赤谷誠はあしらう

 赤谷の身長は170cmほど。対する男は頭ひとつ背が高い。体の厚みもある。 

 成長期における2歳差は、ただそれだけで生物としての完成度におおきな差をつける。

 放課後の人気のない廊下にふたり、先輩と面と向かうと赤谷をして威圧感を感じるをことになった。


 とはいえ、赤谷は冷静だった。心を乱されることはない。動揺を表すことはない。

 高い精神ステータス、日々鍛錬していること、多くの死線を乗り越えてきたこと、それらが力になっているからだ。ダンジョンホール事件、擬似ダンジョン事件、生き残ってきた分だけ、それらは自信となって赤谷の双肩に積み上がっている。

 

 ただ、赤谷にも恐いものがある。


(2日前の寮でのゴタゴタは、財団の調査で俺を襲った生徒の精神状態が普通じゃなかったことがわかってた。だから、俺は同情や謝罪こそされることはあっても、責任追及されることはなかった。でも、いま目の前にいる先輩はチェインとは関係がない。シンプルにこいつの意思で制裁を加えようとしてきてる。これ暴れたらペナルティとか掛かるんでしょ。嫌だよぉ、喧嘩両成敗でこっちまで反省文また書かされるんじゃん)


 赤谷は考える。どうにか荒事にならずに済む道を考える。

 

「先輩、ここは穏便に」

「ああ、もちろんだ。俺も手荒なことはしなくないんだ、赤谷誠よ。お前が代表者競技を辞退し、ついでに銀の聖女さまと二度と関わらないことを誓えば見逃してやらないこともない」


 先輩━━田端智昭たばたともあきは拳をコキコキと鳴らした。


「拳をコキコキ鳴らすのはもうやる構えなんですよ。あと要求が地味に増えてますけど。さっきまで代表者競技辞退だけでしたよね?」

「気が変わった。お前のような生意気でナマズみたいな目をしたやつは銀の聖女さまの側にいることさえ容認できない」


(またナマズ言われてるし。これはもう本物のナマズと言っても過言ではないのでは?)


「最近の俺、校内乱闘しすぎなんですよ。2日前も寮で襲われたばっかなんです」

「そういえばそんな事件があったらしいな、気の毒だ。同情する。だが、お前のような腐った根性の人間ならば、誰かの恨みを買っても当然ではある。だいたい自己責任だろ」

「先輩もペナルティ喰らいますよ。絶対に言つけます」

「先生に怒られるのが怖くて正義が成せるか」


 田端はポケットからメリケンサックを取りだし、握り込むと、ダッとかけ出した。


「お前さえいなければ俺にだってチャンスが!」


 怨嗟を漏らしながら、田端は廊下に足を打ち込むほどの強く踏みこみ、全身のひねりを効かせたボディーブローを放った。

 狙いは赤谷の脇腹だ。現在の赤谷に鉄球はない。片手には購買のビニール袋。中身はパスタ、唐辛子、ニンニク、オリーブオイル、ベーコン。武器になりそうなものはない。

 

 田端には赤谷が1年生にしか見えていなかった。ただの運のいい1年生である。

 ただ、そうでないことは赤谷自身が自負している。自分には状況を切り抜ける手段があると確信している。


 赤谷は一歩スイっと滑らかなステップで後退した。

 ボディーブローが空振る。田端は拳を引いて、一歩前へ、続く2打目を放つが、赤谷は危なげなく手でパシッと叩いて流す。


(反応速度が……。ちっ、拳を当てるのは難易度高いな)


「舐めるな」


 田端は5打目を打ち終えたあたりで、赤谷がただの1年生でないことを認識した。

 ステータスに差があれば、レベルに差があれば、その差を押し付けるように戦えばどうとでも相手を仕留められる。

 だが、それが叶わない。その時点で赤谷は田端の速さについてこれることは自明だった。


 田端は腰を低くし、レスリング選手のようにタックルをかました。腕を広げて、決して逃すまいと深く踏みこむ。

 赤谷は『ステップ』で距離を取ろうとし、ぺたっと背後の壁に背中をぶつけた。


(後退禁止か)


「捕まえた!」


 田端は赤谷のお腹に頭突きするように腰に手をまわし、そのままジャーマンスープレックスへ繋げた。極端に背を反らせ、赤谷の脳天をリノリウムの床に埋めようとする。

 赤谷は地面に突き刺される前に手をついて一回クッションを噛ませることで、技から抜けだした。


「だにっ!?」


 人間離れした反応速度に田端は驚愕を隠せない。レスリング部だった田端にはタックル→投げへの自信があった。一度捕まえることができれば逃さない、そう自負するからこそ『瞬発力』を用いて、得意の技をいなして赤谷に恐怖した。

 ただの1年生は、その瞬間で田端にとって「自分より格上の1年生」になっていた。


 赤谷の雰囲気が一瞬で硬化する。戦闘を避けようとする柔らかい態度は息を殺し、そこには敵対者を制圧する覇気が溢れでていた。


 『筋力増強』+『触手』+『瞬発力』+『かたくなる』

 

「『怪物的な先触れモンスタータッチ』」


 赤谷は袖をまくり、左手を前へ突き出した。

 触手が勢いよく飛びだし、田端の身体の絡みつき、身体の自由を奪い去った。

 ねちょねちょした触腕は大きな蛇のように、意思をもって蠢き、万力で締めあげる。

 抵抗しようとも逃げられる気配はなかった。あまりに拘束力が強すぎた。

  

(なんだ、熱い、この触手、熱い……?)


「あ、いいい! うぐう! 熱ぃぃ! 焼けるぅう!!」


 『温める』×4━━━━『約定済みの烙印スティグマ・オブ・コントラクト』は対人において恐怖心を強く抱かせることにうってつけだった。火と熱は生物が頭ではなく心で理解する怖さである。

 

「あなたは俺に構うべきじゃない」

「ぁ……ぁぁ……」

「返事が聞きたいです」

「…………俺は、お前に構わない」


 赤谷は威圧的な眼差しを保ったまま、そっと触手による拘束を解除した。

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