ギルド競技の結末

 1年生のギルド競技が終わった。

 競技場の空気は弛緩し、1日を戦いきった生徒たちは互いを讃えあっている。

 クラス対抗リレーはよかった。なんだかんだでああいうイベントはみんなの心を一つにする。


「流石だぜ、赤谷!」

「足速すぎてびっくりしたぜ」

「赤谷ってフィジカルマジで強いよな」


 4組の男子連中からは「俺たちはこいつの凄さを前から知ってましたよ」みたいな空気感で、後方彼氏面で讃えられた。一時であろうと、お祭りの熱がそうさせたのだとわかっていても、クラスの人気者になれるのは気分が良いものだ。


「ん」


 手が震えていることに気づく。足も痙攣してる。『星砕きの早駆けスターバーストスプリント』で傷ついた身体が悲鳴をあげているのか。代償は大きいな。


「赤谷、お疲れ、すごい速かったね」

「本気だしたからな。おかげで志波姫に追いつかれずに済んだ」

「うん。かっこよかった」


 ポメラニアン帽子被ったままヴィルトはぼそっと言う。銀輝の瞳がじーっと見てくる。心臓に悪い。

 こっちの体温があがっているのを感じる。恥ずかしいことを普通に言わないで欲しい。


「そういうのあんまり言わない方がいいぞ。男子はみんな勘違いしちゃうんだ」

「かっこいい。これはスイスでは普通に言う」


 ヴィルトは腰裏で手を組み、伺うように首を傾げた。

 スイスって進んでるんだな。すげえや。


「続いて2年生の登場です! 1年生の戦いではシマエナガギルド所属4組と1組が見事に高得点を獲得しました! 凄まじい追い上げです! まだまだ優勝杯の行方はわかりません!」


 2年生と3年生の戦いがあとに続く。

 1年生たちは先輩たちの応援のためにトラック横に残る生徒も多く、学年があがるにつれて、お祭り感がどんどん増していった。


「皆さんお疲れさまでした! これにてギルド競技すべてのプログラムが終了しました! 閉会式に遅れないようにグラウンドへ移動しましょう!」


 広いサッカーコートにギルドごとに整列し、長谷川学長の挨拶がはじまった。

 

「皆の者、まずはお疲れさま。大変に白熱した戦いを見せてもらった。素晴らしい競技となった。レコードも生まれた。今日という日は皆が勝者といえるだろう。しかし、それではあまりに綺麗事すぎるね。これは戦いなのだ。勝者と敗者が存在する」


 長谷川学長はマイクを片手に、手元のメモをちらっとみて顔をあげる。


「まずは第3位から発表しよう。第3位……ハリネズミギルド!」


 拍手がパラパラと聞こえてくる。初夏の風吹き抜ける競技場に響く、乾いた喝采にはどこか寂しさがあるように感じられた。


「安定して優秀な戦果を納め続けたが、惜しくもリードを許してしまった。油断するべからず。最後の瞬間まで諦めなかった者に勝利の女神は微笑むのだ。……続いて第2位」


 シマエナガ帽子をかぶる白い集団に緊張感が走る。いや、あちら側、黒いナメクジ帽子をかぶる集団も緊張の面持ちをしているか。


「……シマエナガギルド! 素晴らしい追い上げを見せたが、あと一歩及ばなかった」


 十分に溜めてから今年の勝者が決定した。

 パラパラ、パラパラ。まばらな拍手と共にシマエナガギルドには落胆の声が溢れた。

 その対局、万来の拍手とともにナメクジギルドは盛大に喜びをあらわし、帽子を放り投げている。

 長谷川学長は「第1位ナメクジギルド。最後までリードを譲らずに勝ち切った。王者にふさわしい」とさらっと1位を発表し、そのまま閉会式を淡々と終えた。


 がっかりするとは思っていた。

 でも、想像以上に肩の力が抜けた。


「結構頑張ったのにね」


 閉会式終わり、ごちゃっとするグラウンドでヴィルトが話しかけてきた。


「点差があったからな。シマエナガギルドは午後の部で圧倒的に点数を稼いだけど、でもそれは他のギルドが点数を稼いでないって意味じゃない。元からあったリードを埋めれなかった」


 巨大モニターに映し出された点数票を見やる。


 最終結果

 一位、305点、ナメクジギルド  

 二位、280点、シマエナガギルド

 三位、275点、ハリネズミギルド


「う、ぅぅ! あとちょっとだったのに……ぃ!」


 感極まって泣いているシマエナガギルドの女子たち。中には林道の姿もある。

 みんな本気だった。だからこそ熱くなれた。


「燃え尽きたみたいだ」

「赤谷も頑張ってたもんね」

「あぁ……すこしな」


 指でちいさく隙間をつくって言った。

 指の隙間から見えるヴィルトの顔を見て、ふと不思議に思う。


「そういえばヴィルトはあんまり競技出てなかったな」

「私はサラブレット」

「サラブレット、か」

「天才って意味だよ」


 サラブレッドの言葉の意味がわからなかった訳じゃないんだけどね。


「だから、まわりの生徒より強いから競技出場は制限されてるんだよ、これは内緒だよ」


 たしかにな。彼女が競技時に出場するだけで、いや、準備運動するだけで失格者がふたりも出たくらいだ。その破壊力は並大抵ではない。


「志波姫もそうなんだと思う」

「なるほど。英雄高校公認ってわけか」

「学校に入る前から祝福者として訓練してた子たちはそういう扱いになるんだよ」


 まさに選ばれし者って感じだ。


「赤谷クン、ちょうどいいところにいたヨ」


 閉会式が終わったタイミングで、ジェモール先生に声をかけられた。俺のことを探していたらしい。


「君は代表者競技に備えるんだヨ。ギルド競技が終わったら君たちの戦いが始まル」

「いまからですか?」

「あぁそうだとも。第一の試練の準備はすでに始まってるんだ。遅れないように早めに行こう」

「じゃあ、赤谷。頑張って」


 ヴィルトはキリッとした顔でサムズアップしてくる。頭のうえのポメラニアン帽子も不思議と「がんばれ」と言ってくれている気がする。

 そうだな。俺にとってまだ第一局面が終わっただけにすぎない。俺の1日はまだ終わってない。俺は俺の戦いに挑まなくてはいけない。

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