思ったより負けたくない
全学年の騎馬戦が終わりプログラムは順々に進んでいく。
俺は応援席には戻らず、真面目な召喚係として、出場選手を入場口に導いては、ふらふらと競技場のなかを探検したりいろんな場所から競技を観戦する。応援席という固定位置だけでなく、自由な場所で観戦できるているという点において、俺は今応援席にいる生徒達よりも体育祭というものを満喫していると言っても過言ではない。また召喚係という仕事を行っているために、体育祭を支える柱としての機能も持っている。
「まさしく社会貢献。充実してる役回りだよな。何かのために労働するってこんなにも気持ちがいいものなのか」
「自身を慰める言葉はいくらでも出てくるのね。群れの外側で生きる術を知っている。心を守る術を知っている。そうしなくては生きてこれなかった哀れな生き物ということね」
「好きに言ってもらって結構。俺は空気に流されない。安っぽいコンテクストではなく、ちゃんと頭で考えて自分の幸せを図ってるんだ。大衆の考える幸せが自分にとって幸せだと考えるやつはどこかで自分を偽っている。必然、皆と同じことして笑ってるやつや、青春してますみたいな雰囲気だすやつは、みんな嘘つきなのさ」
「こんなところでひとりぼっちで観戦しているあなたは自分に偽っていない正直者の幸せ者って言いたいの。面白すぎてお腹がよじれちゃいそうだわ」
「そう思うなら嘘でも笑ってくれよ。さっきからずっと真顔だぞ」
俺と志波姫はたぶん互いに根無し草なので、ずっとふらついていた。理由は語る必要もないだろう。互いに応援席に戻ると周囲とのテンション差で風邪ひいちゃうのだ。そういう特殊体質なのだ。だから仕方ないのだ。
とはいえ、別に俺はこいつと仲良しだから一緒なのではない。ふらついてると偶然会ってしまうのだ。本当はこんな嫌なやつとは関わりたくないのだがな。
そんなこんなで俺の充実した体育祭は進んでいく。
体育祭ではさまざまな競技が行われ、それらは全学年を通して3回戦行われる。例えば1年生でシマエナガギルドとナメクジギルドがぶつかった場合、2年生で同じ組み合わせでぶつかることはない。
種目、竹取物語
1年生 シマエナガVSナメクジ
2年生 ナメクジVSハリネズミ
3年生 ハリネズミVSシマエナガ
2つのギルドが対抗で戦う場合はこんな具合で競技は進んでいく。
玉入れや、台風の目、そのほかの複数のギルドで一斉にできる競技はこの限りではない。3ギルド同時の戦いはとにかく盛り上がる。
騎馬戦に始まった午前の部は、竹取物語、玉入れ、台風の目、ストラックアウト、ドリブル走、ムカデ競走と続いた。
激しい戦いが繰り広げられ、各々ギルドの声援が飛び交い、若者達は青春の汗を流した。
「これにて午前の部は終了でーす! お疲れ様でしたぁ! 午後の戦いに備えてしっかりと休憩しましょう!」
運営本部から放送が入り、前半戦が終了した。
それと同時に集計されていたグループ競技の中間点数が競技場の巨大なモニターにて発表された。
3ギルドのそれぞれの得点は以下のようになっていた。
一位、220点 ナメクジギルド
二位、200点 ハリネズミギルド
三位、120点 シマエナガギルド
「終わった」
自然と言葉が漏れた。
普通にワクワクしながら「もしかして俺たちのギルド勝てちゃうんじゃないか?」とか思ってたんだけど、全然そんなことなかった。むしろボロボロだ。
たしかに冷静になれば結構負けてる競技多いなぁとは思ったけどさ。
不思議なことだ。負けてるってわかってても心のどこかじゃワンチャンスあるような気になれてしまう。
イベントというのはそれが楽しかったりする。そうさ、これは勝ち負けじゃない。楽しめばいいんだ。楽しんだものが勝つのだ。
「はぁ……負けんのか」
なんとか自分の心をダメージから守るために慰めてみたものの、やっぱり落胆の気持ちは誤魔化せなかった。
俺は冷静でクールなことで有名な赤谷誠だ。青春の熱に浮かされることはなく、気遣いを忘れることなく、己の座標を見失うこともない。
だが、学生時代のいずれ忘れるであろう記憶だと語り、シニカルに構えてみても……熱くなってしまう。
なんというのだろうか、こう……俺のような姿勢で体育祭に向き合っている者でさえ「勝ちたい」と思ってしまう。そうさせる魔力がこの戦いにはある。
「ん」
ふと隣を見やると、すこし離れたところに志波姫を発見した。
ちまーんっと立ち尽くし、斜め上に視線をやって、競技場の巨大モニターを見つめている。何も感じていない冷たい横顔だ。
彼女はいつだって変わらない。変哲のない日常の中を、ただ高い次元で生きている。誰もその高く積まれた塔を揺らすことはできず、動揺を与えることもまたありえない。雨のなかでも、風のなかでも、火のなかでも……敵だらけの青春の荒波のなかでさえ、すべてを意に返さない。
だから志波姫神華はその一点において信頼と尊敬を向けれる。
志波姫は肩を落とし、すんっとした顔でこちらへ向き直る。
「こりゃ負けたな」
「いいえ、負けていないわ」
硬質な返事がかえってきた。思ったより威力のある声音だった。
「でも、二位とさえ80点差は流石に、な」
「それで諦めるのね。流石、赤谷君。なんでもかんでも諦めてきただけのことはあるわね」
「実際キツいと思うが」
「わたしはそうは思わない。これは中間発表に過ぎないわ。午後の競技、制圧的に勝利することでシマエナガギルドは一位になれる」
志波姫は真面目な声でそう言い、俺を見上げてくる。
「赤谷君、代表者競技のために本来出るはずだった競技を他の生徒に譲ったようね」
「まあ、そりゃあな。そっちの方が俺には大事だし。オズモンド先生も長谷川学長もそのほうが良いって━━」
「つまりあなたは午前の部のいくつかの競技から逃げた。現在のシマエナガギルドの敗北はあなたの責任のようなものよ」
「その責任追及厳し過ぎませんかね……てか志波姫、お前のほうこそひとつも競技出てないんじゃ……」
「わたしは事情があるから仕方ないのよ。サボりのあなたとは違う」
「じゃあ、なんだ。シマエナガギルドが負けたら俺は切腹でもすればいいのか」
「ふふ、安心なさい。現在、赤谷君のせいでシマエナガギルドは不名誉な敗北を迎えようとしているけれど、そうはならない」
志波姫は肩にかかった黒髪を払い、肘を抱き、涼しげな顔をする。
「わたし、こう見えて負けず嫌いなのよ」
見たまんまですね。意外性はゼロです。
「赤谷君、あなたも出なさい。無様に負けることは許さないわ」
そう言って志波姫はトコトコ歩き去ってしまった。
うーん、思ったより勝ちたがってましたね。
でも、悪くない。ちょうど俺も負けたくないと思っていたところなんだ。
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