借り物競争
俺はトラックのすこし内側に入り、第二レースの待機組に合流する。
スタートラインには6名の生徒が並んでいた。真ん中あたりに林道の姿を発見する。頭に白鉢巻をぎゅっと巻いて、やる気まんまんの表情だ。
「さあ、白熱の借り物競走! とある情報筋から『今年のお題はやたら難しい』と聞いていますが、果たしてどんな無茶振りがあるのか! 第一レースこのあとスタートです!」
実況を最後まで聞いて、スタートライン横で小峰先生が腕をピンっと伸ばす。
周囲が一瞬静かになり、緊張感に包まれる。
「位置について━━━━」
バァン!
雷管が打ち鳴らされ、選手たちは一斉に走り出した。
トラックのすぐ近くでたくさんの生徒たちが応援の掛け声をするなか、林道は軽快な走りを見せ、3着で中間地点にたどり着く。
400mトラックの半分、ちょうど半分走ったとこに机があり、そこに封筒が置いてある。近くにはオズモンド先生とジェモール先生が待機している。
きっとあそこでお題を回収して、あのふたりのどちらかに見せるのだろう。
「がんばれー」
適当に応援の掛け声をしながら、眺めていると林道が封筒を手に取り、ぱあっと顔を明るくして、スタターっと迷いない足取りで入場口のほうへ走っていった。お題の借り物を調達するアテがあったのだろうか。ほとんど反射的な動きだった。
気になって目で追っていると、林道は無事に入場口に辿り着き、きょろきょろとその周辺に視線を泳がせている。しばらくそうしていたが、どうにもアテが外れたらしい。数秒のうちに動き全体に焦りが現れ始め、慌てた様子で近くをウロウロしている。
林道は仕方ないと諦めたのか、大声で「ナマズー! ナマズ持ってる人いませんかー!」と叫びはじめた。
「ナマズ誰か持ってませんかー!」
持ってないだろう。どう考えても持ってる訳がない。
絶望的すぎるお題に呆れが出る。あいつがお題を考えたのだろうに。なんでそんな極悪難易度を作ってしまうのかな。
都合よくナマズを持っている生徒はいないようで、彼女の声に応えるものはいない。弱り果てた林道は情けない顔でふとこちらへ視線を向けてきて、俺と目があった。
「あぁああ! なんでそんなところいんの!?」
林道はカッと目を見開き、駆け寄ってくると、俺の手首をがしっと掴んだ。
「え?」
「ほら、いくよ、ナマズ!」
「誰がナマズだっ……って、もしかしてお前、ナマズのお題が出る可能性を知ってたから入場口にいろって言ってたんじゃ……」
「細かいことは気にしない!」
林道は怒ってるような、だけどちょっと嬉しそうな明るい声でそう言って、そのまま俺を連れてジェモール先生のもとまで駆けた。
「いくらなんでもナマズのお題で俺を連れて行ってもだめだろ」
「はい先生! ナマズです! この目を見てください!」
「ワオ、確かにナマズですネ。合格」
「やった!」
合格しちゃったよ。
「赤谷、選手は借り物と一緒にゴールしないとなんだ! 走るよ!」
「全然納得してないが、ええい、仕方ない」
俺は林道に片手をひかれ、そのまま1着でゴールした。
「まあ1着だったからヨシとしよう。これで最下位とかだったら、ちょっとお前を許せなかったかもしれない、林道」
「あはは、なにそれ面白い」
「なにわろてんねん」
第一レース最後の選手がゴールし、第二レースの準備がはじまった。
「そいや、他にはどんなお題があるんだ?」
「うーん、まあそれは言えないんだけどね。だって教えたらズルじゃん」
「地味になところしっかりしがやって。普段もっと適当だろ。うぇいうぇいって」
「なにその言い方! すっごいバカにしてるじゃん! むかつくー! 赤谷なんて一番難しいポメで苦しめばいいんだ!」
なんかヒントっぽいの出たな。ポメ……? ポメって、あのポメか?
「位置について、よーい━━━━」
パァン!
第二レースが始まった。俺は好調なスタートダッシュを決めた。
「さあ本日たくさんの活躍を見せている大注目選手ミスターアイアンボールが素晴らしいスタートを切りました! 他の生徒に大きく差をつけて、ぐーんっと伸びていきますッ!」
中間地点にすぐに辿り着く。横長の机のうえには封筒が6つ置いてある。
一番右のやつを手に取り、中身を確認する。
お題は『ポメラニアン』だった。
「えぇ……絶対いねえじゃん……」
絶望した。林道の言ってたポメの伏線回収はやかったなぁ。
俺は審査員のオズモンド先生を見やる。彼は俺の担任だ。つまり身内といってもいい。交渉の余地がある。
「オズモンド先生、このお題はあまりにも無理があります」
「ふむ、まあ難しそうだね。でも不可能じゃあないね」
そうだ、確かに不可能じゃない。
先ほどお題『ナマズ』で俺を連れてきた林道は合格判定をもらっていた。
つまりはお題そのものではなく、それを感じれる特徴があればよいと解釈できる。
勝つためには背に腹は変えられない。俺はこの戦いに勝ちたい。ベストを尽くしたい。ならば俺のやることはひとつだけだ。
「わんわん! ぽめえ〜!」
解決策は俺自身がポメラニアンになることだ。
やたら反響して遠くまで響く声。生徒たちの視線が痛いほど集まっているのは気のせいではないだろう。
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