誇りパイル

 競技場に戻ると、午後の部が始まっていた。時間に間に合うと思ってペペロンチーノしたつもりだったが、間に合わなかったようだ。

 途中、購買に立ち寄ってブレスケア買ってる場合じゃなかったかもしれない。

 

 慌てて入場口へと向かう。すでに出場選手たちが集っている。ギリ間に合ったと見ていいか。

 グラウンドに続々と入っていく選手たちに続いて、俺も歩みを進めた。

 

「大変長らくお待たせいたしました、これより午後のギルド競技を開始いたしますッ!」


 始まった。声が女子に変わってる。こっちの日の声もよく放送で聞こえてくる奴だ。


「種目は『誇りパイル』! 体育祭というこの大舞台でもっともタフな探索者を決める闘いですッ! 心と体の忍耐力を試される過酷な競技、例年途中で心折れる選手が続出する耐久レースですが、果たして今年は何人が完走できるのでしょうか! それではさっそく行ってみましょう!」


 実況が進むなか、俺たちは広大なグラウンドの端っこに立つ。ずっと向こうまで奇妙な光景が広がっていた。

 グラウンドに杭が刺さっているのだ。木材に釘を仮打ちしたように、杭の先っちょだけがグラウンドに刺さって直立しているのだ。

 この緑萌える芝生は、サッカーコートとしての規格で設計されており、俺たちの足元の白線から向こうの端の白線まではおそらく120m前後ある。120mの間をひたすらに地直立した杭が並んでいる。杭はかなり大きく面から1mほどの高さを誇っている。


 困惑していると、横一列に並んだ出場者たちが動きだした。みんな足元に置いてあるハンマーを拾い上げている。スレッジハンマーってやつだ。殺人鬼が使ってそうなやつ。

 みんなと同じように俺もそれを拾おうと腰をかがめた。


 パァン!


 雷管の炸裂する音。ビクッとして見やればすでに審判が掲げる拳銃的な装置から白い煙があがっていた。


「うおぉおおお!」


 白線上で横一列に並んでいた出場選手たちは皆が一斉にスレッジハンマーでグラウンドにちょい刺しされた杭を打ちはじめた。力いっぱいに、全力で。


 カコーンっ! カコカコーン、カカコーンッ!


 甲高い金属音が息の合ってない合唱のように、微妙にずれて織重なって響いた。


「さあ、始まりました、誇りパイル! 古い時代の探索者たちが、ダンジョン鎮魂のために使ったとされる杭打ち祈祷を模した本競技、選手たちは先人たちがそうしてきたようにこの無限に続く杭を打ちきらなければいけません! 杭を打ち、前へ進み、もっとも早く鎮魂に成功した選手が本競技での勝者となります!」


 杭を打って先に進み、その速さを競う競技か。


「なんだよ、これ、全然刺さらねえ!」


 隣のハリネズミギルドの1年生がぼやきながらハンマーで杭を打っている。


「おおっと、言い忘れましたが、このグラウンドにはスキルが付与されており、この杭、大変に打ちづらくなっているようですっ!」


 圧倒的な後出し情報。

 グラウンド、固いのか。加えてこのスレッジハンマーで杭を打つという行為……普通に難しい。

 普段からこんなハンマーを使い慣れている生徒なぞいない。地面から浮いた、杭の頭へ目掛けてスレッジハンマーを振り下ろし、かつその打撃点に対してもっとも効果的に力を加えないといけない。


 図工の授業や、技術の授業で、椅子をつくった時、木材をつなぎ合わせるために金づちで釘を打ったのを思い出した。思えばあんなちいさなスケールの動作でさえ、慣れてないと難しかった。釘の頭を打てなくて、木材を叩いて凹ませたりもしてた。


 選手たちが杭打ちに手こずっているのは気のせいじゃない。

 これはパワーと忍耐力、加えて技術の競技でもあるのだろう。

 

「赤谷君、いつまで突っ立ってるの。さっさと打ちなさい」


 横を見やれば志波姫がちまーんっと立っていた。肘を抱いて、いつも通り少し不機嫌そうな顔で。


「なにしてるんだよ、志波姫」

「はぁ。遺憾だけれど、付き添いよ」

「付き添い?」


 志波姫は隣を見やる。

 杭を打ちまくる選手たちの横、杭を支える生徒たちがいる。

 なるほど、今気づいたがこの競技、杭打ち係と、杭支え係がいるのか。つまりは二人1組。


「がんばれー! いいよー!」

「あと1発!」

「上手い上手い!」


 どのペアも杭支え係は積極的に声をだし、杭打ち係のほうを応援してあげている。


「あぶなっ!! どこ打ってんのよ!」

「下手くそすぎ、代われいポンコツ!」


 一部お叱りの言葉を投げてるペアもあるみたいだ。

 

 厳しい競技だからこそ気心の知れた級友の声に支えられながら頑張れよっていうことだろうか。

 その事実に気がついた時、俺のなかで氷の令嬢を見る目が変わった。

 困惑しながら目元に影を落とし、苦虫を噛み潰したような志波姫の顔を見やる。

 

「お前まさか俺のことを応援するために駆けつけたのか」


 ちょっと感動だ。もしかしてお前、良い奴なのか……?


「あなたがこの競技に出るために代わった生徒がいるでしょう。その生徒は元々ペアだったのよ」

「え? ああ、たしかに2人組だもんな」

「片方が出場辞退したから便乗して支え係も辞退したの」

「なんでだよ」

「さあ。本人に聞いたらどうかしら。きっと『赤谷君が出場するってわかって、競技中ふたりきりになるのが嫌だから辞退しました』って正直に答えてくれるはずよ」

「志波姫、俺の手にはいま凶器があることを忘れないようにな。別になにに使うとは言わないが、一応言っておく」

「そんな度胸ないくせに。口ばかり動かしてないではやく杭打ち始めたらどうかしら」

 

 前言撤回。こいつはやっぱりまじで嫌な奴です。

 このスレッジハンマーで頭を打ってもっと背を縮ませてやりてえと思いました。

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