召喚係という逃げ

本日も体育祭実行委員会がはじまる。

 如月坂の姿は見えないが……まあ、参加する気にはならないか。

 シマエナガギルドの皆がまとまっている場所へ、俺と林道は合流し、腰をおろすと、ぞくぞくと多目的室に入室者たちがやってきて、すぐに会議はスタートした。

 前回の委員会で示された係から、自分のやりたい物へ立候補していく。

 みんなが次々と立候補するなか、俺は召喚係を務めることにした。


「召喚係ってなに? 赤谷、なんか呼び出すの?」

「たぶん思ってる召喚と違うぞ。モンスターとか出さないから」

「へ?」

「当日にそれぞれの競技に出場する選手を呼びにいく係だ。生徒みんな自分の出場種目の時間をちゃんと覚えてて、所定の時間に待機場所に来てくれればいいが、実際はそうはいかないだろ。うっかり忘れてたりする。そういう時に動く仕事だ」

「へえ、赤谷なのに人と話す仕事選ぶんだ」

「どんな感想だ。別に俺は人と話すのが苦手なわけじゃない。事務的な会話ならむしろ得意だっての。普段は選んで話さないだけだ」


 林道が勘違いしているようだが、俺は人と話せないのではなく、話さないだけなのだ。


「大変な仕事だが、だからこそ俺のような対応力のあるやつが必要なんだよ」

「へえ、そうなんだぁ、たしかにいろんな人を呼びにいかないとだから大変そうだねぇ」

「はぁ、赤谷君、自分をおおきく見せようとするあさましい振る舞いはやめなさい。見るに堪えないわ」


 冷ややかな声を挟み込んでくる志波姫。


「赤谷君が召喚係の仕事を選んだのは、当日クラスの応援席にいなくてすむから疎外感を感じないという利己的な打算からよ」

「そうなの、志波姫さん?」

「ええ。そして、その男は係の仕事を盾にしておそらくは自分の出場種目数を減らすつもり、仕事優先を演出する職権濫用ね」

「うわ、ただの自己中じゃん、サイアク、赤谷!」

「落ち着け、林道。そして洗脳を試みるのはやめろよ、志波姫。俺の思考をトレースできる時点で、おまえが召喚係を選んでる理由も透けて見えるぞ」


 ホワイトボートをビシッと指差す。召喚係と書かれた欄には「赤谷、志波姫」と2名の名前が書かれている。

 

「わたしはクラスで疎外感を感じないのだからその論理は通用しないわ」

「そんな言い訳がいまさら通用するとでも思うか」

「たはは……召喚係って人気なんだね……」


 林道は反応に困った風にぎこちない笑顔を浮かべるのだった。

 役割決めは順調に進んでいく。委員会の参加者は自分の役目を告げたあとは、友達とおしゃべりしたり、カバンの中のスマホをこっそりいじったりと、本日の仕事はおわりモードに移行していた。志波姫はなにを考えているのかわからない横顔で、ぴんっと背筋を伸ばし、前を見ている。

 俺は頰杖ついてぼーっと時間が過ぎさるのを待っていると、林道がしれっと席を立ち、召喚係に立候補したのがわかった。

 腰をおろすなり、こちらをちらと見てくる。


「あはは、なんかみんな召喚係に立候補しないからさー!」


 聞いてもないが、そう言って愛想笑いをする林道。

 そうか。まあ、彼女は人気者だ。俺や志波姫のような文脈は通用しない。

 同じ係が林道なら俺もやりやすい部分はある。別に嬉しいとかじゃないから……「そうか」とだけ相槌を打っておいた。

 

「では、今日はこんなところですかね。実行委員会を終わりにします。ありがとうございました」


 今日のお勤めが終わった。そう思い席を立とうとすると、実行委員会のジェモール先生が寄ってきた。

 茶色い髪の異国風の男性だ。体がデカく、背が高い。多目的室の端っこで、ほとんど椅子に座っているだけだが、適宜運営に関してアドバイスを送ったりしてる。きっと体育祭の担当かなんかなんだろう。


「君が赤谷君かネ」

「はい、赤谷は俺です」

「オズモンド先生から言伝を頼まれててネ」

 

 言って愉快げな笑みをうかべるジェモール。嫌な予感しかしない。


「きたる英雄高校体育祭当日、代表者競技の『探索者物語』でポメラニアンを使うんダ。毎年、擬似ダンジョンのポメたちを実行委員が捕まえているらしくてネ」

「はあ。らしい、ですか」

「ワタシは今年から着任したばかりだからネ、厳密には業務を実行したことはないんだヨ」


 そういえば、最初の実行委員会の時に自己紹介でそんなこと言ってた。新米だから実行委員会の監督を任されたとか。


「今日はそのポメラニアン捕獲があるんダ。オズモンド先生は君にポメラニアン捕獲に参加するように言っていたヨ。ペナルティがだとカ」

「はぁ」


 あの人にとってはペナルティは俺を動かすための魔法の言葉扱いだな。


「わかりました、いきます」


 捕獲という言葉を聞いてピンとくる。

 今朝確認した今日のポイントミッションが確か捕縛だった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【本日のポイントミッション】

  毎日コツコツ頑張ろう!

 『我、触腕を操るものなり』


 触手でモンスターを捕縛 0/10


【継続日数】32日目

【コツコツランク】ゴールド

【ポイント倍率】3.0倍

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 


 実行委員の業務に従事すれば、同時並行でミッションを達成できるだろう。


「それじゃあね、赤谷、あとは頑張って!」

「おう」


 林道は手をフリフリして先に帰っていく。

 多目的室には上級生たちだけが残っていた。

 ポメ捕獲は例年、2年生、3年生の仕事らしい。


 俺が席に着き直すと、志波姫は席を荷物をまとめて、しれっと通り過ぎようとする。

 行く手を阻むジェモール先生。志波姫は小首をかしげて「なにか」とたずねる。


「志波姫くん、だネ。君もオズモンド先生のご指名だ」


 凍える眼差しがこちらを見てくる。なんで俺を睨むんだ。


「ようこそ、こちら側へ」

「はぁ」


 志波姫は頭痛を抑えるようにおでこに手を添え、がっくしと肩を落とした。

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