ステップ

 志波姫は肩を手でパッパッと払い、じろりっとこちらへジト目を送ってくる。怖い。


「悪くないスキルだと思うわ。欠点は生理的に無理なこと」

「ありがとう、褒め言葉として受け取っておこう」

 

 普通に考えたら「悪くないスキルだわ」と言う前置きからの皮肉。しかしながら「生理的に無理」と言うのは、女子ならばわからない感性でもない。氷の令嬢・志波姫神華の言葉というフィルターを通せば、これはもう完全に純粋な褒め言葉なのだ。訓練された俺にはわかる。


「遠隔へのスキル攻撃に最適だわ。3本もあるから応用の幅もありそう」


 お、めっちゃ褒めてくれるじゃん。


「欠点は使用者が赤谷君と言うことくらいかしら」

「さっきも欠点言ったが?」

「あとこれは言いづらいのだけれど、赤谷君が生きてること……かしらね」

「遠慮するふりをした純粋な悪口はよせ。もうスキル関係ねえし」

「とりあえず、1年4組赤谷誠に触手で襲われたとオズモンド先生に報告しておくわ」

「本当にすみませんでした、お願いしますから勘弁してください」

「なにか間違ったこと言っているかしら」


 志波姫は「はて」ととぼけた表情で小首をかしげる。

 可愛らしい仕草だが、うれしくはない。


「それじゃあ、わたしはもう行くわ」

「疲れてるところ悪かったな」

「そう思っているのなら最初からスキルの実験台にするの控えてほしいのだけれど」

「仕方ないだろ。ワクワクとひらめきは止まらねえってナナチが言ってたし」

「恐ろしく身勝手な言い分ね……赤谷君らしいと納得してしまうのがなんだか悔しいわ」


 志波姫はおでこに手を当てて呆れたように首をちいさく横に振った。本当に疲れていたらしく、それ以上はなにも言わず、トボトボと去っていった。

 

 ちいさな背中が見えなくなるまで、なんとなく見送ってから、自分の訓練場に戻った。

 触手さんの検証はこんなところだろう。

 次は本日解放したもうひとつの新スキル『ステップ』を見てみよう。


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『ステップ』

アクティブスキル

ステップ移動を強化する

【コスト】なし


巧みなステップに酔いしれる

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 いけすかないスキルだが、これを取ったのには理由がある。

 言うまでもなく移動能力の補強である。敏捷によって随分と動きやすくなったし、身軽になった実感はある。ただし、どうにもこいつを使いこなせている気がしない。なんと形容すべきかわからないが、本気で動くとモタつくのだ。足元がついていかない。

 検証したところ、俺は仮説を立てた。筋力ステータスを完全に使いこなせていないのと同じ現象が起きているのではないだろうか、と。

 つまるところ、敏捷によって動きは軽くなったと言っても、俺の体がスピードを捌ききれないのだ。


 ステップ移動なるものがどんなものかわからなかったので、反復横跳びの要領でピョンっとスライド移動する。


「ん? なんか……速いな」


 ピョン、ピョン、ピョン。うん速い。

 モタつかない。足がついてくる。

 なんだか楽しくなってピョン、ピョンして訓練場の端っこまで行った。

 あることに気が付く。疲れない。息が切れてない。


 今度は走って訓練場の入り口まで戻る。

 息は切れないが、身体が熱をもった。じんわり脇とかに汗をかく予感がする。

 

「これは……スタミナ軽減か?」


 同じ距離を移動する場合、普通に走るより、バスケのディフェンスみたいにスライド移動する方が、はるかに疲れると思うが、今俺の体はそうは感じていない。これは『ステップ』の恩恵だろうか。


 俺は目に見えないパラメータ、スタミナの存在を意識しながら何度か同じような検証を繰り返し、確信に至った。


 間違いない。『ステップ』によるステップ移動を強化する、と言う言葉にはスタミナ軽減系の効果が含まれている。他にも速度上昇、体感の安定など、地味ながらさまざまな補助が働くとみえる。ちなみに前方と後方へのステップもスムーズだ。足首の動きだけで安定姿勢のまま移動できる。踵で地面を蹴ってる感じだ。武道的にいえばすり足とか足運びという領域の話になるのだろうか。


 試しにスマホで横から撮影してみた。体幹を意識して動くと、ビュンっと頭と肩の高さがずれずに横にスライド移動した。恐怖映像だ。地味だが異質さを感じる動きというのは怖いものなのだと改めて思った。てかキモいか。恐怖よりキモさが勝つかもしれない。


 ステップを何度も繰り返していくと、スキルコントロールが上達してきた。

 ステップは足運びと言い換えることができるかもしれない。足の踏み込み。広義にとらえればそれら全てがステップ扱いできる。

 2時間ほどステップを踏み続けるとちょっと面白い動きのセットができた。というかそれを2時間ほどひたすら練習していたわけだが。


 擬似ダンジョン5階層へ赴き、俺はポメラニアンに会いにいく。

 

「ほめえ〜」

「お、いたな。待ってたか?」

「ぽめえ♪」


 ふわふわのもふもふで可愛らしい。

 ポメラニアンは嬉しそうに、人懐こそうに寄ってくる。


「よーしよしよし、いい子だ、おいで」

「ぽめえ〜!」


 飛びついてくるポメ。


 『ステップ』+『瞬発力』


 俺の持つ最大の機動力でボックスステップを踏み、一瞬でポメの背後へ移動する。


「ぽ、ぽめえ!?(訳:消えた!?)」

「ヴァカめ、遅い」


 俺は手に持った鉄球でポメラニアンを背後から撲殺して沈黙させた。

 漫画では実力差があるキャラクラー同士が対峙した時、強者側がやたら背後にまわりこむが……普通に考えてそうはならんやろって動き。後ろ回りこむ動きってどんなやねんってたびたび正気に戻っていたわけだが……まさか、フィクションではなかったとはな。漫画みたいな動きできるじゃねえか。


「志波姫に試したいな……」


 しかし、彼女はもう寮に戻ってしまった頃合いだ。流石にわざわざ女子寮をたずねることはできない……うん、できない。

 ぐっと衝動を堪えて、俺は次なるスキル『浮遊』の検証をするため、訓練場へと戻った。その際、サイドステップをして戻ることで最速の移動を行った。


「え、なに、今の人、すごいキモい動きしてなかった……」

「やめなよ、真紀関わらない方がいいよ……っ」


 女子二人と通り過ぎた時なんか聞こえたが、俺はクール赤谷、悪口ごとき効かない。効かないってことは、全然効いてないってこと。悪口とは関係ないけど、サイドステップ走法で校内を移動するのはやめようと思った。

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