足払い

 翌朝。

 ポイントミッション『金属製の猫フィギュア』であることを確認した。

 作業には放課後に取り掛かることにして、さっそく朝練にとりくむ。


 まずは英雄高校の外周をランニングする。この朝早い時間にランニングしているのは俺だけじゃない。奴もいる、奴だ。志波姫神華だ。

 俺は朝から何度も追い抜かされ、煽られ神経を逆撫でされる。追い抜いていく横顔とか、後ろ姿がやっぱり綺麗だなとか思いつつも、「まだ1週目なのね」とかボソッと言っていくから収支マイナスで腹立つ。あいつなんなん。


 トレーニングルームではウェイトを持ちあげつつも、アイザイア・ヴィルトの姿がちらつく。運動のために来ているトレーニングウェア姿の彼女は、視線誘導性能があまりにも高すぎる。トレーニングルームでの筋トレがもはや修行と化しているのはだいたい彼女のせいだ。豊満な胸元は異邦からの遺伝子、さながら黒船のごとき衝撃がある。そこへ視線を向けることは許されない。見過ぎれば銀の聖女を保護する会のみなさんに圧をかけられることになるだろう。


 そうして数々の試練を乗り越えて、ようやくひとり集中できるスキル鍛錬をはじめることができる。

 朝の残りの時間は、昨晩解放したオシャレスキル『足払い』を試してみようと思う。


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『足払い』

パッシブスキル

足払いの動作が強化される


小足見てから余裕なことはない

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 おしゃれだ。すごくおしゃれだ。


 前々から欲しいと思ってたのだ、こういう体術系のスキルがな。

 異常攻撃に対する防衛論の授業では、格闘術の授業を行うが、それで十分な近接戦闘能力が身につくわけではない。

 何年も前からそうした技術を身につけているやつと相対した時には、まず勝てない。筋力ステータスとスキル『瞬発力』『第六感』『筋力増強』━━ここら辺でお茶を濁すことしかできない。これらはスマートな技術による近接戦闘能力ではなく、素早いとか力が強いとか、そういう脳筋なチカラだ。


 『力とはパワーである』というかの名著のタイトルにもある通り、それでも構わないのだが、パワーに頼りすぎると面倒なことがある。主に対人戦に関して面倒になる。人間社会で生きていくうえで”やり過ぎ”は良くないのだ。秩序の内側で暮らしている以上、あんまり暴力的な解決手段にばかり頼ってもいられない。あくまで怪我させず、スマートにだ。

 加えていうなら、なんか知らんが手元に鉄球がないタイミングでバトルことがわりと多い。特に俺は最近、絡まれることが多い。戦闘はいつ始まるかわからない、ということを実感しつつある。もしかしたら隣を歩いているやつがいきなり組み伏せてくるかもしれない。そんなことを思うと、俺の戦術のなかに近距離での解決策を持っておく必要があると思った。


 遠距離━━━━『鉄の残響ジ・エコー・オブ・アイアン』『輝かしき粘水槍スティッキーハイドロジャベリン

 中距離━━━━『怪物的な先触れモンスタータッチ』『約定済みの烙印スティグマ・オブ・コントラクト』『突風のウィンドブラスト』『速射されし粘水球スティッキーハイドロボール

 近距離━━━━頑張る


 俺の脳内での戦闘距離ごとの対応は、現状こんな感じなので『足払い』はオシャレなのである。

 俺にはプランがある。遠距離戦をかいくぐって、触手を凌ぎ、俺に接近してきたとして、そこで放つオシャレプランだ。

 だが、それを試すためには敵が必要だ。


 そんなわけで俺は擬似ダンジョンにやってきた。

 先日の事件以来、封鎖されている領域だが、今日から平時の使用も可能になったらしい。タイミングはばっちりだ。

 7階層のモンスターが出てくるジャーキーを買い、強めのポメラニアンたちに会いにいこうとゲートをくぐろうとする。

 

 ゲートに近づく前にウィーンっと扉が開いた。

 艶やかな黒髪を靡かせる袴姿の少女が出てくる。

 志波姫神華。さっきぶりの邂逅であった。

 向こうは俺に気づくなり、すんっと目を細める。


「さっきはよくも煽り散らかしてくれたな、志波姫」

「何のことだかまったく身に覚えがないのだけど」

「しらばっくれるんじゃあない。外周で煽り逃げしてるだろ」

「被害者意識の高さだけは目を見張るものがあるわね。私はあなたを応援していたつもりだったのだけど。そう受け取られたのなら残念だわ。あなたみたいな卑屈な人間を鼓舞しようとしたのは間違いだようね。でも、当然かしら。だって赤谷君だもの。他者の善意を素直に受け入れられなくても仕方がないかもしれないわね。人間が怖いのでしょう。孤独な生き物」

「おっと志波姫、それは失言だな。あれを応援だと言い張るなら、それはお前のなかの常識が欠如していることのエビデンスになりえる。アンケート調査したら世論は俺の味方をするはずだ」

「あなたにはアンケート取れる友達がいないと思うけれど」


 くっ、ああ言えばこう言いやがるからに。

 この嫌なやつになら出会い頭に足払いしたって許されるはずだ。


「志波姫、柔道したくないか」


 俺は極めて論理的・理性的な動機のもと、ちまーんと突っ立ってる志波姫に近づいた。

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