飛ばす

 翌日。

 スッキリと目覚める。

 くっつくの恐るべき力を食らって暴れまわったせいで部屋はごちゃっとしている。掃除からはじめようか。


「ツリーキャットのやつ、今日もいないのな」


 掃除機をかけながら、すっかり姿を見なくなった猫のことを思う。どこかでお腹を空かせていなけば良いのだか。ちゃんと暖かい場所で寝ているのだろうか。とても心配だ。


 洗面所で顔を洗い、ステータスを確認する。

 本日のポイントミッションも『外周』だった。すっかり日課となったランニングなので特に憂鬱ということもない。


 今日は週末だが、例に倣って特別授業がある。

 

 俺は志波姫の影に気をつけながら1−4の教室を目指す。奴の所属する1−1は階の反対側にあるので、普通に生活していれば滅多に会わないのだが、なぜか志波姫とだけは校内でもたびたび顔を合わせるのだ。

 昨日の俺は何を考えていたのか、学校最強の探索者を地面に埋めてしまった。その報復が恐ろしい。見つかったら殺されるんじゃないかな。

 

「クリア、クリア、クリア。よし、到着」


 丁寧にクリアリングしながら1−4にたどり着いた。ミッションコンプリートだ。


「赤谷君にしては遅い登校ね」


 教室の前で志波姫が腕を組んで待っていた。

 死です。死がやってきた。

 

「俺を殺しにきたのか、志波姫神華……!」

「だったら昨晩寝込みを襲っているわ」

「ひぇ……」

「あなたにクレームが来てるわ。スキルで訓練棟のゲート前の床をぐにゃぐにゃした罪を償いなさい」


 志波姫によれば今も訓練棟ゲート前の床の形状が歪なままだという。

 そのことを俺に伝え、直させるために朝から報告しに来たらしい。


「てっきり後で戻すものかと思ったけれど、言わなきゃやらないのね」

「すまん、完全に忘れてた」

「おかげであなたの知り合いだと思われているわたしに連絡係の任が回ってきてしまったわ」

「そんなに俺の知り合いなの嫌かよ」

「愚問ね」


 志波姫は言って肩にかかった艶やかな黒髪を払った。

 話は終わりとばかりに踵を返し、去っていく。

 志波姫神華、嫌なやつ。


「ん?」


 1−4の教室へ入ろうとすると、皆の視線がこちらへ集まっていた。

 多くの視線に晒される慣れない体験にドキッとする。何、どうしたお前たち。


「赤谷って志波姫と仲良いんだな」

「すげえ、あの氷の令嬢さまと対等に接するなんて」

「どうして赤谷なんかが剣聖様とお話しを……!」

「赤谷、クソ雑魚淫夢陰キャの癖に」


 男子からは尊敬と羨望の眼差しを。

 女子からは嫉妬と呪いのガンを飛ばされていたらしい。

 あとクソ雑魚淫夢陰キャなんて日本語はないです。出直してきてどうぞ。


 志波姫神華。氷の令嬢だとか言われているが、それは彼女の冷たい言動だとか恐ろしい言動とかを”好意的”に形容した呼称にすぎない。

 彼女はいわゆる高嶺の花というやつだ。美少女で天才で家柄も高貴。

 近寄り難い存在に、みんな憧れているのだ。


 だが、お前たち勘違いするんじゃない。

 あれはそんな憧れに値する人間じゃない。

 顔合えば毒吐いてくるし、すぐ抜刀するし、ろくな性格してない。

 そして何より、猫に話しかける奇妙な趣味をお持ちだ。にゃんにゃんってな。


 まあ、こんなことを俺が言いふらせば、マジで消されかねないので、俺は彼女の性格や行動に関する言及を、彼女のいないところでは一切しないのだが。


 同級生たちからの注目度のせいで居心地悪さを感じながら、1限まで読書をしてすごす。これまで本を読んでこなかった分、高校生になったのを転機とし、読書を重ねようと思っている。なお今読んでいる本は図書館で借りた異世界系小説『シマエナガ異世界無双シリーズ』だ。可愛い鳥に転生してしまった主人公が異世界で無双する話でとても面白い。リアリティのある鳥視点は著者が本当に鳥なんじゃないかと疑ってしまうほどだ。


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【本日のポイントミッション】

  毎日コツコツ頑張ろう!

    『外周』


英雄高校の敷地を外周する 10/10


【報酬】

 2スキルポイント獲得!


【継続日数】14日目

【コツコツランク】シルバー

【ポイント倍率】2.0倍

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 特別授業が終わり、訓練棟のゲート前の歪みを直してから、走りこんだ。

 14日目のポイントミッションを達成する。

 やはり俺の足が少しずつ早くなっている気がする。

 原因があるとすれば足の筋力がまして走力が上がったとかだろうか。

 技量をあげた後に走力上昇を感じることになったということは、筋力と技量があわさったことで、俺はステータス筋力を脚部で使用できる技能が身に付いたということだろうか。


 思えば、不思議であった。

 筋力が増したというのに、俺が生きていることが。

 俺は無知ながら、心臓が絶えず動いていることを知っている。

 強靭な筋肉の塊である心臓が、もしそれまでの何十倍もの筋力で血を押し出すようになったら、人体が爆発してもおかしくないとふと思ったことがあった。


 ステータス上の筋力は厳密には筋肉ではないかもしれない。

 祝福という概念である以上、物理的な筋力というより、超自然的な付加能力に近いというか……おそらく技量が上がることで、超自然的な付加能力の適用範囲を広げることができるのだ。ゆえに俺は足にも筋力による補正をかけることができて、足が地味に早くなっているのだろう。


 ステータスは奥が深い。

 

 寮に戻り、洗面所でスキルツリーを展開し、早速ポイントを割り振った。

 今日の2ポイントで解放したのは『基礎技量』と『飛ばす』である。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【Status】

 赤谷誠

 レベル:0

 体力 100 / 100

 魔力 100 / 100

 防御 0

 筋力 30,000

 技量 300

 知力 0

 抵抗 0

 敏捷 0

 神秘 0

 精神 0


【Skill】

 『基礎体力』

 『基礎魔力』

 『基礎技量』×3

 『発展筋力』×3

 『かたくなる』

 『やわらかくなる』

 『くっつく』

 『飛ばす』


【Equipment】

 『スキルツリー』


━━━━━━『スキルツリー』━━━━━━━

【Skill Tree】

 ツリーレベル:1

 スキルポイント:0

 ポイントミッション:完了

【Skill Menu】

 『基礎体力』

  取得可能回数:4

 『基礎魔力』

  取得可能回数:4

 『基礎防御』

  取得可能回数:5

 『発展筋力』 

  取得可能回数:2

 『基礎技量』

  取得可能回数:2

 『基礎知力』

  取得可能回数:5

 『基礎抵抗』

  取得可能回数:5

 『基礎敏捷』

  取得可能回数:5

 『基礎神秘』

  取得可能回数:5

 『基礎精神』

  取得可能回数:5

 『引きよせる』 

  取得可能回数:1

 『とどめる』  

  取得可能回数:1

 『曲げる』   

  取得可能回数:1

 

【Completed Skill】

 『応用筋力』

  取得可能回数:0

 『基礎筋力』

  取得可能回数:0

 『かたくなる』 

  取得可能回数:0

 『やわらかくなる』 

  取得可能回数:0

 『くっつく』  

  取得可能回数:0

 『飛ばす』   

  取得可能回数:0


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 新しいスキルは今日は増えなかった。

 2つ目のキモいクルミに内包されていたスキルは出切った見ていいかもしれない。


「飛ばす、か」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『飛ばす』

アクティブスキル

手元の物体を飛ばす

【コスト】MP10


空を目指した兄弟

━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 これは取得可能になった瞬間から期待していたスキルである。

 早速、何ができるか試してみよう。

 能力は手元の物体を飛ばすとのこと。

 小銭を財布から取り出して、スキルを発動した。


 小銭たちがかなりの勢いで飛翔し、壁にバコバコっと命中する。壁が地味に傷つく。


「ああああああ! やっべええ!」


 ただでさえ俺の部屋は事故が相次いでボロボロなのに、これ以上、部屋を荒らしたら寮長に追い出されてしまう。いや、まあ、現状でもドアノブ歪んでたり、洗面台壊れてたり、洗面所の扉が歪んでたり……うわっ、超迷惑だな、俺。


「これは戦いにすぐに使えそうだ」


 今度はもっと大きい物を飛ばしてみることにした。

 ただ、室内での実験は危険と判断したので、訓練棟擬似ダンジョンへ足を運んだ。


「魔法剣よ、飛べ」


 俺の手に握られた刃こぼれした魔法剣が一瞬フワッと浮くと、地面に落ちた。どうやらサイズの制限があるらしい。検証した結果『飛ばす』で飛ばせる最大サイズはマグカップ程度の物だと判明した。タブレットも飛ばせっちゃ飛ばせるが、速度があんまり出なかったので、上限ギリギリのサイズなのだろう。


 どれもほとんど同じ速度で飛ぶ。

 同じ速度、同じサイズで飛ぶのなら、デカかったり、攻撃力の高い形状のものを飛ばすのが強そうだ。


 残りMPは『50 / 100』。

 もう少し実験できるな。


「なんか飛ばすのにちょうどいい物ないかな」

 

 思案していると、足元に落ちている石が目についた。

 これいいぞ。俺は手のひらサイズの石を持ち上げる。

 ちょうどダンジョンポメラニアンが曲がり角の向こうから姿を表した。


「憐れ、ポメラニアン。喰らえ、我がビッグバンカノン!」


 スキル『飛ばす』により、石は勢いよく飛んでいき、ダンジョンポメラニアンを打ち砕き、光の粒子に還させた。


「つええ……これ俺の十八番だわ。十八番認定です。でも、回収しないといけないのだるいな」


 ある程度攻撃力を期待できる物を飛ばせば、十分な威力になるが、一方で飛ばした飛翔物は回収しないと再び、飛ばすことができない。

 石を何個も持ち歩くか……いや、待てよ、飛ばせるの物体ならいいんだよな?


「ぽめえ!」


 襲いかかってくる恐ろしいモンスター。

 俺は水筒の中身をぶちまけ、手を勢いよくかざした。水がビシャっと勢いよくポメラニアンを叩く。


 ポメラニアンは「フッ、ただの水か」とばかりに構わず攻撃しようとしてくる。だが、すぐに異変に気がついた。


「ぽ、ぼめえ!?」

「貴様、いったいいつからその水に『くっつく』が付与されていないと錯覚していた」

「ぽめ、ぽめぇえ〜!」

「今更慌てても遅い。これぞ水遁・窒息ポメラニアン。また秘術を開発してしまったか」


 これ最強の初見殺しなのでは。

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