ダンジョン攻略隊

 ━━林道琴音の視点


 林道琴音は震えながら窓辺に腰をおろしていた。

 窓辺といっても女子寮のセンスのいい部屋の、観葉植物と陽光で彩られる窓ではない。暗く、埃っぽい、いつの時代どこの世界で作られたかわからない石煉瓦の積まれたまるで中世の要塞のごとき覗き窓のひとつだ。

 ベッドに寝転がるように、背中からゴロンっとすれば、数メートル下のダンジョン柴犬がうろつくモンスタールームに転落してしまうだろう。


 モンスターハウスをビクビクと見下おろす。

 ダンジョンホールに巻き込まれてから1日が経過した。

 琴音は比較的戦える探索者であった。故にここまでどうにか生き延びた。

 しかし、ぎりぎりのやりとりがあったことは否めなかった。

 

(本物のダンジョンモンスターとの戦闘……それもいつも訓練で戦ってる1階層じゃなくて2階層クラスのモンスター……)


 ダンジョンホールによってダンジョンに引き摺り込まれた生徒たちは、未熟な探索者見習いにすぎない。集団で戦うことで、ようやくダンジョンモンスターを相手することができるのだ。


 琴音はモンスターハウス上に設置された生徒たちのダンジョンキャンプを見渡す。何十名もの生徒がいるが、一部の者たちの表情は暗く絶望に沈んでいる。

 

「もう終わりだ……僕たちみんなここで死ぬんだ」

「あの恐ろしいダンジョン柴犬に食い殺されて……誰にも見つけてもらえず、ここで腐る……」

「やめろよ、いやことを言うな!」

「本当のことだろ!? 僕たちだけじゃあと何日も耐えられない!」


 一部の生徒たちはパニック気味であった。

 事実、ダンジョンホールによって突然引き摺り込まれたため、生徒たちはろくな準備をできていなかった。武器すら持っていない生徒が大半なのだ。

 さらに食べ物も飲み物もない。応援は期待できない。

 絶望するのも無理はない。


 一方で希望を抱く者も少なくはなかった。

 自分達は大丈夫だ。きっと助かる、と。

 そう希望を抱けるのは、彼女たちがいるからだ。


「モンスタールームにふたりが降りたぞ!」


 モンスタールームは足を踏み入れれば最後、圧倒的な質量で押し潰されてしまう恐ろしい迷宮の罠だ。生徒たちは罠部屋の上方の通路から窓下を見やる。


 モンスタールームにふたりの少女が歩いて入っていく。

 ひとりは艶やかな黒髪の美少女。普段は降ろされているかみは、紐で一つに束ねられ、フワッとしたポニーテールになっている。黒袴姿で、左手に鞘に収められた刀が握られているのは1年生の間では有名な話だ。


 氷の令嬢、志波姫神華。

 入学前から剣聖とうたわれてきた英雄高校最強の探索者だ。

 志波姫はモンスタールームに入るなり、手刀で向かってくる柴犬たちを光の粒子に還していく。真剣を抜くことはなく、右手一本で高速でツッコミを入れるかのように同じ動作を繰り返し、恐ろしい速さでモンスターを殲滅していく。


 その横で柴犬が撃ち殺されていくのが視界に映る。

 志波姫の手刀による撃破ではない、飛び道具による攻撃。

 チャリン、チャリンっと床に転がり落ちる。それらは硬貨だ。

 

 銀の聖女、アイザイア・ヴィルト。 

 彼女のスキル『クレイジースイス』はスイスフラン硬貨を弾き出す能力であった。銃弾より遥かに高威力を誇る飛翔物は、モンスタールームの入り口からでも、柴犬たちをワンショットワンキルするのに十分な威力を持っていた。犬たちはアイザイアへ近づこうとするが、7m以上接近できた個体はいなかった。


 学年の二代美姫が見せた圧巻の殲滅戦に、生徒たちの期待は膨らんだ。


 モンスタールームが完全に安全な部屋になり、生徒たちはそこを避難所とすることにした。

 当然のように生徒たちのリーダーは志波姫が務めることになった。

 

「し、志波姫、俺たちどうすりゃいいんだよ!」

「お前ならなんとかダンジョンの出口を見つけられたりしないのか!」


 混乱する生徒たち。

 志波姫は静かな目で見つめ、腕を組み、思案げに細い顎に手を添える。


(1階層部分に転移した生徒たちがダンジョンゲートのようなものを見つけている。でも、そこは封印されていた。きっとダンジョンホールの影響つまりしばらくの間は外部からの応援は見込めない。ならば━━)


「ダンジョンを殺す。そうすれば入り口は開く」


 志波姫の考えではダンジョンを攻略することが自分達が生き残る唯一の方法であった。ダンジョンボスを倒すことで、ダンジョンは死ぬ。それによりダンジョンの機能そのものが停止することは十分に考えられた。


「2階層の奥にボス部屋のようなものを見つけた者もいたわ。そこへいくしかないとおもう」

「馬鹿言うんじゃねえ! 俺たちにたおせるわけないだろ!?」

「ええ、だから何もしないで。弱くて、邪魔。足手まとい」

「そんな言い方ひどいだろ……事実だけど……」


 志波姫は冷たい声で生徒たちへ言い放ち、くるりと背を向ける。

 

「志波姫がいくら強いからって、ひとりに任せられるわけない、私たちはついていくわ!」


 生徒たちは志波姫についていくチームと、安全なモンスタールームで待機するチームに分かれた。


「ヴィルト、あなたがボス部屋の位置を知っているのよね」

「うん。マーカー置いてきたからそれに従っていけば着くよ」

「準備がいいのね」

「たまたま擬似ダンジョンへ潜ってたんだよ」

 

 志波姫はアイザイアと視線を交差させる。

 

(なんだか奇妙な感じ。でもわからない)


「……。戦う気がある者はついてきなさい」


 志波姫を筆頭に、志波姫ダンジョン攻略部隊はボス部屋へ向けて動き出した。

 戦えないもの、戦う意思のないものは、モンスタールームに残った。

 モンスタールームにはアイザイアが付き、残された者たちを守ることになった。


 琴音は志波姫ダンジョン攻略部隊に参加した。

 

(ダンジョン柴犬と戦うのは怖い。ボスと戦うのはもっと怖い。でも、このまま何もせず衰弱して死ぬのはもっともっと恐ろしい!)


 琴音は強い意志でボス部屋を目指した。

 アイザイアの言葉の通り、ボス部屋まではマーカーで目印が壁に描かれていた。それらは授業で習うダンジョン探索者が共有する暗号の類だ。


 ボス部屋はすぐに見つかった。

 しかし、同時に異常な事態も起こった。

 

「ボス部屋が……開いている」


 琴音は驚きに思わず声を漏らしていた。

 志波姫は「来る」と呟き、皆の方をパッと見た。

 誰もその意味を理解で切るものはいなかった。

 志波姫と隔絶した実力があったからだ。

 「来る」それは「だから避けて」という意味だ。


 ダンジョンの天井が崩れ、巨大な影が降りてきた。

 琴音含め多くの生徒が反応できなかった。


「だからついて来なくていいって言ったのに」


 志波姫は静かな声でボソッといい、刀を抜き放った。


 

 ━━しばらく後



 琴音は瓦礫の影でどくどくと流れる血を止めようと必死に押さえていた。

 あたりに人影はない。先の巨大なモンスターに出会い頭に吹っ飛ばされ、ダンジョンの崩落に巻き込まれ、同階層の下方へ落とされてしまったのだ。


(ダンジョンは丈夫なはずなのに……そういえば、このダンジョンはやけにボロボロで焦げているところがあるけど、もしかしたら何かが原因で構造自体が弱くなってたのかもしれない。だから壊れやすくなってたんだ)


「どうにかして、みんなと合流しないと、きっとあのデカいのと志波姫が戦ってるはず……」


 琴音は気合いを入れて立ちあがる。

 

「しゔぁ〜」

「……ぇ」


 琴音の目の前に柴犬が現れた。

 家族連れのように、大きな柴犬2匹の間にちいさな柴犬がいる。

 合計3匹。2階層クラスのモンスターが3匹だ。


「そ、そんな……」


 琴音は絶望に目元に影をつくり、息を殺した見つかれば最後だ。命はない。


「シヴァああ!」

「ひいいい!」


 やり過ごそうと思った次の瞬間、柴犬は琴音に気がつき、その牙を剥いた。

 琴音は素早くスキル『火吹き』を発動した。

 口から赤い炎が放たれ、柴犬たちを包みこむ。


「や、やったかな?」

「シヴァああ!」

「いやああ、ごめんなさいいいい!!」


 柴犬はやわな火炎では倒せない。

 琴音は涙を流しながら、何度も謝罪し、自分の死を確信した。

 

 パコーン、パコーン。


 柴犬たちが間抜けな音と共に吹っ飛ばされる。

 琴音は薄めを空けて、光の粒子に還っていく柴犬たちを見つめる。


「え?」

 

 何が起こったのか理解が追いつかず、放心状態になってしまった。


 物陰から現れた者は澄ました笑みを浮かべた。

 なぜか上半身裸で滝のような汗をしたたらせる男子生徒だ。

 落ちた鉄球を拾いあげ、軽く投げてもて遊んでいる。


「これはどういう状況だ、林道琴音」

「それこっちのセリフかも……」


 琴音は存外に冷静な意見をこぼすのであった。

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