
ポメラニアンのドロップでステータスを補うのは、おまけくらいで考えておこう。
「ん」
ポメラニアンをしばいて、スキルツリーに栄養をあげながら進んでると、扉を発見した。石造の両開き扉だ。
松明を掲げて、火で照らす。扉には薄い霧がかかっており、白い文字で『試練のボス:ポメラニアンケルベロス』と書かれていた。
これ……授業で習ったやつだ。ボス部屋。強力なモンスターがダンジョンの供物として待っている。
俺はそっと手で触れた。白い文字はミルクに墨汁を垂らしたみたいに、ゆっくりと染まり、そして白い霧が晴れた。これで両開き扉を開けられる。
試練のボスだ。ただのボスではない。目的をもって、あるいは倒したらなんらかの報酬がある。もしかしたら石板が手に入るかも。
「……ふぅ。よし」
ひとつ息を整えて、俺は扉を押し開いた。
扉の向こう側はうっすらと明るくなっていた。理由は広々とした空間の中心を射止めている光の柱だ。暗い劇場で、舞台上にスポットライトが当たっているかのように、周囲に明暗さを強烈につけて、そこだけ白く照らされている。
光を浴びているのは、一本の柱だ。中折れた黒い石柱。そこに鍵がかかっている。ちいさな古びた鍵だ。
うわぁ……これあれじゃん、あの鍵を取ろうとしたらボスが出てくるやつじゃん。
「ん? あ、そっか」
いいこと思いついた。
俺は鍵へ手を伸ばす。もちろん距離的にはまったく届かない。でも届くのだ、俺には。
鍵はふわっと浮いて、びゅんっとすごい速さで手元に飛んできた。しっかりキャッチする。
別にいいんですよね。だって『筋力で引きよせる』が使えそうなサイズだったんですもの。
「はい天才。お邪魔しました〜」
言って俺は部屋を出て行こうとする。
その瞬間、入り口はバタンっと閉まり、白い霧がかかって封印されてしまった。
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