始まる体育祭
林道に案内してもらい、売店でシマエナガ帽子をもらえた。話に聞いていたとおりシマエナガギルドの証である1-4の学生証を見せると、無料で1匹もらうことができた。
白くてフワフワで黒い瞳が素朴で可愛らしい。なるほど一番人気は間違いない。
ちなみにシマエナガタオルや、シマエナガキーホルダーなども展開していた。英雄高校のシマエナガ圧が強い。たぶん学校関係者にシマエナガ推しがいるんだろう。
「白色の帽子は太陽の熱を吸収しにくい効果がある、とな。熱中症対策も考えられてるのか。やるなシマエナガ帽子」
「ねー! すごいよね!」
恐る恐る頭にかぶる。なんだろう。間抜けな格好になっているのがわかってちょっと恥ずかしいな。
ふと、林道が俺の前にたち「ふむふむ」と腕を組んで吟味してくる。
「悪くないかも! 死んだナマズの目とシマエナガ相性ばっちりだよ」
「褒めるつもりがないのはわかった」
「嘘嘘! 普通に似合ってるよ!」
脱ごうとするのを慌てて止められる。
「脱がないでよ、せっかくお揃いなのに……(小声)」
林道は口元を歪め、どこか不機嫌そうに見てくる。女子の不機嫌ってそれだけで怖いよね。わざわざ脱ぐこともないから、一応被っておくことにする。
二人で1-4の応援席に行き、俺と林道は鉢巻の束を半分ずつもって、クラスメイトに配っていく。みんなシマエナガ帽子をすでに持っているようなので、鉢巻を渡すという行為が「そんなふざけたモン被ってないでこっち巻けよ」みたいなメッセージ性が出てしまうような気がしてしまい、ちょっと気まずい気分になった。特に俺みたいなやつがやるのはしんどい。内輪でわちゃわちゃしてるところに鉢巻配るだけで体力をゴリゴリ削られる。
でも、俺が心配してるようなことにはならなかった。白鉢巻は腕や肩、あるいは首に巻くのが流行ってるらしい。林道が肩に鉢巻してた訳がわかった。どことなくレジスタンス味がある。
鉢巻配りという重大な仕事を完了し、俺は席に重たく腰を下ろす。疲れた。もう帰りたい。
顔を横に向ける。隣には同じシマエナガギルドの同盟学級1-1のクラスの応援席がある。なんとなく視線を泳がせる。
如月坂が男子や女子たちに囲まれているのが視界に入った。本当に帰りたくなってきた。
でも、大丈夫だ。俺には体育祭実行委員という仕事がある。競技がはじまれば召喚係の任があるからちゃんとした理由をもって、この応援席を離れることができるのだ。あとはこの広い競技場をうろちょろしてれば時間を潰すことは簡単だ。プロを舐めてもらっては困る。
「あ」
1-1の応援席、ある一部だけ人が寄りつかない空間がある。
美しい黒髪を肩から流した美少女が静かに読書している座席のまわりだ。冷たい空気が立ち込めているようにすら見えるほど、そこは周囲から浮いて見えて、近寄り難いオーラに包まれていた。
言うまでもなく
思えばクラスでのあいつの姿を初めて見たかもしれない。案の定というか、当然というべきか、やはり彼女はぼっち極まっているようだ。
面白がって見てると、志波姫はそっと本から視線をあげる。どうしたんだろうか、と眺めてると、ひとつため息をついてこちらへギロッとした視線を送ってきた。目元には深い影が落ち、黒瞳には極寒の輝きがあった。硬質な切先で突かれたのと遜色ない衝撃が背筋に走る。
俺はビクッとして視線を外す。見てないよ、うん、全然見てないもんね。あーシマエナガ帽子がいっぱいだな。全部何個あるんだろうなあ。
「1-4の諸君、おはよう、ついにこの日が来たね、体育祭だ、フェスティバルだ、パーティだ!」
オズモンド先生が応援席に踊りながら近づいてくる。今日もうちの担任は元気です。
「出席をとるよー、お、みんなしっかり帽子はかぶってるみたいだねえ。あ、田中くんがいないねえ」
「田中は足をガブガブされたから保健室いってまーす」
「それは気の毒に」
出席確認が終わるなり開会式がはじまった。学長の挨拶、来賓やらなにやらの挨拶、シマエナガギルド、ナメクジギルド、ハリネズミギルド、それぞれのギルド長の選手宣誓などが行われた。いよいよムードが高まってきたところで、開会式は終了し、花火とともに第一種目のプログラム名が読み上げられた。
「第一種目は騎馬戦です、出場者の皆さんはは入場ゲートまで集まってください」
というわけでさっそく来ましたね、激しい奴。まあ俺は出場する予定じゃないので関係ない。
「さてと召喚係として応援席を離れさせてもらいますか、っと」
ひとりで応援席を離れる。これで応援席というのなの陸の孤島を抜け出せる。
「赤谷! 召喚係だよね? 一緒にいこ!」
気づいたら林道に背後から肩を叩かれた。バレたのなら仕方ない。一緒にいくのもやぶさかではない。
「赤谷は騎馬戦でないの?」
「あぁ出なくてもよかったからな。出ないだろ」
「なんでー? ぶつかりあって相手の鉢巻奪い合うんだよ? 絶対に楽しいのに!」
「あんなのは仲のいい奴同士で戦うから楽しんだよ。だから、友達が多いやつだけが楽しめるんだ。内輪ノリと変わらない。たくさんの騎馬が入り乱れてる中で友達見つけたらテンションあがるだろ? だけどよくわかんないやつとはぶつかれないだろ? だって知らないやつと本気でぶつかるのなんて気まずくて敵わない。どうでもいいモブたちは、人気者たちが内輪ノリでバトって楽しむまでの道中で適当に鉢巻とられて、車に轢かれるみたいに処理されることしか役割が与えられてないんだ。モブがイキって活躍しようとしてもいいことなんて何もない。そもそも活躍できないし、活躍できても喜ぶやつがいない。誰も幸せにならない。そのことが想像できるから、だったら最初の時点で活躍してヒーローになろうとすらしないのさ。それが真のプロフェッショナルの気遣いってやつだ」
「すっごい早口!? いきなり饒舌じゃん! てか赤谷、めちゃ冷めてる〜」
林道に「うへぇ」って顔されてしまった。ショックだ。
俺はさっさと召喚係の仕事をするべく、競技フィールドに降りて、運営本部の脇で出場選手の用紙を受け取り、入場ゲートのまわりでちゃんと人員が揃ってるか確認をする。
1年生は初めての体育祭なので段取りが悪いことが推測されたが、存外集まりは悪くなかった。最初の種目でみんな楽しみにしてたから逆に集まりが良いのだろうか。
「1-4の田中が朝から擬似ダンジョンのポメラニアンに足をガブガブされたんだってよ」
「ひでえガブガブだって話だ。騎馬戦には出られないな」
「となると選手がひとり足りないな……誰か、代わりに出られる1-4の男子生徒はいないか?」
危険な会話の流れが聞こえてきたので、俺はそっとその場を離れる━━━━が、俺の腕をがしっと掴む手が逃亡を許さない。
「います! ここに騎馬戦に出られる赤谷がいます!」
林道はぴょんぴょん跳ねながら、手を振り、大声でそんなことをのたまった。
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