赤谷誠は少しだけ詳しくなる

 告白の現場を覗き見するのは青春法ではそれなりの刑罰に該当するのだろうか。

 どれだけの刑を言い渡されるのか。志波姫のことだ。指くらいは落とさないといけないだろうと覚悟を決めておく。


「どうして気づいたんだ。いや、言うな、気配とか言い出すんだろ」

「そうね……陰湿で不快な視線を感じたから、かしら」

「俺を傷つけるために言葉を尽くすんじゃない」


 視線とかって感じられるものなのね。流石は剣聖。


「あんなに言うことなかったんじゃないのか。傷つくなんてもんじゃねえだろ。死人が出るぞ」


 なにか悪口を言われる前に、相手の非に言及する。

 高等話題転換術で刑罰を逃れてみせよう。


「あら、赤谷君にしては珍しいわね、あれの心配をしているの」

「あれって……そんな呼び方してると、友達いなくなるぞ、あっ」

「そのわざとらしい煽りじゃ効かないわよ。友達には定義がある。各々の価値観をぶつけあう以上は、そこに一様の定義はなく、またそれぞれの解釈が存在する。だから、あなた基準での友達の概念はわたしにとっては無意味で、その蒙昧な定義でたとえ友達なしと言われたところで全然効かない━━」


 なんかぺらぺら饒舌に語っている。たぶん効いてる。わりと効いてる。


「あとなにより赤谷君が友達のことを語る資格はないと思うわ」


 最後に斬り返してきた。


「正論ばかりじゃ世の中は回らねえんだよ」

「……そうね。その言葉には同意するわ。世の中、正しいことが必ずしも正しいとは限らないらしいから」


 志波姫は一瞬、遠い目をする。過去に思いを馳せているのか。


「42回」

「……なんの数字だよ」

「中学時代に告白された回数。男子に40回。女子に2回」


 え、ぇぇ……。


「俺は0回だが」

「聞いてもないのに傷を負いにくるのね。異常性癖?」

「いや、お前が情報を開示したのなら俺も開示しないとフェアじゃないかなと」

「……生きづらい性格ね。別にそんなところで道理を通さなくていいわよ」

「なんだよ、いらねえダメージを受けたじゃねえか、自爆させるのうますぎか」

「勝手に自傷ダメージ受けただけでしょう」


 志波姫は半ば呆れた風に首を横に振る。


「ああいう手合いは最大威力を持つ返事をしないと意味がないわ。ギリギリでゴールポストを外したと勘違いしないように」

「ゴールポストからの遠さまで言葉にする必要あるのか」

「相手を確実に処理するため」


 おかげで如月坂さん消し炭になってましたよ。


「モンスターには一太刀で一殺をもらう。それと同じこと。一度告白してきた人間が二度目を考えられないようにする」

「42回も告白された経験から来る超絶理論というわけか。理解し難いな」

「モテない男子にはそうでしょうね」

「一言多いぞ。……しかし、意外だな」

「何が」

「お前みたいな変なやつが人気者だったことがだよ」

「当然でしょう、赤谷君じゃあるまいし」

「赤谷だって中学時代は人気者だったかもしれないだろうが……っ」

「愚問ね。あなたのような生き物が受け入れられるコミュニティはこの国に存在しないわ」

「勝手に全国規模で俺の居場所を失くすんじゃねえ」

「そう? では、世界全域にしましょう」

「より広がってんじゃねえか」


 志波姫は細い指を顎に当て、おかしそうに薄い笑みを浮かべる。

 

「でも、人気者というのは少し語弊があるかもしれないわね」


 42回も告白されてる人間が人気者じゃないわけがない。


「わたしにできないことはなかった。大抵のことはなんでもできるの」

「いきなりスペック自慢するな。そろそろアレルギーを起こしそうだ」

「事実を述べることを恐れてはいけないのよ。赤谷君も自分のねじ曲がった人格を問題視して、矯正不可能な事実として受け止め、身を投げる決断をしたほうがいいわ」

「さらっと身投げへ誘導するんじゃない」


 隙あらば俺を抹消しようとしてくる。


「しかし、なんでもできるか。なんでもとは大きく出たな。なんでもって言葉の重みを知らないな?」

「そう。ならなにかジャンルを言ってみて」

「そうだな。中間テストの順位は」

「言うだけあなたが傷つくわよ。というより、想像がつかないの。わたしは新入生代表だったのだけれど」

「あれって成績で選ばれてるのか?」

「それを知らないことが驚きね。普通に1位よ。全教科」


 りんごが木から落ちるように、一日が24時間であるように、彼女は自然の摂理として当然のことのように自分の順位を述べた。


「全教科って……10教科くらいなかったか」

「幼稚園の頃の習い事のほうが多かった」

「えっと、それじゃあ……けん玉とか……」

「全日本大会で優勝したわね。八段も段位も持ってる」


 なんでだよ! なんでそんなところにまで手を伸ばしてるんだ!


「噂には聞いてたが……すごいんだな」

「わたしは優れた人間だから当然よ。当たり前にできる。どう、嫌な存在に思えてきた?」

「いや、特には……なんというか、非常に癪だが、尊敬するよ」

「ふむ、そういえば赤谷君は男子だったわね」

「俺のこと男子としてみてなかったのかよ……」

「見てもらえるほどの器なの?」

「そんなこと聞くな、悲しくなるだろ」


 器の程度を本人に聞くんじゃねえ。どう答えればいいかわからないだろうが。


「男子で優れた人間、そうね、如月坂君は優れているように見える?」

「普通に嫌いだが」

「まわりの女子の好意を一身に集める男子」

「死ぬほど嫌いだが?」


 我がルサンチマンそのものだ。


「同じよ。わたし可愛いでしょう」


 俺はあと何回、お前の自信家ぶりにツッコめばいいんだ。誠に本当に遺憾ながら、志波姫神華が美少女なのは揺るぎようのない事実であり、俺も認めざるを得ないのだが。


「男子はみんなわたしへ好意を向けてくれる。裏返すように仲良いと思っていた女の子たちの様子が変わり始めたのは、小学5年生あたりからだったかしら」


 なるほど、俺にも想像ができた。志波姫は完璧にすぎたのだ。


「どうりで友達がいないと思ったら……わかるぞ、その気持ち」

「赤谷君に共感されるほど惨めな気分になることもないわね」


 志波姫はジト目を向けて「死になさい」とでも言いたげに嫌悪感を示してくる。その目やめろよ。こええって。


「でも、だとしたら余計わからないな」

「なにが」

「どうしてそんな厄介者のお前が告白されるんだ」

「あら、わからないの? みんな表ではモンスターを討伐しようと徒党を組んでいたのに、裏では自分ひとりだけ、わたしという宝物を手に入れようと抜け駆けするのよ。ひっそりと、こっそりと。━━憐れなヒロインを助ける王子様にでもなったつもりだったのかしら。……あの雑種ども」


 普段から恐い目つきをする女だが、今の志波姫のそれは程度が違う。おかげで英雄王みたいになってる。底知れぬ暗さ。空気が音を立てて凍りついていく気がした。俺はこの件に踏み込めるほどの十分な勇気を持ち合わせていなかった。ので、こほんと咳払いをお茶を濁した。

 呼吸音にさえ気を使うような肺を凍らせる空気が俺と志波姫の間に広がっていく。

 

「あ! 赤谷っ!」


 明るい声がした。暗い穴の底に垂らされたか細い糸。俺はすがる気持ちで声に素早く視線を向けた。

 凛々と元気にポニーテールを揺らすのは林道であった。その背後からもチラホラ人影がやってくる。


「もう! なんでひとりで行っちゃうの! オズモンド先生一緒に行くように行ってたのにっ!」

「それは俺が逃げないように監視するって意味でだ。俺は自分の足で多目的室まで来たんだ。問題はねえだろ」

「え? いや、まあ、そうだけど、ありゃ、じゃあいいのか? ……あっ、志波姫さん……」

「こんにちは」


 志波姫は他人行儀な挨拶をして、体育祭実行委員長に解錠された多目的室へ入っていく。

 林道は俺ととおざかる背中を交互に見やる。

 

「え、えっと、なんか邪魔しちゃった、かな……?」

「気にすんな、ちょうど終わったところだった」


 あの空気感から救ってくれたことへ心の中で感謝を述べつつ、しかし、どこか空を掴むような不完全燃焼感を俺は抱いていた。期せずして如月坂の告白現場━━否、処刑現場を目撃したことで発生した会話イベント。志波姫神華の過去への示唆、どこか俺と重なるものがあるように感じていた。俺と彼女は同質の傷を知っているのかもしれない。淡い期待にすぎないが……そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る