体育祭でもペペロンチーノ

 午後の部までの50分のお昼休憩。生徒たちの波は応援席から競技場の1階フロアへと降っていく。

 そこでは寮の食堂でいつも料理の腕を振るってくれているおばちゃんと、学園バイトで厨房入りしている生徒たちが、プラスティック容器に山盛りのご飯と唐揚げやら漬物やらを詰め込んだスタミナ弁当を売っているのだ。

 値段は400英雄ポイント。素晴らしくお得である。

 そのほかフライドポテトやら、豚キムチ弁当なども売っている。どれもリーズナブルで学生に優しいお値段だ。

 

 競技場の外へ足を向ける生徒も多い。そういった者たちは屋台がお目当てだ。外ではジャイアントフランクフルトや、お好み焼き、焼きそば、串焼き、チキンステーキなど、魅力的なラインナップが揃っている。なるほど、寮食堂に対抗しうる勢力だ。


 どちらも大変に美味そうだ。

 ただ、ひとつ問題が発生する。


 俺はフロアを埋め尽くす人混みに足を踏み入れるのを躊躇していた。

 大量の生徒が限られた時間でメシを手に入れるために、長蛇の列を成していたのだ。英雄高校の生徒は購入することご飯で調達する。

 寮食堂の出張販売所も、競技場外の屋台も素晴らしい盛況ぶりで、とても並ぶ気にはなれなかった。


 スマホを見やれば残り時間は40分ほどになっていた。午後の部では初っ端の競技にエントリーするように志波姫からお達しが来ている。

 

「自前でつくるか」


 寮に戻るのに5分。往復で10分。ペペロンチーノ作って食べるのに25分。まあ、いけないことはない。

 そう思い立ち俺は人混みを避けて競技場を出ようとする。とその時、背後に気配を感じた━━


「ペペロンチーノ」

「うああ!?」


 間近で声が聞こえ、俺はビクッと肩を震わせ、咄嗟に振り返った。

 銀髪をはらりとゆらし、ヴィルトが首を傾げていた。


「ペペロンチーノ」

 

 ペペロンチーノBOTになってしまわれたのかな。


「赤谷と久しぶりに会った気がする」

「召喚係の仕事が忙しくてな」


 応援席に戻ってないのでヴィルトとは今日はじめて話したことになる。


「そっか。大変なんだね。お疲れ様」

「あぁ本当に大変な仕事だ。首が回らないほどにな」

「赤谷、お昼はペペロンチーノでいいよ」

「なんで俺がお前のお昼をつくる前提で話をしているんだ。今、首が回らない話をしただろうが」

「私もなにか作るよ。等価交換は錬金術の基本だからね」

「いや、そこは別に気にしてないんだが……あぁ、わかったペペロンチーノだな」


 1人前を作るのも2人前をつくるのも大差ない。俺は「時間もないし、はやく行こう」とヴィルトを促した。


 行く手に林道とその友達たちの姿を発見した。

 いわゆる陽キャ女子たち3人ほどで出張販売所で買っただろうお弁当を手に、いそいそと応援席へ戻ろうとしているところのようだ。

 

「ん? あぁあ━━━━!」


 林道はこちらに気づくなり、びっくりした様子で大声をだす。周囲の生徒たちが「何事だ?」と視線を向けてくる。恥ずかしい。

 林道は友達たちに「ちょっと待ってて」というと、そそくさと近づいてきた。


「なんだよ、いきなり大声だすなって」

「ごめん、つい勢い余って」


 なんの勢いが余るんだ。


「琴音とも久しぶりに会った気がする」

「それは私が召喚係だからだよ。……ってそんなことより、もしかしてなんだけどペペロンチーノしようとしてない?」

「なんでわかるんだよ。ペペロンチーノ警察か」

「何言ってるの赤谷、そんな日本語ないよ?」


 脱法シマエナガとか言っていたやつがいきなり正気に戻るのはズルだろ。なんで梯子外されてんだよ。


「ペペロンチーノしたそうな顔してたもん。わかるよ。ペペロンチーノ、私も食べたい!」


 林道は少し迷ったあとに、意を決した風にそう言った。そんな覚悟しなくても言えるセリフだと思うけどな。


「でも、お前もう弁当買ってるじゃん」

「お弁当もペペロンチーノも食べるよ!」

「琴音、無理はよくないよ」

「私食べれるもん、絶対食べる!」


 固い意志を感じる。

 こいつ前はペペロンチーノ食べて気絶してたんだよな。

 もしかしてアノ感覚が病みつきになったんじゃなかろうな。赤谷はそれだけが心配です。


「わかった。俺のペペロンチーノが美味いことは知ってる。スキルを積んでるからな。お前が手遅れなのはこの際いいとして、これだけは約束してくれ。決して知り合いに『食ってみな、飛ぶぞ』とか言って俺のペペロンチーノを布教しないでくれよ」

「いや、セリフ言わないって。完全ヤバいブツ進める時のやつじゃん」


 林道はすこし引き気味に言う。ふむ。これなら流布される心配はないな。こいつ友達多いし、陽キャだし、ペラペラ喋りそうだからちょっと怖かったんだよな。


 そんなこんなで俺とヴィルトと林道はわりと駆け足で家庭科室へ足を運び、ペペロンチーノをつくって昼食とした。


━━━━━━━━━━━━━━━━

『高級のペペロンチーノ』

 熟達の料理人による逸品

 おおきな祝福効果を持つ


【付与効果】

 『攻撃力上昇 Ⅲ』

【上昇値】

 体力 0 魔力 0 

 防御 0 筋力 0 

 技量 0 知力 0

 抵抗 0 敏捷 0 

 神秘 0 精神 0

━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 今回も素晴らしい逸品を作り出すことができた。

 林道はおいしさに泣きながら完食してくれた。こいつは誰よりも騒がしく食べる。


「林道、お弁当も食べるんじゃないのか」

「これは夜食べよっかな」


 知ってた。


「半分ずつ時間をおいて食べたほうがいいよ。摂取カロリーや栄養に気をつけないと女の子はすぐ太っちゃうから」

「うん、ありがと! ヴィルトさん!」

「これ以上太ったらたぶん運動機能が地味に低下しはじめると思うから」

「そんな太ってないから……っ! だ、大丈夫だよ、ありがとう、心配してくれて!」


 ヴィルトの無情な言及に心臓をぶっ刺されたようなダメージを林道を喰らったようだ。俺でもわかる程度にヴィルトはたまにデリカシーがなくなる。


「でも、体重増えてるよ」

「ふ、増えてないってば!」

「見た目でわかるよ。重心が変わってる。たぶん5kg前後は━━」

「この話やめよ!? あわわ、もうなんで赤谷ここにいるのっ! これ女の子の会話だよっ! どっか行ってっ! ええと、あと、きもいっ!」

「こんな理不尽な流れ弾が許されるのか!?」


 唐突な致命傷。人の心とかないんか。きもいは男子を追い払う魔法じゃないんだぞ。


「あぁ……午後の部初っ端だし、もう行くわ……」


 俺は心に深刻な傷を負いながら、家庭科室をあとにし、競技場へ戻ることにした。

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