速射されし粘水球

輝かしき粘水槍スティッキーハイドロジャベリン』が放たれるよりはやく、足元の闇はせりあがり、俺たちと鳳凰院たちとの間に壁となって立ちはだかった。これ撃ってもいいのか? 『輝かしき粘水槍スティッキーハイドロジャベリン』には貫通力とはないから直接相手に命中させないと意味ないんだよな。この闇のカーテンに撃っても仕方ないし……。

 

「福島の闇は半実体だ、防御力はほとんどない」


 俺がチャージ完了した水玉を手元に保持して逡巡していると、如月坂はそう言い、光玉を蹴り込んだ。

 光球は鋭く飛んでいき、闇に風穴を穿った。その先の騎馬の真横に光球が着弾し「うあああああ」という叫び声が響いた。俺はすぐさまジジャベリンを射出、騎馬に命中させ崩した。よし、やった。


「こっちだ!」


 鳳凰院たちの声が横方向から聞こえた。

 見やれば、ぶわんっと闇のカーテンを突き破って突っ込んでくるではないか。馬鹿な、いま倒したのに。

 チラッと向こうで崩れている騎馬を見やる。よく見たらあっちの生徒たち知らない顔だ。鳳凰院たちじゃない。そうか。『闇との対面ブラックインストール』で視界をシャットアウトしたあとすぐに移動したんだ。

 やつらは遠距離戦でのフリを悟って、近接に切り替えてきたんだ。


 鳳凰院たちの騎馬は想像より遥かに近く、もうすでに騎馬は目の前まできている。

 この闇、遠近感が狂わされる? 光を反射していない。ただの黒ではない。ベンタブラックだ。

 それだけじゃない。奴らの移動速度も異常だ。揺れず、乱れず、すごい速さで近づいてくる。どういう理屈か騎馬の足元を見やると、なんと彼らの足は、足元に広がる闇に沈んでいなかった。そのうえを雪上でスキーするみたいに滑ってきているではないか。これも『闇との対面ブラックインストール』の効果?


「オレ様は実は近距離戦も得意なのだ。全能ゆえな。『十 漆黒のツバサダークネスウィンド 十』……10%解放!!」


 さっきも10%解放してませんでしたかね。


 猛スピードで滑ってくる騎馬上で、鳳凰院は片翼をおおきく引き絞る。クソでかい翼だ。すれ違いさまに薙ぎ払うように打たれれば踏ん張れないだろう。


「だが、鳳凰院よ、それは悪手だろう━━『速射されし粘水球スティッキーハイドロボール』」


 『瞬発力』+『放水』+『とどめる』+『かたくなる』+『くっつく』+『筋力で飛ばす』


 手元で水が溢れ、球体を形成しながら速攻で射出される。『圧縮』というプロセスをスキルコンボから削除することで攻撃速度を最優先に考えた攻撃だ。『瞬発力』を採用することで初速もあげている。『とどめる』はあくまで『放水』で生成した水を球体にする役割でだけ使っている。そのため使用時間は約0.6秒ほど。『かたくなる』を採用しているのは、飛翔する球体が変形することを防ぐためだ。もし『かたくなる』がなければ、球体を維持する力が存在しないために、対象に到達する前に空気抵抗で潰れてしまう。


 『輝かしき粘水槍スティッキーハイドロジャベリン』と比べて、攻撃力、射程、水量、多くの点で劣るスキルコンボだが、速さという一点においてのみ、優れた性能を持っている。


「だにい!?」


 チャージ時間が必須だと思っていたのか、鳳凰院は『速射されし粘水球スティッキーハイドロボール』の射出に対して、ひどく驚いた様子だった。先ほど如月坂のブレイクシュートをガードした漆黒の翼は、俺たちをぶちのめすために大きく振りかぶられている。ガードする方法はない。加えて回避する方法もない。騎馬のうえ、足は動かせず、落ちれば失格だ。

 鳳凰院の胸と顔に2発の粘水球が命中する。俺は攻撃の手をとめず、さらに下方へ射線を移動させながら連射、鳳凰院の腰、膝、足とあたり、さらに騎馬の支え手たちにもびちゃびちゃっと着弾する。支え手の福島凛を集中放火しておく。特に理由はない。本当だ。別に濡れ透けとか期待してない。嘘じゃない。


「うああ、ネチョネチョしてる、ぅう!」

「小賢しい技を! だがちょっとネバネバしてるだけだ! オレ様には効かん!」


 『速射されし粘水球スティッキーハイドロボール』では鳳凰院の体幹を崩せなかった。なかなか踏ん張りの効くやつだ。騎馬もさして失速してない。

 鳳凰院は漆黒の翼で横薙ぎに打たんと振り抜こうとする。当たれば俺の身体をホームランのごとく飛ばす打撃力を見せるだろう。

 まあ、たぶんそうはならないのだが。


「ぐっ!」

「鳳凰院! なにしてんの!」

「違う、オレ様のせいじゃない、この水が固いのだ……!」


 『速射されし粘水球スティッキーハイドロボール』に含まれる『かたくなる』には2つの役割がある。

 一つ目はは水球の形状を維持し、対象に届かせること。

 二つ目は着弾後、相手の体に絡みついた粘水を固くすることだ。


 鳳凰院の身体は背中から生える巨大な翼をふりかぶった状態で、『速射されし粘水球スティッキーハイドロボール』を喰らった。翼を動かすのに腕も動かす必要があるのか知らないが、身体前面が大きく開いて、腕も伸びた状態だった。

 バランスの取りづらい騎馬のうえでその姿勢を固定するチカラが働いた。次の瞬間に体重を乗せて翼を豪快に振ってやろうとしていた者にとって、それは大きな誤算で、それゆえに体勢を立て直すための修正をしなくてはいけない。

 粘水が『かたくなる』されたところで、鳳凰院の動きを完全に止めることはできない。でも、相手の動きに誤算を与えることができれば十分だった。鳳凰院も自分がネバついてることはわかってるから、その分の動きの修正はしただろうが、それじゃあ足りないのだ。奴が修正したのはあくまで『くっつく』+『放水』分。必要な修正は『くっつく』+『放水』+『かたくなる』なのだ。


 結果、鳳凰院は翼を振り抜くことができず、腕と翼をおおきく振りかぶったオブジェのようなまま闇のうえを滑って、俺たちの騎馬の横を通りすぎる。

 忘れてはならないのは鳳凰院だけでなく、支え手たちも『速射されし粘水球スティッキーハイドロボール』を喰らっていたこと。

 2秒後には盛大なクラッシュをし、グラウンドのうえで騎馬が派手に転倒した。


「うあぁ、ネチョネチョだ!」

「っ! おい、オレ様から離れろ、福島!」

「え? ど、どうしたの?」

「い、いや、お前、すごい格好してるぞ」

「ふえ? ……めっちゃ透けてるッ!?」


 動揺しまくる鳳凰院と顔を真っ赤にする福島。あれ、なんか楽しそうですね……それ俺の功績じゃ……。

 晴れていく闇のなか、俺は遠目になんか楽しそうな鳳凰院たちを眺めることしかできなかった。


 その後、俺たちは難なくナメクジギルドの残党騎馬を狩った。

 

 すべてが終わったあと、ビショビショにされた男子や女子たちはやはりすごい楽しそうだった。

 みんなにご褒美をプレゼントしたのに俺には見返りはない。

 試合に勝って勝負に負けたとはこのことか。青春しやがって。羨まし……けしからん。

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