志波姫神華はヒントを伝えたい

 ━━志波姫神華の視点


 英雄高校はいま初夏の緩やかに蒸し暑くなる夜に包まれようとしている。

 思わずパタパタと仰ぎたくなるような気温でも、冷ややか態度を崩さない少女がいる。

 志波姫神華その人である。

 いま体育祭実行委員会の業務が完了し、彼女は女子寮へと戻ってきた。彼女の1日はまだ終わらず、これから訓練棟へ足を向けることになる。いつものように彼女は今日も鍛錬を欠かさず、己を高め続けることに集中しているのである。


「ねえねえ、代表者競技の今年の試練やばいらしいよ〜?」

「みえちゃん知ってるの?」

「先輩がさっき話しててさ、ついでに聞かせてもらったんだよね〜」


 向こうの廊下から聞こえてきたそんな話声に、志波姫は足を止めた。女生徒2人は話しながら、遠ざかっていく。

 志波姫は「別に私には関係ない」と再び歩きだそうとする。……が、なんだかもやもやした気分になった。

 

「そこのあなたたち」


「へ? ━━ひゃ、し、志波姫さん!?」

「ど、どうしよう、志波姫さまに話かけられちゃった……っ!」


「代表者競技の試練について知っているのようだけど」


 悩んだ挙句、志波姫は女子たちを制止し、詳しい話を聞くことにした。



 ━━赤谷誠の視点



 その夜、『温める』に再び向き合うことにした。とはいえMPがさほど残っていない。スキルの鍛錬をするだけで消耗が激しいからだ。猫フィギュアを作るのも何度も成形するので消耗する。

 最近は強力なスキルが増えてきた。種類も数も増している。多くのスキルを組み合わせ、相乗効果で威力を高めることができるようになった。これは同時に消費MPが増していることも意味している。


「MPを節約気味で今は回してるから、もっと潤沢に使えるようにしておかないとな」


 そんなことを考えつつ、手元で鋼材のキューブをくるくるさせながら、いくつかの能力を試してみた。

 『温める』×4+『放水』で熱湯を作ってみて、それをぶちまける。これは熱いぞぉ。シマエナガにもきっと効くはずだ。

 その後、いくつか熱に注目したスキルコンボを試作し、MPを使い切った。そこそこ有意義な時間だった。


 もう今夜やれることはない。

 さっさと帰って、寮で眠ることにしよう。


「あ」


 訓練場を出ると、ちょうど向かいの訓練場の扉が開いた。いつもお世話になっている訓練場は訓練棟の地下にカラオケボックスのように設立されている。そのため、部屋をでるとたびたび人と鉢合わせることがある。訓練場はストイックな生徒たちが通う場所なので人と会うことは珍しくない。

 

 俺がいつも使っている訓練場105号室の向かい側、訓練場123号室はある人物の愛用の部屋でもあったりする。

 その人物の特徴を説明するのには一言で事足りる。氷の令嬢。それでまったく十分だ。

 

 綺麗な黒髪の美少女で、一見して無害そうに見える。儚さすら感じれるだろう。

 だがそのサイズに騙されることなかれ。ミニサイズに込められた危険性はグリズリーベアを上回るのだから。

 彼女に憧れる存在は多い。男子は色恋的な意味合いで。女子は彼女のもつ美しさに対して。才あるものは更なる高みに対して。


 まあ彼女は氷の令嬢と言われるとおり、クソほど冷たい態度ですべてを薙ぎ倒すので、誰も彼女に近づこうとは思わないのだが。特に男子は。

 だから俺も、氷の令嬢と鉢合わせればこちらから話しかけようなんて思わない。


 しかしながら不幸なことに俺は目をつけられている。彼女は俺のことが特別に気に食わないのだ。

 彼女に見つかればどんな目に遭うかわかったものじゃない。

 ゆえに俺は訓練場を出て鉢合わせた志波姫神華を威嚇するのである。


「俺のことをサンドバッグにするつもりか!? がるるるるぅう!」


 今朝のことを思い出し、サンドバッグにされる前に威嚇する。こうすることで相手の好きにさせない。

 志波姫は目を丸くし、呆れたようにおでこに手をあてると、ちいさく首を横に振った。


「わたしを通り魔かなにかを勘違いしているのかしら」

「目が合ったらサンドバッグにするって脅してただろう……!」

「記憶の改竄、被害妄想、腐ったナマズの目……精神状態が不安定なようね」

「そんな冷静に分析するんじゃない。本当にサンドバッグにされないのか?」

「鉢合わせた人間にいきなり攻撃をしかける危険人物なんていないのよ」

「わかったからそんな凍える目で見るなよ。俺だっていつも悪いとは思ってるんだ。でも、どうしても自分の発想を試したくて仕方なくて……」

「別になにも言ってないけれど。犯罪を犯している自覚があったようで安心したわ」


 志波姫は肩に掛かった黒髪を払い、肘を抱く。


「……」

「?」


 黙したままこちらを見つめてくる。冷ややかな目つき。なんだ。なにを言われるんだ。


「明日、体育祭ね」

「あ? あぁそうだな」

「代表者競技出ると風の噂で聞いたわ。まったく興味のない話題だったけど、勝手に耳に入ってきたの」

「わかった、お前が『赤谷誠が代表者競技に出る』という話に興味のないことはよくわかった」

「そう、よかった。そこは勘違いして欲しくなかったから」


 志波姫は冷たい笑みを浮かべ満足そうにする。満足そうな顔が結構可愛いという無駄な情報が俺のライブラリに追加された。

 彼女は歯切れ悪く、何か言いたそうにする。氷の令嬢・志波姫神華をして逡巡するほどの悪口を言おうとしているのだろうか。


「代表者競技の試練、事前情報がないと辛いものらしいわ。この数年は針鼠の試練までたどり着ける生徒はいないと聞くし」

「針鼠の試練?」

「3つ目の試練のことよ。代表者競技はシマエナガ、ナメクジ、ハリネズミの怪物たちにちなんだ試練を与えてくるらしいわ。1つ目 島柄長シマエナガの試練、2つ目 蛞蝓ナメクジの試練、そして3つ目 針鼠ハリネズミの試練」

「そういばそんな薬膳先輩がそんなこと言ってたな……ん? 3つ目の試練までたどり着けないって、もしかして脱落でもするのか?」

「そうみたいね。試練を乗り越えた生徒だけが次の試練に挑む資格をもつ。代表者みんなが3つ目の試練に挑めることはまずないそうよ」


 そういう感じか。勝ち残り的なね。言われてるとおり結構ハードな試練なんだろうな。

 放課後に見たあの巨大な怪物が起用されるくらいだもんな。俺、勝ち残れるんかな。呆気なく散りそうなんですが。大丈夫でしょうか。


「風の噂でまったく興味のない話がたまたま耳に入ったところによると、ひとつ目の試練ではシマエナガという巨大な怪物を相手にしなくていけないらしいわね。赤谷君、知らないと思うけれど、シマエナガは北海道に生息してる怪物で━━━━」


 あれ、この話、さっき俺と薬膳先輩で見に行ったシマエナガのことか?

 実は俺、知ってますってことは伝えたほうがいいのかな。

 

 特に新規制のない情報を志波姫が話している間、俺は余計なこと言わず「あぁ」「へえ」「そうなのか」と相槌を打っていた。いや、本当は「はい、それ知ってます〜」と言っておちゃらけてもよかったのだが、不思議とそういう行動をする気にはならなかった。なんというか、志波姫が不機嫌になる未来が見えたのだ。そしてまた嫌われるビジョンが見えたのだ。これは学習というやつなのかもしれない。


「だから、シマエナガに気をつけたほうがいいかもしれないわね」

「そうか。いや、助かった、代表者競技の試練のことなんて全く知らなかったからな。本当にこれっぽちも知らなかったからさ、いやまじで」

「あとは迷宮よ。蛞蝓の試練は迷宮に関するものらしいわ。詳しくは教えてくれなかったけれど、なんでも”松明”が重要だそうよ」

「それは普通に新情報だな。松明……ライトとか明かりの備えが必要ってことか?」

「自分で考えなさい」


 志波姫は満足そうにし「たしかに伝えたわよ」と肩に掛かった黒髪をパサっと払う。


「頑張れば爪痕を残せるかもしれないわね」

「爪痕、か。残したところでバッシングの嵐だと思うんだけど」


 肩をすくめて俺は自虐的に笑ってみせた。


「まあ、赤谷君は人間に好かれる能力が低いものね」

「おい、もっとマイルドに言えないのか」

「それじゃあ人間に嫌われる能力が高すぎる、でいいかしら」

「なにも良くなってないですが」

「とにかく有象無象を静かにさせるには抜きん出るしかない。引きずり下ろそうとする気すら起きない高さに登るの」

「それはアドバイス、か?」

「人生の教訓よ。覚えておいて損はないと思うわ」


 軽い足取りで志波姫は歩きだす。階段のほうへ進む足取りはどこか上機嫌を思わせるものだった。

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