力の独壇場
志波姫は肩にかかった艶やかな黒髪を払い、腰に手をあてる。
「とにかく赤谷君が気持ち悪いから女子の支え手が逃げたということで話を進めるけれど、いいかしら」
「人の心を破壊する専門家の方ですか?」
「では、生理的に厳しいと言い換えることにするわ」
確信しました。優しさに関する脳の機能が麻痺してますねこれは。重症です。
「お前は鬼か悪魔の血を引いてるな。確信したぞ」
「……。そう? 褒め言葉として受け取っておくわ。とりあえず、私が来たのは、さしたる理由ではないわ。人が足りなくなった。ただそれだけ。召喚係で入場口の近くにいたから私がヘルプに入る流れになってしまったというわけで、あなたの応援はするつもりがないのだけど、そこの辺りは誤解のないようにね」
「わかった、懇切丁寧にありがとう、俺のことを応援するつもりがないのは十分伝わった」
「応援なんて必要ないでしょ。あなたはひとりで十分なんだから」
あぁ、そうだな。そうだった。
俺はひとりで生きられる。そうやって来たんだ。
「とりあえず、はやく打ちなさい。出遅れているわよ」
いいなぁ、みんなは応援してもらえて。俺だけ応援係に罵倒されて気力削がれてるのに。
俺は萎えながらハンマーで杭を打つ。カコン。当たったけど、隅っこがぶつかっただけだ。案の定、難しい。
「なにしているの、ふざけているのなら帰りなさい」
案の定、応援する気はないらしい。肘をお淑やかに抱いて、傍観者に徹している。まじこいつ。
二度目のスイング。カコン。あたりが浅い。まじむずい。全然杭は進まない。
「正面が見えないようね。真っ暗な将来の展望から目を逸らしたくなるのはわかるけれど、今だけは目をちゃんと開きなさい」
「おおーっと、鳳凰院ツバサ、さっそく感覚を掴んだかぁあ! わずか4発で杭を完全に地面に沈めたぁああ!」
まわりは関係ない。こういうのは自分ペースでやるのが大事なんだ。
三度目のスイング。ちょっと良いあたりだ。コツを掴んできた。ふむふむ。
「悪くないわ、それでいいのよ」
なんかどんどん
俺は確信を得て、明確な自信と、打つ意志でもって四度目のスレッジハンマーを振り下ろした。
ズドン!
四度目にして初めて力を込めて打った。結果、1つ目の杭は初期位置から瞬間的にグラウンドの下に沈んだ。
自分自身、思ったよ良い手応えがあってびっくりした。自分のなかですべてが連結した。そんな感覚があった。学習能力アップや技量ステータスにより、素早くコツを掴めたのか、あるいは30,000の筋力ステータスのおかげか、直前に食べた『高級のペペロンチーノ』が持つバフ『攻撃力上昇 Ⅲ』のおかげか、あるいはそのすべてか。
確実なことはひとつだけ。
我が蓄積の成果は、誇りパイルを一撃で沈める威力となって顕現したことだ。
「ほら、次よ」
志波姫は別に驚いた風もなく、すでに次の杭を指差していた。
そういえばこいつさっき「応援なんて必要ないでしょ。あなたはひとりで十分なんだから」とか言ってたが……もしかして、あれは俺が一撃で杭を打ち込むだろうから、支え手の仕事は必要ないという意味だったのではないだろうか。もしかして俺のことを信頼しての発言だった可能性が━━━━
「なにをボサッとしているの。ぼーっとしていると、不気味なきもい鯉が池から顔を出して口ぱくぱくさせてるように見えるわよ」
いや、やっぱねーわ。こいつまじで嫌な奴だ。あと不気味できもいという形容詞必要ありませんよね? ただの鯉でいいですよね?
「いえ、今のは失言だったわね」
「流石に言いすぎたと思い直したか。お前みたいな冷徹人間でも他人に言っちゃいけない言葉のボーダーとかあるんだな」
「やっぱり鯉よりナマズなのよね」
「志波姫さん? また失言重ねている自覚はありますか?」
「赤谷君、口を動かしているだけでは競技には勝てないのよ? 言っている意味わかる? あなたがやるべきことは杭を打つこと。今はただ手を動かしなさい。
「もうお前が口閉じろよ……」
ツーンっと頑なに譲らない志波姫に付き合っていても埒が明かない。
やつの言葉を肯定するのは大変に不本意だが、口だけ動かしていては競技には勝てない。
志波姫の存在をシャットアウトして、杭に集中する。
もう打ち込む感覚は掴んだ。さっきの手応えはまだ残ってる。こいつをトレースし、修正力をかければ、同じ結果を再現することができる。
「せーの、はいよっと!」
ズドン! っと激しい音を立てて杭がグラウンド下に沈んだ。
「掛け声あんまりかっこよくないのね」
「もう反応しないからな。絶対に反応しないぞ━━━━ってすでに反応しとるやないかーいっ!」
「……うざ」
志波姫は極北の風より凍てつくジト目を向けてきた。おでこに手をあてて呆れかえっている。
よし、俺のノリツッコミなら奴を呆れさせて引かせて無力化できる。代償はちょっとの勇気と、大きな尊厳と、スベッた羞ずかしさに身を焼かれるだけだ。あれ? 思ったより損失でかい?
「アンビリーバブルッ!! 信じられない!! なんという怪力だ!! ミスター・アイアンボールは確かにただの一撃でもって杭を完全に打ち切ったぁあ!」
実況の声が突き抜け、俺はハッとして、周囲へ意識を向けた。
「あいつ一撃で杭を……」
「1年生、だよな……?」
応援席のほうがざわざわして、誇りパイル出場選手たちみんながこちらを見ていた。巨大モニターには目を丸くする俺の顔が映っている。
今この瞬間、競技場すべての視線が俺に集まっていた。
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