接着剤のような男

 本日の体育祭実行委員会では、予定通りに校門設置のゲート作成をすることになった。

 どうやら設計図を上級生が作ってくれてたかので、俺たちはそれに従って作業をするだけでいいらしかった。

 

「では、我々も取り掛かるとしようか、赤谷━━━━いや、選ばれし者とでも呼ぼうか」


 白衣を翻し、無駄に二枚目な顔つきの男はいう。俺はこの男を知っている。知り合いと言っても過言ではない。ただ、この演技がかった声に反応をかえすのは言うまでもなく恥ずかしい。まず見た目からしてしんどい。まじでいつでも白衣じゃん。めちゃ浮いてるが。大勢の前で知り合いだと思われるのわりとキツめだが。


「どうした、赤谷。なにを戸惑ってる」

「薬膳先輩はすこしは戸惑いを覚えはいかがですか」

「残念だが、俺は感情というものをとうに失っている。俺に流れるのは赤い血ではなく、冷たい論理だけさ」

「中庭で名前呼ばれた時、わりと動揺してたの覚えてますよ」

「俺の記憶にはないな」


 くくくっと含み笑いしながら、大袈裟に肩をすくめる。


「薬膳、ちゃんとこっち手伝ってよ」 


 そういってネイルガンをずいっと彼に渡すのは、雛鳥ウチカ先輩だ。擬似ダンジョンではお世話になった。今日も可愛い。でも俺からは絡みにいかない。なぜなら危険だから。年上、可愛い、陽キャの三重属性はあまりに危険だから。


「赤谷後輩も悪いよ!」


 雛鳥先輩はびしっと指を突きつけてくる。桃髪サイドテールがふわりと揺れる。むっとして見つめられると、思わずたじろいだ。


「え、俺ですか……?」

「そうだよ、赤谷後輩が悪い。こんなのに構うから」

「いや、俺が構ってるわけじゃ」

「薬膳なんか誰にも相手されないんだから、赤谷後輩が構ってくれるから、嬉しくなってずっと話かけちゃうんだよ!」


 存外えぐい斬り方しますね、雛鳥先輩。もう薬膳先輩のの体力はゼロです。


「ほら、こっち来なさい」

「よせ、雛鳥、俺は選ばれし者だぞ! もっと赤谷と選ばれし議論を重ねたいんだ!」

「せっかく代表者に選ばれたのにこれじゃあ変な人扱い加速するだけだよ?」


 薬膳先輩はうだうだ言いながらも雛鳥先輩には抵抗できないらしく、ズルズルと隣の作業スペースに連行されていった。保護者かな、雛鳥先輩。

 

 自分の持ち場へ向き直ると、如月坂があぐらをかいて黙々と木材をノコギリで切断していた。手を動かしては紙をみて、えんぴつで印をつけて、またコキコキコキコキ━━━━。

 えらく真面目だ。俺にもなにも言ってこないし。口を開かず、無害だと、嫌なやつに思えなくなってくるから不思議だ。志波姫に半殺しにされてから牙を折られたのだろうか。

 

 向こうが干渉してこないのなら、俺から干渉することはない。

 俺は如月坂に背を向けてゲート造りに手を動かすことにした。


「赤谷さ、結局どうするの?」


 作業をはじめると隣に林道が移動してきて、腰をおろした。

 

「なにがだよ」

「そんなの代表者競技に決まってるじゃん」

「まあ、出るだろ」

「まじ? やっぱり、赤谷すごいね、私だったら永遠に縁のない話だよ」

「そうでもないかもしれないぞ。立候補しなくても選ばれるし」


 ジョークのつもりでボソッとつぶやいた。少し周りが静かになっていることに気が付く。

 あえ……なんか嫌な予感……周囲をチラリと見やる。先輩の何名かがこちらを見ていた。

 すぐに視線を逸らし、作業に集中することにした。まずいこと言ったかな。


「赤谷君、ここを『くっつく』しなさい」


 志波姫は言って木材の二辺を手で固定しながら、ずいっと押し出してくる。


「俺のことを接着剤がなにかと勘違いていらっしゃるので?」

「接着剤みたいなものでしょ。人間性が」

「なるほどな、人と人を繋ぐ重要な要って意味か。志波姫、お前、人を褒めるの上手いな」

「シンプルにねちゃねちゃしてるって意味で言ったのだけれど、ポジティブに解釈されてしまったわね」

「てか、ここ別に『くっつく』しなくてもいいだろ」

「一時的な固定よ」


 志波姫は頑なだ。普通に床に置いて作業すればいい気がするが「固定したほうが確実でしょ」と、押し切られてしまった。


 まあ減るものでもないか、と思い志波姫の木材を一時的に固定してやると、彼女は無言で ネイルガンをバインバイン打ち始めた。本人のほうからは永遠に聞こえて来なさそうな効果音に耳を傾けると、ほどなくしてひとつの作業が終わった。まあたしかに共同作業なら早いかもしれない、


「あ、赤谷! こっちもこっちも『くっつく』してよ!」

「別にそんなのくっつくしなくたって……」

「志波姫さんにはくっつくしたのに、私にはくっつくしてくれないんだ……(小声)」

「ん? なんか言ったか?」

「いや、別に」


 林道はどこか拗ねたように言う。

 そんなにくっつくして欲しかったのか。

 まあ、拒否するほどのことでもないし、いいか。


「はい、くっついたよ、大事にしろよ」

「やったぁ」


 そんなこんなで、その日の体育祭実行委員会はつつがなく終わった。

 流石は探索者見習いの集団というべきか、ゲートもすぐに完成した。


「じゃあねー赤谷ー」


 林道とは手を振って別れ、志波姫とは特に目を合わせることもなく解散する。


 今日のポイントミッションは終わっている。訓練棟へ足を運ぼうと思い、多目的室から向かおうと思い、手に持っているペペロンチーノ材料を見て思いだした。

 そこで気がついた。そういえばヴィルトとペペロンチーノ約束をしていたな、と。

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