アイザイア・ヴィルトは話題を繋ぎたい

「にゃあ(訳:そろそろ動物愛護団体に保護してもらうのも考えるべきかもしれないにゃ)」

「普段は優しくしてあげてるだろうに。よーしよしよし」

「ごろごろ」


 喉を鳴らすツリーキャット。かわよ。無限にモフれるんだが。


「新武器も試しておくか」

「にゃ?(訳:新武器にゃあ?)」

「できることは多い方がいいと思ってな」


 朝の残りの時間はトレーニングと検証に時間を使った。俺は有意義に時間を使う男。常に成長し続けるのだ。よろしくお願いします。

 登校時間になったので訓練棟を慎重に出る。志波姫の姿は確認しているのでバレないようにだ。


 男子寮に戻ろうとすると、すれ違う生徒に視線で追われた。有名人を見る目だ。もちろん嬉しくはない。


「まったく、なんでこんな目に……」


 ところん理不尽だな、と思いつつも支度をし、教室棟へ向かった。

 

「ミスター・アイアンボール、スキャンダルだな」

「実力者だとは思ってたけど、まさかあそこまで大胆な行動もできるのか?」

「赤谷って普段喋らねえのにやることはすげえよな」

「ミスターのこと先輩たちが探してたぞ」

「俺、知ってるか聞かれたけど答えなかったぜ」

「決闘でもするのか? するんだろ?」


 教室にたどり着く手前から廊下にでている同級生たちにちょこちょこ話しかけられる。あんまり親しくない連中なのに、どうして平然と話しかけられるのだろうか。

 何度かあったミスター・アイアンボールブームの名残があって、それで俺に話しかけやすくなっているのか? あるいは普通に話しかけられる程度の関係値があるのか? 


「俺はなにもしてないんだ。マジで。ガチで」

「それマジで言ってるのか? 立候補してないって?」

「マジだ。俺は代表者競技に立候補してない」

「選ばれてるのに?」

「それもよくわかんない仕様だよ。俺だってなにがなにやら……」


 まるでわからない。

 みんな思っている以上に俺の方が混乱してるんだ━━━━ということを、簡単に伝えた。話しかけてきた同級生の男子たちは「はぁ」と納得したのか、してないのか微妙な声をだす。

 

「もういいだろ」


 俺は連中の肩をかき分けて自分の席に腰をおろした。

 

「おはよう、赤谷」

「あぁ」


 ヴィルトがすくっとタブレットの画面から顔をあげた。水色の瞳がなにかを問いたげにじーっと見てくる。俺は返す言葉をもたない。たぶん、きっと、おそらく、十中八九、昨日の代表者選抜のことだろうけど。もしかしたら違うかもしれない。その可能性を俺は捨てないぜ。だから俺からその話題を持ち出すことはないんだ。


「代表者選抜」


 ぼそっとつぶやくヴィルト。はい、アウトです。ありがとうございました。


「おめでとう。1年生で代表者はすごいよ。初めてのことかも」

「おめでたいかはまだ判断できないけどな。みんなに関心を向けられて、あんまり良い気持ちじゃないんだ」

「そうだね、赤谷は影に生きる者だもんね」

「その通りだが、角の立つ言い方だぞ。是正したほうがいい」

「じゃあ是正しようかな」

 

 そこで会話は終わる。俺とヴィルトは視線を1秒、2秒交錯させ、彼女はタブレットに、俺はバッグから取り出した文庫本に視線を移動させた。

 俺たちはおしゃべりな人間でもないから、会話が長く続くことはない。これが普通。これが日常。代表者選抜の話を持ち出されたときは、ドキッとしたが思ったより彼女との間には普段と同じ空気感がある。これは嬉しいことだ。


「バンクシー」

「え?」


 珍しくヴィルトは2つ目の会話を持ち出した。

 ぼそっとつぶやかれた単語は「バンクシー」だ。


「バンクシーが出た。女子寮に。聞いた?」

「……あー、いま聞いた。バンクシーだったか?」

「完全にバンクシー。前衛的な社会批評がこめられてるって美術の先生が言ってた」

「そうなんだ……」

「素性不明のアーティストだよ。すごいよね」


 言って、ヴィルトはスッとタブレットに視線を落とした。会話終了。


 そうか、完全にバンクシーだと思われていたか。

 話題になりつつある、とな。学校は一過性の話題が絶えず入れ替わる場所だ。

 あるいは俺の代表者競技の話題も、バンクシーの話題にすげかえることが可能かもしれない。そんなことを漠然と思った。バンクシーがそんな話題性を持つとは限らないのだが。

 

「ペペロンチーノ」


 ヴィルトはぼそっとつぶやく。

 今日は本当に珍しい。3つ目の話題が出てきたぞ。


「ペペロンチーノ、美味しかった」


 先週末のポイントミッション『3人前のペペロンチーノ』でご馳走した件かな。


「ペペロンチーノだけは極まってるからな。俺の得意料理なんだよ」

「うん、そうだろうね」

 

 ヴィルトはうーん、っと迷った風に口を閉ざす。その間も水色の美しい瞳はこちらをじっと見ている。彼女と話しているとこういう時間がわりとある。顔が良すぎてすごく緊張する。彼女のこの視線に慣れることはない。


「今度、また食べたい」

「そうだな。林道といっしょにまた━━━━」

「いろんな人とペペロンチーノするのはよくないと思う」

「そうか、な……?」

「うん……モラル的に」


 そうか。モラル的によくなかったか。

 

「そういうことだから、またペペロンチーノ作ってほしい。と思ってる、たくさん」

「まあ、別にいつでも構わないけど」

「うん。夜食は食べないで待ってるね」


 これ今夜の話してますね。まあいいけどさ。

 ペペロンチーノを食べられることが決まり、ヴィルトは心なしか嬉しそうだった。

 ヴィルトのやつ、見かけによらず結構食いしん坊なんだな。

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