クラス内勢力図

 洗面所でポイントミッションを確認し、朝のトレーニングを終えて、ペペロンチーノ食って、教室へ向かう。

 教室につけばいつもの風景が待っていた。ワイワイ。がやがや。入学式から2ヶ月が経過し、いよいよ最終解答を得たクラス。小さなコミュニティのなかでグループは固定化され、今後このグループが変化することはない。みんな自分の首にかかっているパスポートを確認して、そこに書かれた属性と、つるむ仲間の属性を照らしあわせて合意の上で徒党を組んでいる。なお、俺のようにそもそもパスポートを持ってない奴もいる。


 クラスを眺めてみよう。


 まずは右手前。教室の入り口近く、バレー部女子たちのグループ。首をわずかに傾ければ視界に入ってしまうので、注意を払って見ないようにする。志波姫や林道に言われたが、俺の目はどうにもナマズに見えるらしい。周囲に不快感を与えないように━━特に女子には━━細心の注意を払う。


 右後方。オタク臭さのある男子のグループ。顔面偏差値は40台の集団だ。俺と最も近しいグループである。俺も群れの中に必死に居場所を探していた頃は、ああしたグループに属していた。我が故郷。同志たちである。


 左後方。クラスの中央政府。いわゆるカースト上位勢。林道が所属するグループ。陽の女子と陽の男子が、教室の幕府政権を築いている。あそこ青春オーラには吐き気さえする。おもしろくもないジョークに明るい笑い声をだし、調子を合わせる。嘘と策略の貴族社会を見ているかのようだ。


 左前方。男子サッカー部4人衆。たまに廊下を走ってる。楽しそうで何より。ただ勢い余ってぶつかってくる時は殺意を覚えた。


 以上が4組の大型ギルド勢力図だ。クラスにはこれ以外にもちいさな小規模ギルドが点在して、大型ギルドの勢力図の間で暮らしている。


 我がクラスの姫『銀の聖女』アイザイア・ヴィルトは孤島だ。彼女はよく音楽聴きながら勉強をしている。授業の科目がほとんどだが、たまにスペイン語とか授業関係ない分野にも手を伸ばしている。俺にはまだ理解できない行動だ。


 彼女はクラスでひとりでいるシーンが多いが、それは別に彼女は嫌われているわけではない。

 ただ孤高すぎるだけだ。肩から落ちる絹のような銀髪と北欧の雪のような肌。吸い込まれるような魅惑の蒼瞳。それら容姿端麗さは語るまでもなく絶世のものだ。さらに、中間テストでは数学と異常物質概論で学年2位だったらしい。総合順位も一桁だとか。勉学においても非の打ち所がない。完璧美少女とは彼女のような存在を言うのだろう。俺と並べないでくれないかな。存在感が霞むどころか消失しちゃうんですけど。


 林道のグループが幕府なら、彼女は朝廷と言える。近づいてはいけない存在。神聖領域。彼女に話しかけて仲良くなろうとするものは後を絶たなかったが、ヴィルトがつまらなそうに「うん。うん。そうだね」みたいな対応をするため、大抵は話しかけた側が「つまらない話してすみませんでしたッ!!」と謝りながら去ることになる。イカロスが蝋で出来た翼で太陽に近づきすぎた時のように、それを教訓としたのだろう。今ではそっと遠くから眺めさせてもらえるだけでみんな満足してしまっている。天上の存在に近づこうとしたことが間違いだったのだと自戒するように。


 彼女の名誉のために俺が弁明するならば、彼女は冷たい人間ではないと言うこと。リアクションは薄味かもしれないが、それは彼女のガワであり、真実はトレーニングが好きな普通の女子高生だ。もちろん厳密に言えばなにも普通ではないのだが……とにかく普通なのだ。人格とか、倫理観とかそこら辺は。


 ちなみに平熱にして孤高の朝廷のとなりにあるボロ宿がこの俺、赤谷誠の座席である。

 俺とヴィルトは席が隣だし、ふたりして一人で時間を過ごしているので、たまに話をする。


「赤谷、なに読んでるの」

「『吾輩は鳥である(著:作家エナガ)』」

「あった。電子書籍もあるんだね」

「みたいだ」


 こんな具合だ。会話としてカウントするにはやや短い文脈なことが多いが。

 俺から話しかけた回数は片手で数えられる。教科書忘れた時と、教科書忘れた時、それと教科書忘れた時だ。

 今にして思えば、ああしたヴィルトとの短い会話の数々が、銀の聖女を保護する会では罪としてカウントされていたのだろう。


「赤谷、おはよう」

「あぁ」


 席につきオズモンド先生が来るのを読書して待つ。教室の前の扉が開く音がすれば学校がスタートする。


 本日も俺は授業を真面目に受けた。期末テストへ向けてひとつずつ積み上げる。次こそ必ずや良い成績を収めたい。


 1日が終わる。ホームルームも終わる。オズモンド先生は教室を出ていく際、こちらに近づいてきた。来るな来るな。


「このあとは体育祭実行委員会だ。ちゃんと出るように」

「この赤谷は、与えられた仕事から逃げたことはありません」

「君の言葉をそのまま信用するには勇気が必要だ。ああ、林道くん、赤谷がサボらないように一緒に行ってくれよ?」

「大丈夫です、赤谷のことは任せてくださいっ!」


 意気込む林道。愉快げなオズモンド。

 注意しなくても逃げたりしないっていうのに。

 スクールバックに荷物をまとめ、背負い、扉へ向きなおると幕府どもがいた。

 ちょっとちょっと、カースト上位陽キャ集団で扉の近く占領しないでくれますか。俺の同胞たち━━陰キャ集団━━が萎縮して、反対側の扉に向かってるじゃないですか。


 オズモンド先生には一緒に行くように言われたら、とてもじゃないが今の林道に話かける気にはならない。

 俺は幕府によって関税をかけられた扉を避けて、前方の扉から廊下へ出て、自販機で怪物エナジーを2本買って一本をバッグへ、一本を開けて片手に持ちながら多目的室へ。

 

 多目的室の前、随分とはやく来てしまった。まだ人の気配はない……いや嘘だ、すぐに目につく背の高い男子がいた。なんで視界に捉えてしまうのだろうか。如月坂だ。

 その隣、ちみっこいのがいる。光波の泳ぐ黒髪を手で払い、腕を組む少女。志波姫だ。

 1組体育祭実行委員は行動がおはやいようで。この赤谷誠にとって最悪のコンビではないでしょうか。幸い、向こうは俺に気がついていない。このままやり過ごそう。俺は少し下がって、階段を上がりきったあたりの壁に背を預けて待機する。


「志波姫、この前の話、考えてくれたか?」

 

 如月坂の声。ちいさな声でなにか話し始めた。


「俺に気があるから実行委員に立候補したんだろ? 俺が欲しくなったのか」


 え? 気がある……欲しくなった? それって志波姫が……?

 俺は奇妙な感情に駆られた。無性に興味を掻き立てられ、俺はそっと向こう側をのぞきこんでいた。

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