林道琴音は気づかれたい

 午前8時、シャワーを浴びてさっぱりし、俺は男子寮を出た。

 しおりとスマホをジャージのポケットにいれて、タオルを手にとり、競技場へと向かう。

 朝からしっかり運動したので、心身ともに充実した気分であった。


 同じくジャージ姿の生徒たちの流れに沿って、道を歩く。みんな楽しげに友達と会話している。浮き足立っている。この感じはお祭り特有のものだ。

 でも、もちろんみんなが楽しげにわちゃわちゃしてるわけじゃあない。孤独に道の端を歩いているやつもいる。

 ほら、見ろ、あそこにいるいかにもスポーツの出来なそうな男子を。イヤホンをして音楽を聴いて澄ましているじゃないか。きっと友達もおらず、ましてや彼女などできるわけもなく、孤独で寂しい学園生活を送り、青春へ怨嗟を吐いているに違いない。

 同族意識を感じて斜め後方から見ていると、男子生徒の背後から可愛い女子が「お待たせ〜」と明るい声で抱きついた。あーあ、そうですか、充実してましたか。そうですか。裏切りものめ。許せねえ。罪を償え。


 競技場にたどり着く頃にはすっかり名前も知らない男子生徒への憎しみが熟成されていた。

 

 シマエナガギルドの観戦席へ移動して荷物を置くなり、体育祭運営本部へと足を運ぶ。

 運営本部は400mトラックの側面あたりの白テント群に設けられている。

 

「あっ、赤谷だ!」


 林道がポニーテールを振り乱して近づいてくる。半ズボンからは健康的な白い足が伸び、上には長ジャージを着込んでいる。競技場の生徒の8割がしている標準的な格好だ。

 肩には白い布のようなものが巻かれていた。あれはなんだろう。


「はい、これ」


 手渡してきたのは白い鉢巻だった。束ねられており、おおよそ30本ほどあると思われた。


「クラスのみんなに配っておいて!」


 体育祭実行委員会の仕事というわけか。


「おっけ。……ん?」


 林道の髪型がちょっと凝っていることに気づく。触角だ。こめかみあたりから垂れ下がる触角が顔横にあるのだ。

 これはアレだ。小顔効果とかいうやつだ。思春期女子が狂信的になるやつだ。


「今日は小賢しい顔してるな」

「いきなりディスられた……!?」

「まあ普段は賢さを感じられない顔だが」

「なんでそんな悪口いうの!? 赤谷の根暗陰キャ、孤独者、一生独身、ナマズ目!」

「おい待て、さては志波姫からなにか教示を受けてるな?」

「非モテ、すぐ早口になる! えっとえっとあとは、気持ち悪い、くさい!」


 言葉の過剰防衛ですね。これ裁判したら俺勝てますよ。

 俺は心に深い傷を負いながら、そっと林道の触角を指差す。


「それいつもと違うな」

「あ! 髪のこと言ってたの? てか気づいたんだ!? そうそうちょっと変えたんだよ! これ可愛いでしょ!」

 

 林道はぱあっと嬉しそうな顔をし、両手の指で左右の触角をちょんちょん持ちあげる。

 彼女の故郷たる群馬には、髪型は全部で4つしかないという噂も聞いている。ひと昔前のキャラクリでももっと髪型あるというのに。

 だからきっと今日はお祭りのために群馬には伝わっていない髪型をして、テンションあがっているんだろう。


「あっ、そうだ、赤谷、ちょっと待っててね」


 林道はこちらに背を向け、なにやらもぞもぞし始めた。何をするのか訝しんでいると「じゃーん!」と言いながら、両手を広げて振りかえった。

 彼女の頭のうえには白い帽子が被さっている。いや、帽子というか鳥というか。これは……シマエナガだな。白いもふもふの毛並みに黒いクリっとした瞳。素朴な顔立ちの背中側にはピンッと伸びた尾羽がついている。


「それはなんだ」

「えへへ、いいでしょう? シマエナガー!」


 ぴょんっと跳ね、林道は体を傾ける。やめろ、動くな、揺れたぞ、ありがとうございます。

 って違う、飲まれるな俺。あぁ、まったくなんだそのあざとい動きは。これだから陽の女子は。けしからん。

 

「可愛い帽子だな。可愛い、帽子だ」

「か、可愛い? えへへ、嬉しいなぁ」


 林道は恥ずかしげに左右に体を揺すり、萌え袖気味に指先だけ手元からだし、触角ヘアを指でいじる。ちょっとドキとしたのですぐ視線を逸らす。


「ぁ、あぁ、白くてふわふわで、いい帽子だな」


 林道の笑顔をみないように彼女の頭に鎮座するシマエナガの顔を見ながら「どこで売ってるんだ?」とたずねた。ちょっと欲しい。


「シマエナガギルドの陣営で売ってるよ! シマエナガギルドの生徒だと最初の1匹を無料で貰えるんだよ!」

「お得だな。手に入れない選択肢がない」

「あっ、でも気をつけないといけないかも!」

「気を付ける? なにに?」

「脱法シマエナガにだよ!」

「そんな日本語は存在しない」

 

 意味不明すぎる。


「脱法シマエナガはあるんだよ? ほら、シマエナガギルドの生徒だと最初の1匹は無料って言ったでしょ? それを良いことにシマエナガギルドの悪い先輩たちが、自分や下級生の生徒から無料合法シマエナガを使って、ナメクジギルドやハリネズミギルドの子たちに有料脱法シマエナガにして売ってるらしいんだ」

「脱法シマエナガじゃねえか」

「ほかにも人気のシマエナガ帽子を買い占めて、供給を絞って売り切れさせて、体育祭の中盤あたりで売ろうとしてる人もいるみたい!」

「そんな転売ヤーみたいなやつもいるのか。治安悪いな」


 まあ、シマエナガ帽子なんて明らかに人気でそうだもんな。めざとい奴━━それでいてモラルのない人間━━はそこにビジネスチャンスを見出すというわけだ。可愛いシマエナガを使ってあくどい商売をするなんて許せないやつらだ。


「心配だったら一緒に行ってあげよっかー?」


 林道は触角を指でクルクルいじりながら、すこし上擦った声でそんなことを言ってくる。

 別に断る理由もないので「んじゃ頼む」と返事をかえす。俺もシマエナガ帽子を手にいれよう。

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