実質デレと言っても過言ではない
「失礼しました」
そう言って俺は扉を閉じた。
学長室をあとにし、中央棟をエレベーターで降りる。
長谷川学長との会話が思い出される。
「大丈夫、君は1年生で不安もあるだろうが、数々の事件を解決に導いた実力がある。なにより2+1で意外とおさまりもいい」
「参加するだけでも、10万円の参加賞と、名誉が得られるんだぞ? 大人にとっても大金だ。学生なら財力で無双できるだろう」
そんな風に説得っぽい感じに話された。
長谷川学長は威厳ある見た目と、凄まじいバルクなので、前にするとちょっと萎縮してしまうのだが、この朝でずいぶんと印象が良くなった。
いや、もちろんほとんど脅しに近い形で代表者競技への参加を求めてくるところに好意を抱いているわけではない。3万文字or地下労働なんて、なんやねんの極みだしな。
言ってることは厳しいが、言葉の端端には俺への気遣いのようなものが感じられた。傲慢でもなかった。フランクで親しみの感じられる人物だ。あれで偉大な実力者だというのだから人を惹きつけるのもわかる。求心力、カリスマ、人徳、そんな感じのものが彼にはあるように感じた。政治家とか向いてそうだ。
そんなわけで俺は見事に説得され、代表者競技に参加する意思を固めた。
厳密には決断には至ってないが、ほぼほぼ参加するつもりだ。
理由は4つほど。
一つ目は、お金が欲しい。
動機としては一番強いかもしれない。
参加するだけで10万円。これすごくいいよな。
ぶっちゃけこれが参加理由の7割を締めている。
二つ目は、多少の興味がある。
希少な機会はそれだけで価値がある。
さらに言えば、なぜ立候補してない俺が選ばれたのか。
そこには何か意味があるのか。もしかしたら運命?
ロマンチックな奇跡が俺を導いてくれてるのだとしたら逆らうのはもったいない。
だから、代表者競技に興味がまったくないと言えば嘘になる。
三つ目は、反骨心。
俺が代表者競技に参加すれば、アンチが騒ぐ。
だが、ちょっとだけそれを面白いと思う気持ちがある。
もちろん不快感や恐怖のほうが大きいのだが、それでも、嫌な気持ちのなかに、怖いもの見たさがひとつまみくらいはある。
四つ目は、そもそも抵抗しても無駄。
参加しないという選択肢がなさそうだった。
血の樹の選択は重要なものなんだとか。大人たちが話し合って「出ろ」ってなったんなら、俺にはどうしようもない。
そんなこんなで、血の樹の意思と、大人の意思と、俺の意思のもと、代表者競技に出ることにした。
その日の放課後、今日も勤勉な模範生徒として1日を過ごし、放課後になった。
今日は体育祭実行委員会がある。擬似ダンジョン事件以来、ごたついてたので久しぶりの開催だ。
連絡は来ているので、おそらく今日から門作りが始まる。学校の門に設置するやつ木製のやつだ。
林道は相変わらず陽キャグループでわいわいしてるので、ひとりで1−4をあとにする。
始まるまで少し時間があるので、寮に戻って、前回『3人前のペペロンチーノ』で多めに買いすぎた食材を取りに戻り、ついでにベーコンを購買の加工肉コーナーで購入しておく。ペペロンチーノを少し進化させるためだ。
ホームルーム終わりで直行すると体育祭実行委員会がはじまる前に着いてしまうのはすでに知っている。
なのでこうして食材取りにいったり、 ベーコン買ったりしてからいくくらいがちょうどいいのだ。
そろそろいいか、と思い多目的室に向かうと良い感じに人が集まっていた。
「赤谷誠だ……」
こそっと声が聞こえた。視線を向けると先輩数名がこちらを見ていた。
言葉をかえすだけ争いに発展する。こういうのは無視するのが俺の処世術だ。
しかし、やりにくい空気だ。体育祭実行委員会の面々も、昨夜のことを知らないわけがない。みんな俺へ意識を向けてくる。あるいは実際には気にしてないのかもしれないが、俺が意識してしまっているので、かすかに聞こえるおしゃべりの声が、全部俺のことをヒソヒソ話しているように思えてならない。
「入り口に立たれると邪魔なのだけど」
今度の声はこそっとしてない。冷たく斬りつけるような声だ。
視線を少しさげる。肩にかかった艶やかな髪を手で払い、氷の令嬢・志波姫神華はいつもどおり不機嫌な眼差しを向けてくる。相変わらずそこらへんの人間を簡単に死に至らせるほどに恐い目つきだ。
だが、不思議とすこし安心する声だった。学校にいる人間すべてが相対的に変化したなかで、彼女は厳しさと寒さは、不変を貫いているように思えたからかもしれない。
とはいえ気力がない。いま彼女と言い合う気にはならなかった。ゆえに俺はスッと扉の前から退いた。
志波姫は虚を突かれたように目を丸くした。だが、すぐに俺の横を抜けて室内へ入ろうとする。
「明日は雪かしら」
「俺が素直なことはそんな珍しくねえよ」
「……。そう」
志波姫はそれ以上、言葉で斬りつけてくることなく、さっさと所定の席に腰を下ろした。
代表者触れてこなかったな。知らないわけない。これは彼女なりの手心なのだろうか。
はっ、もしやこれはデレ……? いくらでも悪口に事欠かないタイミングで見逃すというデレなのか……?
「実質デレと言っても過言ではない……だと……」
「なにひとりでぼーっと突っ立てるの?」
いつの間にか背後にいた林道が不思議そうに首をかしげる。独り言聞かれた。きつ。顔が熱くなっちまう。
「…………なんでもない。お前はいつも遅いな」
「時間には間に合ってるし! 遅刻したことないし!」
林道は「やー!」と言いながらチョップを打ち込んできた。ぽこっと効果音が聞こえてきそうな柔いチョップだ。
危ない。ドキッとした。こいつ俺のこと好きなんじゃないかって勘違いするところだった。陽キャ女子のスキンシップは心臓に悪い。
シマエナガギルドの実行委員が集まっている場所に赴き腰をおろす。
ジェモール先生が扉近くの椅子で足を組み、委員長の掛け声で体育祭実行委員会がはじまった。
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