専属サンドバック契約

 志波姫はジトっとした眼差しで見てくるが、逃げる素振りなどは見せなかった。

 俺は「隙ありッ!」と吠えながら、志波姫へ払い腰をお見舞いした。中学時代に柔道の授業で習い、先日の異常攻撃に対する防衛論で久しぶりにやった基礎的な投げ技である。相手の袖を襟をしっかり握って、足払いしながら放り投げる。志波姫はちょうど道着っぽい服を着ているのでやりやすかった。


 志波姫のちいさな身体はぽーんっと簡単に崩れ、擬似ダンジョン前のフロアにズドンっと叩きつけられた。

 異常攻撃に対する防衛論の授業時より、はるかにスムーズな動作だ。『ステップ』の時と同じく『足払い』によって動作が強化されているおかげだろう。


 『ステップ』+『ステップ』+『瞬発力』+『筋力増強』+『足払い』+『かたくなる』+『やわらかくなる』+『放水』+『くっつく』+『転倒』


「『ステップ』×2で素早く接近し、接近戦のためにスピードとパワーを『瞬発力』と『筋力増強』で補い、我がスキル『かたくなる』により相手に接触と同時に、動きを固くする効果を付与する。また『やわらかくなる』を地面に適用しておき、相手の足場を崩すことで技の成功率をあげる。もちろん俺の足元まで不安定になったら意味はないから『かたくなる』で俺だけ足元の優位性を保証する。一時的な『領域軟化術グラウンドソフトニング』というわけだ。投げる動作とともに『放水』で水をばら撒きながら、『くっつく』を付与することにより、『輝かしき粘水槍スティッキーハイドロジャベリン』の着弾後の効果を相手に浴びせ、ベドベドにして動きを阻害する。極めつきは『転倒』により完全に起きあがれなくする。かたくなるで動きを疎外してる中、ベタベタまであって、転倒すればもう絶対に絶対に絶対に起き上がることはできない。それどころか身動きすら取れないだろう。今の一連の動きは10つのスキルの複合だ。『瞬発力』1消費、MP340消費の新しい投げ技━━━━その名も『抗えざる粘水落としイレジスティブル・スティッキーハイドロダウン』。この技を喰らったものは地面のうえでネチョネチョしながら最後にはたぶん死ぬ!」


 語り終わって気がつく。つい熱が入って長文早口陰キャになってしまった、と。

 志波姫は若干引き気味で「うへえ」みたいな顔で目元に影を落としていた。

 

「はぁ……頑張って発明したのはわかったわ。あと新技を誰かに語りたかったけど、話し相手がいなかったこともわかったわ」


 志波姫の冷めた反応で我に帰った。なんか凄い恥ずかしい。

 またやってしまった。悪魔的な発想を閃いて、それを試さずにいられなかった。

 『やわらかくなる』で緩くなった床にゆっくり沈んでいく志波姫に慌てて手を伸ばす。


「大丈夫か?」

「心配するならやらないでくれるかしら。学習能力を司る脳の機能が壊れてるの?」

「頭で考えるより身体が先に動いてたっていうヒーローの素質というか……大丈夫か?」

「怪我はしてないわ。ただ赤谷君への評価が『いきなり触手で襲いかかってくる不審者』から『いきなり払い腰してびしょ濡れにしてくる不審者』に下がっただけよ」

「そうか、ならあんまりランクダウンしてないな」

「ポジティブなのね」


 すべてのスキルを解除すると、志波姫はスクっと起きあがった。

 「怪我が無さそうでよかった」と安心しながらも「俺の必殺技を受けてあんまり動揺してなかったな」と、微妙な気分になる。慌てふためく志波姫が見たかったのだが……。


「あんまり脅威に感じなかったか? 動揺してないように見えるんだけど」

「動揺? 片腹痛いわね。むしろ安心してたわ」

「なんだ、と……?」

「赤谷君にあそこから先なにかする度胸なんてないから」

「そういう安心かよ」


 完全に舐められてる。

 でも、正論なので返す言葉に困る。


「いやらしいナマズ目で視姦されるのは不愉快極まりないけれど」

「だからお前の慎ましいものなんて興味ないっての」


 言われて、ふと気づく。

 志波姫がビチョビチョなせいで、黒袴がピタッと張り付いていた。

 彼女のしなやかな肢体の輪郭が浮き上がり、白い肌を雫が伝って落ちていく。


「すっかり慣れてしまったけれど、普通に考えたらとんでもない男よね、あなたって。どんな教育を受けてきたらこんな怪物が生まれるのかしら」


 志波姫は言いながらお腹辺りの布地をぎゅーっと絞って水を抜く。袴の胸元がすこしズレて肌色がチラッとのぞいた。あっ、すごい、あっ。

 

「赤谷君の社会不適合者っぷりには驚かされるわ━━ねえ、話聞いてるの?」


 慌てて視線を逸らす。危険だ。濡れた志波姫は危険だ。こっちが動揺させられてしまう。


「もちろん聞いてるがッッ!?」

「なんでそんなムキになってるのかわからないのだけど……。まあいいわ。あなた、こんなおかしな事ほかの女の子にしてないわよね?」

「流石にやらないだろ。常識で考えてくれよ、頼むぜ本当」

「なんで私の常識が疑われてるのか理解に苦しむわね」


 志波姫は呆れた風におでこに手をあてる。


「まあ、いいわ。この常識の欠如した孤独者かつ社会不適合者で、非モテで誰からも相手されない可哀想な人間の犠牲者がほかにいなくて安心したわ」

「形容する言葉に事欠かないな」

「あぁそうだ、赤谷君、ひとつ良い事を思いついたんだけど。頼まれてくれるかしら?」

「そんな社会のクズに何を頼もうと言うんだ」

「サンドバッグ」

「ふぇ?」


 志波姫は腰を落とすと、素早く俺の襟を握り、足元を払って、片手で放り投げてきた。

 床にズドンっと頭から落下す━━━━


「うぎゃああ!?」


 俺は脳天を押さえて擬似ダンジョン前のフロアを転げまわった。頭割れるかと思った。


「対人格闘術の鍛錬は、実際に人間を使って鍛錬を積んだほうが効率がいいのよ。人間相手じゃないと学べないこともある。善良な人間なら、技をかけるのも躊躇するけれど、赤谷君ならどうなっても悲しむ人間がいないから遠慮なく実感できるわ」

「ぐあぁ、こ、今度は俺が実験台にされる、番だと……?」

 

 あぁ、発想を試したくなる自分の衝動が恨めしい。志波姫を前にすると、不思議となんかしたくなるんだ。彼女を危険な目に合わせたいとかいうわけではないのだが……なんというか、ちょっかい出したくなるのである。その時に俺のなかに試したいアイディアがあった時には、もう止められない。


「まさか拒否しないわよね」

「拒否したらどうなるんだ……?」

「『いきなり払い腰してびしょ濡れにしてくる不審者』が逮捕されるんじゃないかしら━━━━」

「積極的に協力させていただきます」

「そう? よかったわ」


 なんて恐ろしい女なんだ。

 文面にして社会的正義に照らし合わせたら、俺が絶対に勝てないことを良いことに脅すなんて。

 この鬼! 悪魔! 志波姫神華!

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