何度でもヘルプする男

 スピーカーから聞こえる実況者の声が競技場を貫いた。


「力自慢でも3発、どんな豪腕の持ち主だろうと2発と言われるこのパイルをただ一撃で打ち込むとは! ミスター・アイアンボールッ! これが選ばれし者ッ! 代表者競技選抜者ッ! 前代未聞、破天荒、異例、規格外! 枠に収まらないとはこの男のためにある言葉なのかぁ!?」


 いいですね、この実況いいですよ。ときめき赤谷メモリアルの好感度あがってますよ。この放送委員好きですよ。

 

「バケモノかよ……」

「嘘だろ、この杭、一撃で打てんの……?」

「腕力すげえとは聞いてたけど、まじだったのか」


 周囲の視線が集まっているのは、最初の2秒くらいは気分がよかったが、すぐに恥ずかしさが勝つようになった。緊張感が増してきて、心臓がうるさいほどに高鳴る。耳鳴りがして、どこに視線を向ければいいかわからない。


 俺は瞼を閉じ、自身の胸に手を置き、深呼吸する。落ち着け。こんなのなんでもない。


「……よし」


 平静を取り戻し、周りの世界をシャットアウトする。あんな緊張感のなかでは、とても正確に杭を打つことなどできない。

 今はただ打つことだけに集中しよう。雑念は排除だ。


 しばらく後、俺はダントツの速さで合計20本の杭を打ち終わった。

 そのタイムは4分11秒だった。体育祭誇りパイル新記録4分10秒には届かなかった。

 

「あと1秒かよ」

「すごいわね。あと少しのところで届かない感じが赤谷君らしいわ。ほら、あなたってチャンスを物にできないことで有名でしょう?」

「残念だが、俺ほどになるとそもそも他者に興味を持たれていないんだ。必然、有名な部分が存在しない」

「その卑屈な論理展開、どういう顔すればいいのか困りものね」

 

 志波姫はおでこにそっと手を当て、呆れたように首を横に振った。


「てか、志波姫さんの妨害がなければいけたのでは。ねえ、どう思いますか。あと1秒ですよ?」

「自分の不手際を他者の責任とするとは、あなたらしくないわよ。『すべての不幸は自分が悪い。自分のせいにすれば他人に優しくなれる』って言ってたじゃない」

「言ってないが? 別の世界線の俺の話するんじゃない」


 最後の誇りパイル達成者がゴールに辿り着いたのは10分後のことだった。

 最終的に20本の杭を打てたのは、3名おり、競技者15名のうち、5分の4が時間かかりすぎにより失格となった。

 

「最下位シマエナガギルドの圧倒的な勝利っ! 午後の部も波乱の競技展開が期待できそうだ! 誇りパイルの選手の皆さん、お疲れ様でした━━━━!」


 盛大な拍手に迎えられ、疲れ切った出場選手たちは応援席へ帰還するべくグラウンドから退場する。

 俺は応援席へ行くフリしながら、そっと自販機に立ち寄り怪物エナジーを購入する。

 いい感じに人の流れから外れることができたので、そのまま入場口のほうへ行き、しれっと召喚係としての業務に戻った。


 グラウンドの杭どうするのかなとか見ていると、先生がやってきて、オーケストラの指揮者のごとく、滑らかに手を動かしはじめた。すると、近くにある杭がぽんっと抜けて、宙に浮かぶ。そうやって手を触れずにひょいひょい抜杭していく。

 杭を抜く先生の後ろ、分厚い肉体の男がやってきて、杭が穿った穴の近くで手をかざす。遠目には何しているかよくわからなかったが、巨大モニターにはグラウンド修繕の様子が映し出されており、男が手をかざした穴が土で埋まり、そこに生き生きとした芝が生い茂っているのがわかった。


 そして再び杭を刺していく。このあとは2年生、3年生と続くだろう。


「午後の部、第二の競技は借り物競走だぁあ━━━━!」


 誇りパイルが終わったあと、入場口のまわりに再び生徒たちが集まってきた。


「なにそれ? シマエナガ帽子じゃなくない?」

「ポメラニアン帽子っしょ! 希少価値みたいな〜?」


 林道たち陽キャグループが応援席を降りて、400mトラックの横にやってくる。

 よく見たら、林道たちだけじゃない。生徒たちが続々とトラックの横に湧いてくるじゃないか。


「あっ、よかった! 赤谷いた!」


 林道はこちらに気付き、スタタっと駆け寄ってきた。


「林道、借り物競走でるのか」

「うん! いろんなお題入れたからね! 楽しみにしてるんだ〜」


 そういえば林道は実行委員会のなかでも、借り物競争のお題作りを担当してたな。ジェモール先生という監督者の検閲を超えているので、あんまり変なのはないだろうけど気になるな。


「どんなの作ったんだ?」

「うーんと、いろいろかな?」

「答えてるようで何も答えてないな。シマエナガ帽子とかか?」

「ぶっぶー、そんなわかりやすいのじゃないよ。結構難しいの用意してるもん。……とりあえず、そこで見ててね。動かないでね」

「?」


 林道は念押しして言ってくる。意図はわからない。


「選手たちの入場ですッ! 機転と対応力が試される借り物競走、激しいレースが予想されますッ!」


 実況とともに入場口の生徒たちが移動しはじめる。


「じゃあね、行ってくる!」

「おう。頑張れ」


 林道を見送る。

 

「大変だ! 出場選手が足りてないぞ!」


 ん、なんかトラブルの香りがしますね。


「1-4の田中が応援席から転落して足を骨折したらしい! 4組の男子が代わりの出場選手として必要だ!」


 嫌な予感がしたので、俺は静かにその場を離れる。

 2歩と移動しないうちに、背後からがしっと肩を掴まれた。


「君、赤谷誠じゃないか」

「違います。人違いです、離してください」

「4組の生徒だろう? さっきの誇りパイルすごかったな」

「それはどうも」

「ありがとう、助かるよ」


 まだ何も言ってないのに、召喚係の先輩は俺の背中を押して、トラックに送りだした。

 一度厄介ごとを引き受けたら、次も頼まれる。優しい人間ほど損をする世の中間違えていると思う。私はそう言いたい。うん。

 とりあえず田中は許しません。あとで破壊しよう。

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