学長室呼び出し
ホームルームが終わり、オズモンド先生が教室が出ていくなり、クラスはがやがやとした空気に包まれた。
我が平穏とは同級生たちの雑談のなかで、ひとり本を開いて、紙面の文字を追うことにあるが、今日はそうはしない。
オズモンド先生のあとを追いかけなくてはいけない。追いかけたくて追いかけるわけじゃない。さっきほど「学長が呼んでるよ、赤谷。朝のうちに行くように」と、ホームルーム終わりに指名されてしまった。ゆえに中央棟にいかなければいけなくなった。
中央棟は職員室や、図書室がある場所で、生徒たちが足を運ぶとしたら自習や課題のために図書室へ行くための建物である。あとはなんだかんだ職員室にもいくことはあるか。
「赤谷、また呼び出されてる」
「そんな目で見るんじゃないヴィルト。今回は職員室じゃない」
「聞いてた。学長室でしょ。行ったことないや」
「俺もだよ。羨ましいか」
「あんまり」
不良生徒を見る目で送られながら、教室を後にし、中央棟の1階にやってきた。
職員室のなかでは先生たちが忙しそうに動きまわっているのが伺えた。
「おや、赤谷君だネ」
ぎこちない声に振り返ると、茶色い髪の外国人が立っていた。背が高く、分厚い体。この学校には異邦の先生は珍しくはないのが、まあ、それでも目立つ風貌をしている。
「ジェモール先生、どうも」
体育祭実行委員会の監督者だったり、擬似ダンジョンでのポメラニアン捕獲作戦でそこそこ関係のある教師だ。名前がすんなり出てきた。
「ごきげんよう、今日もこの学校はホットな話題で尽きないネ」
「バンクシーの件ですか?」
「バンクシーね、面白いイタズラだヨ。非常に奥深いメッセージ性を感じるものだネ」
非常に奥深いメッセージ、ですか。
「だけど、リスクが大きすぎル。犯人が見つかればペナルティは重いだろうネ」
まじかぁ。そりゃそうかぁ。これバレたら学校追い出されるのでは……?
「聞いたよヨ、またチェインに影響された生徒に襲われたとカ」
「男子寮での話ですか? ちょこちょこ話題になってますよね」
「どうだったんだイ」
「どうだった、とは?」
「相手は上級生だったはずダ。それも2年生の間じゃ実力者として定評があった生徒でもあル」
強さ的な話だろうか? 俺が苦労したかとか、身の危険を感じたか、とか。
「怖かったですけど、意外となんとかなりましたよ」
「君は炎熱系のスキルに脅威を感じたかイ?」
結構、聞いてくるな。
「そんなでもないですけど。」
あいまいに返す。早く話を切り上げたかった。
ジェモール先生が嫌いとかじゃない。先生に捕まっていると、用事が終わらないのだ。
「なるほド……あの生徒では君の脅威にはならなかったト」
ジェモール先生はすこし思案げにし、ニコっと笑みを浮かべた。
「素晴らしいネ、君は優秀ダ」
「ありがとうございます、これでも結構成長できてるのかもしれないです」
「ああ、それともうひとつ。自分の住んでる寮のキッチンで襲撃されたのだろウ? やけに落ち着いてるネェ」
「なんでですかね、たぶん、胆力がついたんじゃないですかね。ハードな学園生活のおかげで」
精神ステータスのおかげかもしれない。心を乱されず、自我と意思を強く持ち、恐怖への耐性を得る。
俺はチェインに名指しで殺されかけてたんだ。寮から出られないくらいの恐怖に刈られていてもおかしくない。
でも今もこうして日常のなかに生きられている。
「そうか、それは良かっタ。でも無理はしないようニ。不安を溜め込むのは良くなイ。なにかあればすぐに保健室の島江永先生のところへいくとくんだヨ」
ジェモール先生は冗談っぽく笑い、俺も調子も合わせる。
「ところでエレベーターの前でなにヲ? それは上の階に行くためだけのものだヨ」
「あぁ、その上に行きたいんです。学長に呼ばれてて」
「なるほど、なら、そのエレベーターで合ってるネ」
「そうでしたか、ありがとうございます」
どうやって学長室にいくのかわかっていなかったので、道が正しいと保証してもらえてありがたい。
俺はジェモール先生と別れ、エレベーターに乗りこみ、学長室へとあがった。
学長室は中央棟の上階にある。中庭から見上げればその外観を見られる。ガラス張りの部屋で、悪の親玉がブランデーがはいったグラスを片手に、中庭見下ろしてそうな部屋で、誰かいないかなとか思いながらたまに見上げている。
物音のしない廊下を歩く。映画館みたいだ。音が跳ね返ってこない。職員室まえのがやがやした空気がここには一切無い。そして暗い。かなり暗い。床下の埋め込み照明の心許ない明かりが無かったら、歩くのを躊躇するほどの暗さである。
廊下を進むとやたら荘厳な扉が現れた。
こんこん。ノックすると、少し間を置いて「どうぞ」と声が聞こえた。「失礼します」と言いながら両開き扉の片方を、そっと引いた。
室内には2名の人影があった。
机を挟んで右側に長谷川学長が、左側には知らない男がいた。
左側の男は全体的に引き締まった印象を受ける男で、細身であるが、薄くはない。極限まで肉体の機能性を高めるために余計な筋肉をつけないでいるような、そういう雰囲気を感じ取れる。畢竟、おそらく戦いを生業にする者━━おそらく探索者だろうと思われた。
黒髪黒瞳、やたら顔立ちが整っており、男の俺でもついメス堕ちしかけるほどのイケメンだ。深紅の外套を羽織り、傍には銀色のジュラルミンケースが置いてある。
「あぁ、彼が赤谷誠だ」
長谷川学長は立ち上がり、俺を示し、左側の男に言った。
男は黙したまま、こちらへ視線をやってくる。3秒ほどじっと見つめてくると「君は探索者に向いてるな」と、落ち着いた声音で言った。
「あっ、ありがとうございます」
外套の男は長谷川学長に向き直り「それじゃあ、そういうことで」と言って、立ち上がった。
「もういいのか?」
「確信しました。彼も選ばれし者です」
外套の男は席をたち、ジュラルミンケースを手に取ると「失礼」と言って、俺の方へ歩みを進めてきた。俺は慌てて、道を開けると、スタスタ学長室を出て行ってしまった。
なんだか不思議な人だったな。
「よく来た、赤谷誠。もう1限がはじまる時間だから手短に済ませよう」
長谷川学長はたちあがり、席を移動して、奥の書斎机に浅く腰掛けた。
机上の冷蔵庫を開き、琥珀色の液体がはいったボトルを手に取った。
「やはりブランデー……」
「これは怪物エナジーだ。君も飲むか」
「せっかくなので頂きます」
怪物エナジーを高そうなグラスに注ぎ、互いに手に取る。グラスまで冷蔵庫にいれてあるのでよく冷えている。こんな入れ物で怪物エネジーを飲むことになるとは思わなかった。かなり美味しく感じられた。
「え、ああ、はい」
「有識者と議論を重ねた。結果から言うと君は代表者競技に出なくてはいけなくなった。逃げることは許されない」
「え、ええ……昨日はまだ選択の余地がある風だったのに」
「ある風だっただけさ。もうなくなった」
「逃げたらどうなります?」
「身柄の拘束のち、3万文字の反省文を書き上げることになる」
「それはもう小説なのでは……?」
「あるいは地下労働という選択肢もあるが。好きな方を選ぶといい」
「ここ高校ですよね……?」
一晩のうちに退路は完全に塞がれてしまったようだ。
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