星砕きの早駆け
最終走者。これですべての戦いに決着がつく。
「赤谷」
アンカーとして準備しようと思ってたところで、ヴィルトが声をかけてきた。頭になにか被っている。さっき走ってる時は何も被ってなかったのに。
「それポメラニアン帽子じゃないか。どうしたんだ」
「ぽめー」
「……ぇ」
いきなりボソッと「ぽめー」って言われた。感情を宿しているかわからない平熱顔で。
え、なんです、可愛いんだけど。いきなりそんな可愛いことされても困惑するだけなのですが。何考えてるのかまじでわからねえな。
「どうかな。これポメラニアンなんだ」
「ぁぁ、いいと思うぞ」
「そう? よかった。じゃあ赤谷、今度ポメラニアンしたいな。トレーニングルームとかで」
「文脈おかしくないか? ポメラニアンは別にするものじゃ━━━━」
「おおーっと、これは何と言うことかぁああ!?」
突き刺すような実況の声に、ヴィルトとの会話を穿たれる。
この声、困惑している。なにやら不穏な気配だ。スタート視点のほうが騒がしい。
気になって視線をやると、
「クハハ! やっとオレ様の出番が来たようだな!」
と、1年2組の鳳凰院ツバサがトラックに踊り出ていた。やつはアンカーのひとつ手前で走るらしい。
意外だ。あいつは1年の中じゃトップクラスだろうから、当然のようにアンカーだと思っていたのに。ではナメクジギルドのアンカーは誰がやるのだろうか?
「くっ、右腕がうずく……!」
痛々しい台詞を吐く女子の姿が近くにあった。こっちには福島凛がいたらしい。ひとりで楽しそうにしてる。そういえばこいつ騎馬戦で奇妙な移動手段を見せていたっけ。なるほど、機動力においては、かなりの自信があるのかもしれないな。
「クソカスのシマエナガギルドが午後の部になってまさかの追い上げを見せている。このままでは逆転勝利されてしまう。クラス対抗リレーでさえ、4組に大きくリードされ敗北は濃厚か……クハハハ! 悪くないシナリオだ! しかし、だからこそ喜べ同級生たちよ、いまここに漆黒の王のチカラ、その本懐を一部見せてやる━━━━『十
おっ20%来ましたね。どうなるのかな。
遠目に見ていると、鳳凰院の背後から二枚の漆黒の翼が生え、身体が宙に浮かびあがった。よく見れば翼は背中から直接生えているわけではなく、翼の根本は黒い闇で包まれている。服が破ける心配とかないんだな、とか感心していると、
「ナメクジギルド、1年2組失格! 地に足をつけて走りなさいと最初に説明されたでしょう!」
「あっ、ちょ、今から良いところ━━━━」
飛び上がった鳳凰院に、跳躍した羽生先生が追いつき、かかと落としを喰らわして地上に落とした。
ちゃんと地に足つけて走らないといけないことは最初に運営本部からの実況で説明されていたが……さてはあいつ準備運動してるヴィルトに目を奪われていたな?
「『シューター』如月坂いったい何をするつもりだぁあ!?」
あえ? まだ騒がしいな?
「やれやれ、バカな野郎だ。鳳凰院、英雄高校の競技はよ、ズルじゃなく正々堂々とした勝負を重んじるものだろうがよい!」
如月坂はやたら澄ました顔で、鳳凰院を煽り、光の玉を作りだす。
「つまりはよ、前走ってるやつをぶっ飛ばせばいいってことだっつーの! ブレイクぅぅぅシュ━━━━」
「まったく今年の1年生は話を聞かない子が多いなぁ〜」
蹴り出される光玉。羽生先生は笑顔で如月坂の顔面へ回し蹴りを打ちこみ、吹っ飛ばす。あいつもたぶんヴィルトの準備運動に目を奪われて━━━━(以下同文
光の玉は精度不足で飛んでいき、現在トップで走る林道の足元をかすめてトラックに破壊痕をつくった。
「痛ぁあああ!? ななな、ふえええ!? な、なにぃぃい!? めっちゃ痛い!?」
林道は足からドクドクと赤い血を流していた。
かすめた際に切り傷がついたらしい。
「血、血があ!」
「構うな! 走れ、林道!」
「そんな無茶な!? 今、命狙われたんだけど!?」
「探索者なら出血ごときでうろたえるな!」
「少しは心配してよ、赤谷!」
「1年1組走者失格! アンカーは繰り上げで走ってください!」
「なにこれなにこれ、聞いてない……!」
「いいから立て! 走れ、林道!」
現場は騒然とし、鳳凰院と如月坂が失格したせいで、それぞれアンカーだった福島と志波姫は、半周地点からスタート地点へ急いで向かっていく。
まさか狙撃されるとは思っていなかった林道は、文句垂れ半泣きになりながら何とか走りだす。
「なんでこんな目に……私以外の女の子とポメラニアンまでして、私はサッカーボールが新しい顔になりかけて……なんで私には厳しいの……」
足を引きずり、ボソボソ言いながら、ついに200mを走り切って俺のもとへ。
林道はハッとした顔になる。俺を見てない。ヴィルトの方だ。ポメラニアン帽子をかぶって棒立ちしてるヴィルトを見ている。
「いや本当にもう、腹立ってきた! 私が一生懸命走ってるのに公衆の面前でポメラニアンするなんて信じられない! 流石に擁護できない!」
「お前はなんの話してるんだ……っ」
林道はジトーっとした眼差しを向けながら、1着でバトンゾーンに突入。
「これで負けたら許さないよっ!」
「よくわからんが、わかった。任せろ」
腕を一生懸命伸ばす林道。白いバトンが俺の指先に触れ、しっかりと握り締める。
志波姫の走力を考えれば同じ地点からスタートすれば勝ち目はない。だが、今回の勝負に限って言えば、やつは俺の倍の距離を走る。どこかの如月坂のおかげか、あるいは”ヴィルトの準備運動”という視線誘導能力の高さが導いた戦術効果のせいか、あるいはただの神の気まぐれか。
だとしてもこの勝機、絶対に逃すわけにはいかない。全力で掴みにいく。
スキル『筋力増強』を多重発動した瞬間、全身に張り裂けるような痛みが染み出した。
これを長時間続けることはできない。鹿人間との戦いでは一瞬の使用でさえ、腕が崩壊しかけた。
現在の俺ならスキルコントロールの向上により、短い時間なら行使できるはずだ。
全身を強化しつつ、下半身へへもっとも能力を加え、走力を爆発的に増加させる。
そしてさらにスキルを上乗せすることでそれはなる。
『筋力増強』×3+『瞬発力』+『ステップ』×2
「200mなら瞬発力4つ消耗といったところか。耐えてくれ俺の足……『
焦茶色の地面がズドンっと凹み、俺の身体は弾丸のように弾き出された。
驚異的なパワーによるスプリントは、技量ステータス10,000と敏捷ステータス4,000によって支えられ、俺の身体をレーン上を移動する彗星へと昇華してくれる。
高速で流れる風景のなか、チラと見やれば何かが猛スピードで追いあげてくる。俺と奴との差はおよそ150m。いける。
俺は後ろを振り返らず、最大の力を振り絞って、そのままゴールテープへ一直線に走り抜けた。
そしてゴール。やった一着だ。
強く踏みこみ高速で移動する身体にブレーキをかけ、背後を振りかえる。
志波姫もまたゴールしたところだったらしく、目元に影をつくって俺を睨みつけていた。
「短距離向きなのかしら」
「この赤谷誠、そう何度も負け続けると思うなよ」
「スタート地点が違うし、走る距離も違ったようだけれど」
「おいおい、言い訳するのか。らしくないな志波姫。細かいことは置いておこうぜ。勝ちは勝ち。負けは負け」
「嬉しそうね……まあ別に気にしてないからいいのだけれど、こんなの負けたうちに入らないもの」
そう言って志波姫はむすっと不機嫌になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます