灼熱ノ斬痕

 異常金属製の拳を黒いシマエナガのもちもちした強力に突き刺すと、拳は深くめりこんだ。手首まで沈み、肘まで呑まれて、肩までも……沈みすぎだろ。分厚いつき立て餅をぶん殴ったかのような感覚だ。どこまでも吸い込まれる。

 重たい手応えとともに、黒いシマエナガはバビューンっと吹っ飛び、柵を破壊して、砂のフィールドへ戻っていき、ザザザーっと滑っていく。


 ドワっと競技場がざわめいた。


「凄まじい一撃です! パワーに定評がある赤谷誠ですが、まさか何倍もの体躯を誇るシマエナガを殴り飛ばしてしまうなんて!!」


 実況は盛り上がり、応援席のほうから応援してくれている声が多くなった気がする。


 でも、状況は芳しくない。

 黒いシマエナガはすぐに起き上がり、こちらへ向き直る。復帰が早い。

 効いてないのか? 今のタイミングで? カウンター気味に突き刺さったと思ったが。


「ちー!」


 咆哮が飛んでくるのをステップで回避し、俺は走って近づく。それを潰さんと「ちーちーちー」とホーミング黒羽を放ってくるが、俺はことごとく回避し、接近戦を挑んだ。

 もちもちふっくらした身体をサンドバック代わりにボスボスぶん殴る。トレーニングルームでヴィルトがサンドバッグを殴っているのを思い出す。ついでにすごい揺れてる絶景を想起する。ばいんばいん……馬鹿野郎そんなこと考えてる場合じゃない、消え去れ消え去れ消え去れ。


「おらおら、おらおらおらっ!」

「ちーっちっちっち〜♪」


 笑ってやがる、腹たつな。

 でも、こいつ本当にダメージを負っている気配がない。


「ちーっ! ちーっ!」


 大きな翼を左右に振り回し、足で踏み潰さんとしてくるが、『ステップ』×2で強化されたフットワークと、常時『筋力増強』×3で強化された身体能力、『防衛系統・衛星立方体ガーディアンシステム・サテライトキューブ』を用いた緊急ガードを使えば、それらをいなすことは難しいことじゃなかった。

 俺はひたすらに全力の拳を、一発一発殺意を込めて打ち込んだが、しかし、それでも黒いシマエナガは余裕そうだった。脂肪が分厚すぎて衝撃が届いてる感じがない。


 どさくさにまぐれて足元の黄金の経験値を奪おうとしてみたが、シマエナガはちゃんと気にしているらしく、奪わせてはくれなかった。

 

 『やわらかくなる』+『かたくなる』


「『領域軟化術グラウンドソフトニング』」

「ちー!?」


 シマエナガは巨大な怪物だ。体重も見た目通り重たいはず。

 スキルを発動すると、案の定、デブ鳥の体は地面の下に簡単に沈みだした。

 いかんせんデカすぎて足元全てをやわらかくしきれず、ストンっと落ちてくれなかった。デブ鳥のお腹が引っかかるのだ。


 でも、隙は生まれた。

 

「いくぞ、ファイアエンチャント……『赫灼ノ打痕レッドヒット』」


 『温める』+『温める』+『温める』+『温める』


 俺の金属の拳が赤く熱を帯びる。高熱で強化され、次第に真っ赤に輝きはじめた。

 でも、最大まで熱くなるには時間がかかる。そこまで待っている余裕はない。

 俺は大きな鳥胸へ乱打を浴びせた。スキル『かたくなる』を付与して移動能力を低下させておくのも忘れない。

 殴ってる分には楽しい感触だ。


「あっちー! あちちー!!」

 

 一部燃え上がり、シマエナガは露骨に嫌そうにリアクションをする。というか熱ちーって言ってる気がする。言ってるよね。

 ダメージが入っていると確信し、拳を叩き込みまくる。

 

「ちー!」


 シマエナガは翼で周囲を掃除するように薙ぎ払い、俺に回避させてから、羽ばたいて地面から脱出する。空を飛べるというのは厄介だ。同じ技はもう通用しないだろう。


 こいつ火を嫌がってるだけだ。

 パンチが効いている感じがしない。この楽しい感触が原因なのか?


 ふと気づく。さてはこいつ鹿人間と同じなのでは? と。鹿人間は志波姫用にチューニングされた対斬撃装甲を持っていた。もしかしたらこのシマエナガとかいう怪物は打撃に対して高い耐性を持っているのかもしれない。


 だとしたら『打撃異常球体ストライクスフィア』や『打撃異常手甲ストライクフィスト』の攻撃でダメージを通そうとするのは無謀だったのかもしれない。

 

 まずったか?


「火は正しい。打撃が違う。ならば二つとも正しくすればいいんだな」

「あっちっちー!!」

 

 シマエナガは未だ燃える鳥胸をパンパン叩いて消化している。


 俺は拳を形成する『重たい球』の形状を変化させ、両拳の素材を一本に束ねた。

 作りだすのは錆びついた金属で作りだされた長剣だ。鈍い刃を手先で丁寧に加工し、鋭い刃と化していく。 

 同時に施すのは先ほどと同じ火属性の力。弱いスキルも束ねれば武器となる。

 金属の刃はゆっくりと赤熱する。エンチャントが遅い。今、シマエナガは燃える羽毛を消化しているが、この遅さでは隙を突くことができない。

 

 俺は足元に転がっているトランクに気付き、ハッとして蓋を蹴り開け『筋力で引きよせる』を使って、火炎の霊薬を取りだした。ジェモール先生にもらったやつだ。

 瓶を叩きつけるように刃にぶつけた。空気を焦がす匂いが鼻腔をかすめる。刃越しの景色が揺らめき、一瞬で温度があがったことを確認し、俺は一気にシマエナガへ接近した。


「燃える剣だ! 変幻自在のミスターアイアンボールは今度は焼け付くような赤剣を持ち出しました!?」

「あっちー、いやっちー! くるなちー!」


 黒いシマエナガは咆哮を飛ばし、巨大な翼で接近させまいとしてくる。だが、お前の動きはだいたい学習できてる。もう慣れてきた。

 リスクを多少取りながら、筋力増強ステップでニアミスでの回避をし、ついに最接近。逃げようとするシマエナガ。浮遊する剛材へアクセスし、6つを束ねて巨大なワイヤーを作りだし、その先端を『筋力で飛ばす』で鳥足へ向かわせ『曲がる』で軌道を変えてからめとる。そして、思い切りこちら側へ引っ張った。


「ちー!?」


 『筋力増強』×3+『足払い』+『瞬発力』


 シマエナガが背後へ飛び退いたこと。俺が瞬時に反応し、足を引っ張れたこと。2つの相反する方向への力と『足払い』が作用し、黒いシマエナガは派手にすっ転んだ。


「ちー、ちー!」


 スキル『転倒』が作用し、シマエナガは転がった状態から起きあがるのに苦労している。絶好のチャンス。

 

「『赫灼ノ斬痕レッドカット』」


 転倒し隙だらけのもちもちした体へ、赤熱する長剣でズシャッと斬撃を浴びせた。

 攻撃した箇所から激しく燃えあがり、黒いシマエナガはたまらず飛びあがり、足で大事に掴んでいた黄金の経験値を放りだして砂のうえを転げまわった。


「あっちちちー!! あっちぃぃい━━━━!」


 競技場全体から拍手が爆発するように広がった。

 実況がなにかを言っている。なんだか音が遠くに聞こえる気がする。

 自分の息遣いだけがやたら大きく聞こえる。

 俺は黄金の経験値をそっと広いあげ、頭上に掲げた。

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