騎馬戦

「はいはーい! この赤谷でます!」

「何してる、やめろ林道よせ林道さわぐな林道」


 抵抗虚しく審判係の先輩たちがにじりよって来てしまった。


 ━━しばらく後


 俺は間抜けなシマエナガ帽子を林道に預け、白い鉢巻を頭に巻き、入場口に集まっているシマエナガギルドの連中たちのもとに混ざっていた。


「俺は誰と組めばいいんですか」

「出場できなくなったやつがいるから、1チーム空いてるはずだ」


 つまり自分で探せってことだ。

 ため息ひとつ吐いて、俺は「やるしかないか」と意思を固め、人員の足りてない騎馬を探す。

 騎馬は3人の支え手と1人の騎手からなる。つまり4人1組のチームで激しいバトルに挑まなければいけないわけだ。

 加えて英雄高校の騎馬戦は男女混合だ。男女でチーム組むだけでも気まずいのに、加えてよく知らないやつとやるなんてもはや狂気の沙汰である。


 遠目に見覚えのある顔を発見する。

 鮮やかな緑髪の背の高い男子生徒だ。やたら顔立ちがよく爽やか。

 頭に白鉢巻を巻いていることからシマエナガギルドの仲間であるとわかる。

 あんまり話しかけたくないなぁと思いつつも、どう見てもそこのメンバーがひとり足りていない。


「メンバー足りてるか」

「……赤谷か」


 言って緑髪のイケメン━━如月坂圭吾は顔をしかめた。なんだよその顔。


「ひとり擬似ダンジョンでガブガブされたって話だから、俺が急遽騎馬戦にでることになってな」

「そういうことか。よりにもよってお前だとはな」

「まあいろいろあったけど今は白鉢巻の仲間ってことになってるみたいなんだ」

「そうらしいな」


 如月坂は腰に手をあて「ふむ」と俺のことを足元から頭まで舐めるように見やる。

 取り巻きの男子生徒たちが邪険な視線を向けてきた。以前、俺と如月坂は異常攻撃に対する防衛論の授業で一悶着あった。彼らにしてみればボスであり友達である如月坂をぶっとばしてんだから、俺への好感度が高いはずもない。


「圭吾、こいつの前のやつじゃん」

「アイアンボールどういう了見だよ、のこのこ現れやがって」


 いまにも噛みついて来そうな雰囲気。嫌われ者ですね。流石だと言わざるを得ない俺。

 スッと手が持ち上がる、噛み付かんとする男子たちを制する手だ。


「お前の腕っぷしがクソ強いのは知ってる。仲間だって言うなら別になにも思わねえよ。荒事なら頼りになるからな」


 如月坂がそういうと周囲の男子たちは不服そうにしながらもすぐ静かになった。この手の手合いは如月坂の気持ちを代弁してるつもりになってるだけだ。如月坂が俺のことを嫌ってるだろうから、ボスが言葉を使うより先に「お前なんて嫌いだ!」と意思表示することで、ボスへの忠誠心を表現する。ある意味ではお気持ち民とも言えるかもしれない。

 

 今回はボスの意思を正しく読み取れなかったみたいだ。

 このところ如月坂とは体育祭実行委員で同じ時間、同じ空間で、同じ活動をしていた。その間トラブルが起こったことは一度もなかった。俺から見た限りでは、奴自身はさして変わってない。変わったのはやつの俺への視線だ。奴の中での俺の認識が変化したということだ。


 こいつはもう俺を舐めてない。


「赤谷、お前が騎手になれよ」


 如月坂は真面目な顔でそんなことを言う。取り巻きたちもビクッとする。俺もびっくりして一瞬言葉を失う。


「俺よりお前のほうがそういう向いてると思うけどな、如月坂」

「適正の話じゃない。勝つためには必要だって言ってるんだ。俺は足が使えたほうが都合がいいんだ」

「勝つために?」

「あれ見ろよ」


 視線をとなりのほうにいる黒い鉢巻の集団へ向ける。対戦相手である1年生のナメクジギルドががやがやしながら待機している。

 如月坂の視線の先には、怪しげな風貌の男子生徒がいた。

 灰色に染められた髪をかきあげ不適な笑みを浮かべる男子生徒だ。眼帯をしており、パッチには十字架が描かれている。最もおかしいのはひとりだけ制服を着ているということだろうか。みんな体操着なのに、ひとりだけブレザーのジャケット着て、ネクタイを靡かせている。やつのまわりだけいい感じの風が吹いて、ミュージックビデオみたいになってるのが洒落臭い。


「なんだあいつ」

「知らないのか? あいつはかなり有名だが」

「悪いがあんまり他人に興味がなくてな」

「……あいつは鳳凰院ほうおういんツバサだ。皆からは漆黒のツバサと呼ばれている」

「あぁもうその説明だけでお腹いっぱいになるな」

傑物の世代グレートジェネシスに数えられてるひとりで、強力な能力者だ。あれを倒せる騎馬は俺と赤谷のいるここだけだ。だから、どうしてもあれと戦わないといけない」


 傑物の世代グレートジェネシス……如月坂やヴィルト、そして志波姫などの突出した才能たちの呼び名だったか。今年の1年生はレベルが非常に高いとかなんとか先生たちに賞賛されてる理由でもある。彼らが1年生の平均値をぐいんっとあげているとか。

 

「あいつにはちゃんと勝ちたい。体育祭のギルド競技での優勝という意味でも勝ちたい。そういうわけで俺は足を使いたいんだ。だから赤谷、お前が騎手になるべきだ」


 なんだか以前より態度が軟化してて、奇妙な気分だ。やりづらい。前だったらもっと嫌なやつだったろ。横暴に命令してくるようなさ。

 

「まあいいけど」


 断る理由もない。無用な争いをわざわざ起こす気もない。

 正直、如月坂とその取り巻きに俺の足元を支える役割を任せるのは不安が残るが……でも、如月坂の勝ちへのこだわりは本物だ。信じてもいい。


 3人が土台となったうえに俺はそっと乗りあげる。周囲でも続々と4人1組騎馬ができあがり、入場口からいそいそとグラウンドへ移動した。

 向かい側に10騎並び、こちら側に10騎並び、探索者概論の小峰先生が雷管を天へ掲げた。気だるげに引き金がひかれる。


 パァンッ!


 炸裂音とともに両陣営の騎馬が出撃し、一斉に前進しはじめた。

 それと同時に矢のようなものが向こう側から飛んできた。

 

「うわ! なんだこれ!」


 手で叩き落として事なきを得る。

 どうやらナメクジギルド側から放たれたものらしい。

 今のはスキル攻撃ですね。 ええ? この騎馬戦スキル攻撃アリなんですかぁ? 聞いてないですがぁ?


「こんなところで止まってたらボコボコにされちまう」


 俺は若干の苛立ちこめて「前に行こうぜ」とつぶやく。だが、不思議なことにうちの騎馬は動かない。


「おい、如月坂、俺たちも前へ━━━━」

「エンチャントライトニング」


 足元に緑の輝きが広がった。バチバチィッ、と鳥肌のたつ音を鳴らしながら。それは如月坂の足元の緑色光球から発せられているものだ。


「ブレイクぅぅぅシュートぉぉぉオオオオ━━━━━━ッ!!!!!」


 如月坂は軽くボールを蹴り上げ、頭上にもってくると、そのままオーバーヘッドシュートを放った。稲妻がバヂンッ! っと激しく弾け、翡翠の雷光が軌跡を残して飛んでいく。如月坂は一連の動作の間も、俺の足元から手を離すことはなかった。

 いやなにしてんのお前……と俺がツッコむより速く光球はナメクジギルド陣営に飛んでいき着弾、大爆発を起こして複数の騎馬を吹っ飛ばした。

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