ダンジョンボス:銀色の柴剣士

 ━━ダンジョン2階層、ボス部屋前


 ダンジョンの階層は縦に10mの以上の厚みを持つものが少なくない。

 英雄高校の生徒たちを襲ったダンジョンもまた、厚みのある階層を持っていた。


 志波姫神華は眼下の穴へ転がり落ちていく生徒たちを視界の端で見つめる。


(ダンジョンの階層間岩盤が砕けたわけじゃない。落下する高さはせいぜい10m前後。祝福で超人化してる探索者ならよほど打ちどころが悪くない死ぬことはない)


 意識を向ける対象を冷静な思考で識別し、落ちていく生徒たちを見捨てる。


「し、志波姫、ひでえ……」

「流石は氷の令嬢さま、自分の命は自分でってことか……」


 そういうのは上に残された攻略隊の男子生徒だ。

 志波姫が救助に動かないのは、残された彼らのためであるが、その気持ちが汲み取られることはない。早すぎる判断と、感情ではない理性での振る舞いは、多くの場面で見るものに「志波姫神華は冷たい人間だ」と印象を抱かせる原因であった。

 もっとも本人の元来の性格も多分に周囲の評価に影響してはいるが。


 開け放たれたボス部屋前で、志波姫は舞い上がる粉塵の向こう、上方から突然襲ってきた巨大なモンスターをその双眸でしっかりと捉える。


 モンスターはデカかった。

 銀色の輝きを放つ鎧に身を包んだ━━柴犬だ。

 体長は4m、どっしりとした太い四肢で大地を踏み締め、くるんっと丸まった尻尾が相手の油断を誘う可愛さを醸し出している。


「シヴァ!」


 迫力のある咆哮をあげた。

 銀色の鎧の右背中あたりからブレードのような物が分離し、巨大なメタル柴犬のまわりを浮遊する。左背中にも同様の装置があったようだが、志波姫とのファーストコンタクトによって斬られ、故障してしまったらしい。


「銀色の柴剣士というわけ」

「シヴァ!」


 銀色の柴剣士は浮遊するブレードを意のままに操れるらしい。志波姫へ向けて勢いよく射出する。本体も床を踏みしめながら迫力満点に突っ込んでいく。

 志波姫は周囲の生徒たちと、崩落した壁と天井と通路から落ちないことに気を配りながら、ブレードを弾き飛ばし、柴剣士の攻撃を転がりながら避ける。


 一閃。斬撃跡が走る。


 柴剣士は顔からダンジョンの床を擦るようにころんだ。

 志波姫がローリング回避と同時に前足へ一太刀浴びせたのだ。

 鮮やかな攻撃であった。柴剣士はすぐに立ち上がるタフネスを見せ、近くにいた生徒の一人へ意識を向けようとする。


「こっち」


 志波姫は迅速にスキルを発動。

 自身の周囲に凍てついた氷の剣を召喚すると、柴剣士へ発射、狙いは狂いなく、見事に着弾し、柴剣士の意識を自分へ向けさせた。


 ブレードが戻ってくる。

 志波姫の背後へ斬りつけるような角度で戻ってくる。


「シヴァ!」


 志波姫は目視せず、背後から迫るブレードより速く駆けだした。

 柴剣士のメタルな鎧へ攻撃を浴びせる。ギィンっと激しく火花が散る。

 硬いものを打ちすぎて志波姫の刀がわずかに刃こぼれし、手元を強烈な痺れが襲う。


(硬すぎる……この色味。まさか伝説に聞くメタルモンスター?)


 メタルモンスターはとてつもない防御力を誇る世界でも目撃例の少ない系統のモンスターであった。世間一般では知られてすらいないが、勤勉な志波姫はいつかの読書でその存在を頭の片隅にいれていた。


(防御力は無限ではないはず。削り切る)


 ダンジョンボスは強く、タフで、見慣れない攻撃の応酬を生徒たちに披露したが、それらは大した危機感を彼らに抱かせなかった。

 志波姫が圧倒的に強かったからである。何よりも素早く、ほとんど攻撃を受けず、反撃の太刀は鋭く重たい。


 バゴオンっ!


 メタルの鎧が激しく火花を散らし、破片を飛散させ、鮮血を吹き出す。

 志波姫の強烈な斬撃によっていよいよくたびれていた装甲が破壊された瞬間だった。


(すごく硬かったけどなんとかなりそう)


 志波姫は油断なく、柴剣士へ攻撃を加え、ついに打ち倒してしまった。

 

「すげえ、すげえよ、俺たち勝ったんだ!」

「ほとんど何もしてないけどな」

「あいつ本当にやばいな……」

「志波姫最強、志波姫最強……っ!」

「ダンジョンボスをほとんどひとりで倒しちまいやがった!」

 

 ダンジョンボスを打ち倒し、攻略隊は大いに喜んだ。

 結果的に志波姫によって倒されたようなもので、多くの生徒は志波姫の言の通りに足手まといになっただけであったが、志波姫がそのことに言及することはなかった。


 ただ静かに刃こぼれした剣にしゅんっと悲しげにし、ため息をつきながら納刀する。その後ボソッと「疲れた」と小さな声でこぼした。

 

「この階層は思ったより分厚い。下に落ちた生徒はまだ十分に生きてる可能性が高い。捜索に移りましょう」


 志波姫は冷静に指示をだし、歓喜に緩んだ皆の意識を引き締めた。


 グシャグシャ━━赤い血がダンジョンの壁を濡らす。

 熱い痛みが志波姫を襲った。目を丸くして、予想外の出来事に瞠目する。

 刀を握る左手に力が入らず、鞘ごと剣をとりおとした。


 志波姫は右手で自分の腹部をさわり、黒い袴がぐっしょりと赤く濡れていることを確認、左腕にも向こう側が見えるほどの風穴が空いているのを認める。


(腹部と腕を撃ち抜かれた。腕はダメだ。これは銃? いや違う……)

 

 ピンっ!


 再び背後から迫る高速の飛翔物体、その気配。

 攻撃をされたとわかったからには、追撃を許す志波姫神華ではない。

 速攻で振り返り、自身へ攻撃した者へ反撃をしようとする。

 志波姫の顔の前にコインが迫ってきていた。

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