家庭科室の晩餐会
田端は拘束から解除されるなり尻餅をついた。
触手で絡められていた腕を撫でる。皮膚が赤くなっていた。そこだけ高温に晒されたように。
赤谷には田端を必要以上に痛めつける意思がなかった。英雄高校側からのペナルティを嫌がったわけではなく、田端の心理に少なからず共感をしていたからだ。
「立候補はしてないです。でも、代表者競技には出ます。それが血の樹らしいですし、今は俺の意思でもあります」
赤谷はそれだけ言うと、田端に背を向けた。
去りゆく背中を敗北者は見つめることしかできなかった。
━━赤谷誠の視点
怖過ぎんだろ。校内でいきなり絡まれるとか。
ただでさえチェインに狙われてるのに、上級生たちがあそこまで殺気だってるなんて、俺の平穏が脅かされすぎだって。
先々が思いやられる不安を抱きながら、家庭科室の扉をガララとずらす。
教室の真ん中あたりの、IH一帯型の机突っ伏す美少女の姿を発見する。ぐてーんと伸びた姿勢でスマホを眺める姿は、待ちぼうけをくらってる感満載だ。
言うまでもなくアイザイア・ヴィルトである。
「ん」
ヴィルトがこちらに気がついた。顔横の銀髪を耳にかけ、イヤホンを外す。線の細い髪がはらりと揺れる。
「実行委員会があってな、あと少しゴタついて」
待たせてしまったことへの罪悪感で、俺は自然と言葉を並べていた。
「言うほど待ってないよ」
ヴィルトはスマホの画面を見せてくる。顔を近づけると、プレイリストが6曲目が終わるところだった。待ち始めたからプレイリストの頭から再生したとして、24分くらいは待ったという意味だろうか。
これはどういう解釈をすればいいのだろうか。24分も待ったけど? あるいは24分しか待ってないよ? このメッセージの受け取り方次第では許しを得られないかもしれない。普通に考えれば24分は長い。俺の感覚では。だが、俺の対人経験で判断するのは危険かもしれない。そもそも俺は人を待たせた経験が少ない。なぜなら友達がいないから。一緒に遊ぶ約束して待ち合わせるとかあんましたことないから。だから、もしかしたら24分は俺の思っている以上に、待ち時間としてはたいしたことないかもしれない。
「それは24分待ったという皮肉か? だとしたら謝る」
「私は性格が良いからそんなことは言わないよ」
「左様ですか」
たまに酷いこと言ってきますよね。なんでもない顔して言ってきますよね。
「ポテトとソーセージ焼く」
ヴィルトは言ってイヤホンをしたまま立ち上がり、IHをピピっと点けるとフライパンを添える。
なんかし始めたな。あれ、今日って俺がペペロンチーノする日じゃなかったっけ。
俺が黙って見ていると、ヴィルトは不思議そうに首を傾げてこちらを見返してくる。じーっと。
「ペペロンチーノしないの」
「あぁ俺も作っていい感じか」
「うん。食べさせてもらうだけじゃ悪いよ。だからポテトとソーセージだよ」
ポテトとソーセージをお返しに焼いてくれるということか。
今夜はペペロンチーノに加えて2品メニュー追加だ。期せずして豪華になってきたな。
ヴィルトがバターをぺしっとフライパンに放り、油を敷くのを横目に俺はペペロンチーノに取り掛かった。
パスタを茹でながら、ソースをフライパンで作る。ただ今回はその前に一手間挟む。
最初はベーコンをフライパンで焼きまして、と。そこで少し遅れていつもの手順に入る。ニンニクを刻み、唐辛子も刻む。オリーブオイルを投入したら、刻んだ材料も放り込む。フライパンを傾けて、隅にオリーブオイルの池を作って、そこで茹でるようにしてニンニクと唐辛子の香りと味をオイルに染み込ませていく。
4分くらいかけてしっかりと炒める。その際、ベーコンが焦げないように注意する。
アルデンテな硬さまで茹でられたパスタを適量の茹で汁とともに、フライパンに移してソースと絡めていく。
途中で味見して塩加減を調整したら『高級のペペロンチーノ』の完成だ。
今回はベーコンも入れてるのでちょっとリッチな出来上がりである。
横を見やると、ヴィルトがお皿2つにポテトとソーセージを盛っていた。
「ジャーマンポテトと、チョリソー」
机のうえに料理を並べると、なんだか晩餐会みたいな雰囲気があった。豪華だ。
ヴィルトが両手をあわせて「いただきます」といい、ペペロンチーノを巻き始めたので、興味深く観察し、無表情が満足そうな顔を変わったことに見届けた。
俺もポテトにフォークを突き刺して口に運ぶ。焦げ目がカリッとしていて、中はホクホクとしていた。黒胡椒でシンプルに味付けされたポテトは、炭酸飲料をぐいっと飲みたくさせた。美味い。
今度はチョリソーをく口に運ぶ。カリッと音を鳴らして小気味よい食感が歯を楽しませる。ピリッと辛めの味わいが肉汁とともに口内に広がった。詰め込まれた塩っ気とニンニクとポテトは系統的に食べ合わせが最高で、そこにペペロンチーノを口に詰め込めば、もはや逆らい難い暴力的な旨みに脳は制圧された。とにかく、炭酸が飲みたい。それさえあれば一つ上の次元で優勝できるのに。だが残念かな。ここには怪物エナジーがない。
プシュッ
ヴィルトは無言でもぐもぐしながら、冷蔵庫から怪物エネジーを取りだす。
2本あるうち、1本をコトンっと俺のほうに置いてきた。
「ヴィルト、お前……」
こくりっと、ヴィルトはうなづいた。何も言わなくていいんだ、と。
俺はキンキンに冷えた怪物エネジーに手を伸ばした。ぐいっと勢いよく注ぎ飲む。ペペロンチーノと、チョリソーと、ジャーマンポテトの、旨味と油で支配された口に、怪物エネジーの爽快感が突き刺さった。まるで燃えあがる砂漠のなかでオアシスに辿り着き、冷たい水をがぶ飲みしたかのような痛快な感覚。
俺にも聖女が見えた。ヴィルトは施しを与えてくれる。俺も銀の聖女を保護する会に入ろうかな。そんなこと思いながら、再び俺のフォークはポテト→チョリソー→ペペロンチーノの、黄金ルーティンをなぞっていた。
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