体育祭会場設営

「人のことびしょ濡れにしておいて自分は濡れないつもりなのね」


 そんなことを言われてしまい、俺はびしゃびしゃに濡れた状態で訓練棟を出ることになった。

 これもまた因果応報というやつなのだろうか。


 志波姫はサンドバッグがどうこう言っていたが、具体的なことはわかっていない。

 もしかしたら目を合わせるたびに、悪魔的な発想によって編み出されたコンビネーションを食らわせられることになるのかもしれない。なんて危険人物なのだろう。信じられない。震えが止まらない。


 寮に戻り、温かいシャワーを浴びて、学校へ赴き、1日を真面目に過ごす。

 誰とも話さず、次の試験への静かな準備をする。最近はなんだか物覚えが良い。きっと『学習能力アップ』のおかげだ。


 本日の授業は午前中で終わった。

 理由は明日のイベント体育祭の準備のためだ。


「明日は体育祭だ、1組と4組、力を合わせて一緒にシマエナガギルドを勝利へ導こう!」


 オズモンド先生はホームルーム終わりから、そのまま皆に体育祭当日のプログラムや所持品などが書かれたしおりを配布した。


 わいわいがやがや盛り上がっているなか、俺はこそっと教室を出て、体育祭実行委員会へ。

 今日はペペロンチーノに誘われなかったので購買などに立ち寄ることはしない。

 代わりに教室棟の1階にある自販機のあたりで時間を潰す。怪物エナジーを片手にほどほどに時間を潰したら、多目的室へ。


「赤谷誠だ」

「あいつ代表者競技出るらしいぞ」

「まじかよ。肝座ってるな」

「空気読めないんだろ。頭どっか変なんだよ、ナマズみたいな目してるし」

 

 遠目に何か話してる生徒がいるが、気が付かないふりをする。気が付かないふりは得意だ。

 例えば休日に外出した先で知り合いに会ったとしよう。俺はそっと隠れてやり過ごす。あるいは視線を合わせず、気づいてない程で行動する。すべてを相手に委ねる。結果、向こうは気づいても声をかけてこない。そうすると俺は安心する。相手にとって俺は声をかけるほどの知人ではなかったのだと判明するから。これが真の気遣いというやつだ。


「赤谷、なんで先行っちゃうの!」


 多目的室の前でいくと、林道がいつものようにチョップをお見舞いしてくる。


「だってお前、友達と話してたじゃん」

「じゃあ赤谷も私に話かければいいじゃん」

「きちぃだろ」


 知らない奴らの輪に飛び込めるコミュ力があれば苦労しないのだ。


「本日の実行委員会は体育祭会場の設営です」

 

 多目的室をぞろぞろと出て、体育祭会場へと足を運ぶ。

 メイン会場は広大な英雄高校敷地のなかでも、最大のサイズを誇る競技場である。

 サッカー部やら、陸上部やらが普段使ってる場所で、黒く背の高い建物が立ち並ぶ敷地内でも異彩を放つ楕円形をしている。


 全面天然芝で、その周囲に赤茶けた400mトラックが敷かれている。トラックのさらに外周には100mトラックが別途設けられている。観客席も広く設けられており、おそらく学校の生徒をすべて収容しても、まだまだ座席には余裕がありそうだ。

 素人目にもたぶんこの競技場が豪華なことはわかる。さすがは英雄高校だ。お金をたくさん持っている。


 実行委員会の仕事は明日の朝から体育祭がスムーズに行えるように準備をすることだ。

 それと掃除。すべての座席を拭いて、400mトラックのひとつ外側に白いテントを設営して、机やら椅子やら放送器具、医療品、そのほか備品を運びこんでおく。


 実行委員会の面々に仕事が割り当てられ、シマエナガギルドの1年生たちには座席の掃除がわり当てられた。


 ひたすらに座席を拭いていると、ふと座席に人が座っているのが見える。顔をあげると、白衣の男が大仰に背もたれにふんぞりかえって座っていた。


「やあ、赤谷」

「またサボってるんですか、薬膳先輩」

「心外だな。この俺は自分の仕事を終わらせて愛すべき後輩に会いに来てやったというのに」


 この人、俺のこと結構好きだろ。

 周囲を見渡し、林道や志波姫が遠くにいるのを確認してから、薬膳先輩に向き直る。

 触手を生やして見せた。たくさんの触手だ。合計8本。


「エクセレント。またキモさが成長したのか。流石だ、赤谷」

「射程も伸びてるんですよ」

「なるほど、それで乙女たちにイタズラし放題というわけか。雛鳥ウチカを襲う気になったと見ていいわけだな?」

「やりませんよ、結局実行犯は俺じゃないですか。そうだ、あと『温める』ってスキルも覚えましたよ」

「温めるだと? まさかそれでホットに触手マッサージをするとでも? 歩くセクシャルハラスメントだな」


 そんなドエロい存在になっていたのか、俺は。


「非常に興味深いが、触手ことは一旦置いておこう。実はお前には見せたいものがあってな」

「どうせ女生徒の盗撮とかでしょ。薬膳先輩のすることなんてわかってるんですよ」

「ヴァカな、お前に盗撮画像を見せたことなんて一度もないはず……って違う。もっと役に立つことさ。代表者競技、その種目について知りたくないか?」


 代表者競技について俺が知ることはほとんどない。誰かが話してるのを遠巻きに耳に挟むくらいしか手段がないからだ。

 

「3つのギルドを代表する怪物、シマエナガ、ナメクジ、ハリネズミ、それぞれにちなんだ3つの試練が代表者競技『探索者物語』では行われる。競技の内容は当日までわからないとされているが━━━━」


 薬膳先輩はあたりを気にしながら顔を近づけてくる。


「だが、あくまでそういうことになってるだけだ。実際に競技にでるやつらは先生や、生徒たちのネットワークを使ってある程度推測がついてる。一方、赤谷、お前はイレギュラーで、しかも友たちもいない、孤独で可哀想なやつだ」

「自己紹介ですか?」

「そうとも言えるかもな。天才とは孤独なものだ」


 薬膳先輩は自己陶酔した風に、不敵に笑みを浮かべる。


「お前はあまりにネットワークが弱い」

「否定はしませんよ」

「だが、俺には雛鳥がいる。やつから小話を聞いたのだ」

「雛鳥先輩から? 代表者競技のヒントをつかんだんですか」

「ついてくるんだ」

 

 薬膳先輩は立ち上がり、白衣をばさっと翻した。

 俺は戸惑いつつも、洒落臭い背中を追いかけることにした。

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